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8話 もう一人の俺、矢々葉絃千

その日は、中2の学年末テストが終わった日。

あとは、終業式をして、春休みを待つだけの、そんな、解放感に浸っていた頃だった。


ブー、ブー。




机の上に置いていた赤色のスマホから、音楽が流れた。

電話だ。

着信者の名前を見る。母、井勢谷麻莉からだった。





いったい、何の用だ。

産みの親である井勢谷麻莉とは、たまに連絡を取ることがあった。

普段は、一緒には、住んでいない。彼女には、彼女の家族が居るからな。





取り敢えず、応答する。

「はい。」




俺が、そう返事をするや否や、騒々しい声が聞こえてきた。




「とや?お母さんだけど...。

もー!

どうしよう!!

ねえ。どうしたら良いと思う?」




スピーカーから聞こえるえげつない音量に、思わずスマホを遠ざける。


これが、本当に、日本を魅了する大女優の喋り方なのだろうか。

要点もまとまっていない、拙い喋り方だ。



「母さん。取り敢えず、落ち着こっか。」


俺がそう言うと、

「そうね。」

と、

電話の向こうから、深呼吸をする吐息が聞こえる。


うん。このエロい感じ。これが、これこそが、大女優の息づかいなんだな。



「もしもし、とや?」

良かった。さっきより、幾分かは静かになったみたいだ。



「で、用件は何?

隠し子に電話をするくらい、女優って暇なの?」

少し、からかってみる。


「もうー。とやの意地悪ー。」

電話の向こうで、あの大女優が、涙目で困る姿が目に浮かんだ。




「あのね、今から言うところに来て欲しいの。

お願い!

可愛い私の秘密の息子よ!

お母さんの一生のお願い聞いて欲しいな!

私が、昔、お世話になったスタジオがピンチなの!」



詳しいことは、メールで送るから~。

そういうと、そそくさと電話を一方的に切られた。


「あ、ちょ。」


あの不思議なテンションは昔からだ。

おおらかというか、慌てん坊と言うか。

結局、何の話かもよく分からないまま、俺は、言われた通り、メールを待つ。




直ぐに、母、井勢谷麻莉からメールが届いた。



件名、豊島区立南公園に行って!

詳しい話は、まどかさんに聞くように。

家の前に迎えに来てくれるよーん♡

愛する息子へ✕✕✕。



何の要点もまとまってねーじゃねーか!!

何が、詳しいことはメールだ!

そう突っ込みを入れた。



ピンポーン。

メールと同時くらいに、俺の家の、チャイムが鳴った。



「井勢谷麻莉のマネージャーをしています。

浅野まどかです。矢々葉絃千さんのお宅ですよね?」


メガネをかけ、スーツを着た女の人が、モニター越しに映っていた。



ややはいとせ?何言ってるんだ?

俺の名前は、そんなんじゃない。



人違いですか?

そうインターホンで言おうとしたとき、また、メールが送られてきた。







件名、追伸

とやの、本名使うと不味いから、勝手に名前をいじったよ♡

お母さんからの、プレゼントです。受け取ってね♡







どうやら、俺の本名を並び替えて、名前を勝手に作ったらしい。

確かに、アナグラムになっている。




仕方ない。


「あの~。すいません。矢々葉絃千(ややはいとせ)は僕ですが?」

そう答え、玄関の鍵を開けると、母さんのマネージャーにラチられた。

そこからは、車に乗せられ、されるがまま、言われるがまま。

断ることも、逃げることもさせてくれなかった。

大人の世界って...。




まどかさんが言うには、撮影を予定していたモデルが、急に来られなくなったみたいだ。

今いるモデルで回すと、出演料が膨らみ、予算に合わなくなるらしい。

そこに、たまたま、となりのスタジオに来ていた、井勢谷麻莉が話を聞きつけ、




『新人さんなら、ギャラも少額ですむんじゃない?

私、目をつけている子がいるの。

まだ、モデルの仕事をしたことがないくらいのド新人!

連絡してあげる~!』ということで、俺のところに連絡が来たのだった。



って、何で俺?あの人、バカなの?自分の置かれている状況、全然、分かってないよね?俺、世間にばれちゃ不味いと思うんだけど。バレたら、母さんも失脚だよ?

落ち葉の中に隠れてる、団子虫だよ?

いくら、名前を偽っても、人目に晒されることで、リスクは高くなるんだよ?




そう、言いたいが、あの人の携帯に、車の中で、何度か連絡したが、繋がらない。

「あぁ、それは無理ですよ。麻莉さんは、ニューヨークに行くために、今頃、飛行機の中ですから。」

おい。





「あ、それと、伝言を預かっています。『一回だけなら大丈夫だって。緊張せずに、ありのままを出しちゃいな。』だ、そうです。

何が、一回だけなのか分かりませんが、モデルを目指すなら、これくらいの仕事は、二回も三回もすることになりますからね。

気は抜かず、体は、リラックスしてください。」







まどかさんは、何を勘違いしているのか、俺が、モデル志望と思っているらしかった。




だから、俺は、井勢谷麻莉のただの知り合いの、矢々葉絃千ということで、話が通ってしまった。

さすが、大女優の権力。




母さんのDNAのお陰か、多少顔のパーツは揃っていたらしい。

男性のモデルが足りない穴埋めに、と、色んな服を着さされ、パシャパシャと写真が撮られ、あれよあれよという間に、全国展開している雑誌に俺の顔がばらまかれた。




俺としては、母さんのDNAの存在がバレないように...。

スタッフさんには、申し訳ないが、だいぶ手を抜き、適当にやらせて貰った。


『このモデルは、使い物にならないな。』と思わせる作戦だ。



運のいいことに、その時、たまたま、黄色に髪を染められていたため、俺とこの雑誌の俺が同一人物であると言うことは、周囲に気付かれることはなかった。


ただ、その時の、撮影企画が良かったのか、なぜか、あんなにチャランポランにやった、そのモデル写真の人気に、火がついた。



新生、笑った顔が似合う。癒し系モデル!

あの、井勢谷麻莉、推薦?期待の新人モデル現れる!


と言う、見出しが、雑誌が発売された次の人日の朝刊に載っていた。


ビルの壁面に設置された液晶ディスプレイのワイドショーでも「謎の新人モデルについて」と、話は廃れることを知らない。





メディアと言うか、このご時世、情報社会というのは、怖いもので、一度、人の目に止まると、消却出来なくなる。


まどかさんから、「撮影の仕事が、じゃんじゃん入ってきています。波に乗るならいまですよ!」と、何度も、電話がかかってきた。

俺は、出来れば、その波に、埋もれたいのだが。





このまま、無名モデルとして姿を消すことも考えた。

しかし、最近は、矢々葉絃千という人物が一体、どんな人物なのか取り上げるテレビが増えてきてしまった。

ここまで騒がれると、無名のモデルが、名前を売れるチャンスなのに、それを蹴るのはおかしいと、後で探りを入れられ、正体が、暴かれかねない。




写真を無かったことには、出来ない。

かといって、「実は、井勢谷麻莉の息子なんです!」って、本性をさらけ出すことは、不味すぎる。

俺は、考え、悩み、ある結論にたどり着いた。

人に真実を隠すことは難しい。だが、嘘を信じ込ませることは簡単だ。と。

例えばさ...。



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