08
『――〓〓〓はいるよ』
子どもの頃、何もない空間に向かって話しかけている友人を見たことがあるだろう。
彼らは親しげに、楽しげに、その人物について事細かに説明してくれたはずだ。
目の色、髪の色。容姿に声音。果てはその肌の温もりまで……。
だが、それを他人が見ることはできない。ましてや触ることなどできるはずもない。
――自分にしか見えない友人がいる。
その事実に直面した時、大半の子供はその存在の希薄さに気づくことになる。
イマジナリ―フレンド、解離性同一性障害、空想上の友人――。
様々な名で呼ばれてきたそれは、一昔前まで、幼少期のある一定条件下で現われる、一種の本能的な、自己防衛や精神的成長を促すための心理的な働きだと考えられていた。
しかし、ある日を境に世界中で青年期にいる者たち、あるいはそれを過ぎた者たちからも、その存在が今もなお確かに存在していると、多くの報告が上がるようになった。
同時期、自然科学界において、ある発見がされる。
曰く――人の意識は物質に影響を及ぼす。
物質を観測した時、その対象が意識下に置かれる前と後でその性質が変化していることが分かったのだ。これは、それまでの常識をすべて覆すほど大きな発見だった。
この衝撃は科学だけに止まらず、哲学、数学、歴史、果ては宗教、神学にまで及んだ。
それも致し方ないことだろう。これまで身体の内で行われる電気信号の交信とされていたものが、体の外、つまりは外界に繋がっていたのだから。
そして、この発見から程なくして、精神には肉体と同じように外界に働きかける不可視の体のようなものが存在すると定義された。
学者たちはこれを、神智学における知性や心が実体化した存在『自我の身体』と同等のものであるとし、その名称を引き継ぎ『マナス(Manas)』と名づけた。
しかし、この『マナス』が外界に影響を及ぼしていることはボンヤリと分かってはきたが、それがどういったプロセスによってなされているかは判然としなかった。
そこで、ある学者がアプローチの方向を変える実験案を打ち出した。
曰く、『マナス』が起こした現象を観測するのでは、個体差などによって観測の結果に大きくブレが生じる。
故に――結果ではなく原因。
『マナス』そのものを観測し、コントロールすることでそのプロセスを解明するべきだと、そう提唱したのだ。
この提唱は大きく支持されることとなる。科学者たちは挙って被験者を募り、心理学を中心に、様々なアプローチの精神実験を行っていった。
実験は順調かに見えた……しかし、すぐにこの方法に大きな問題があることが発覚する。
『マナス』が反応した実験のすべてが、精神的な苦痛を伴うものだったのだ。
多くの被験者は実験の影響により何かしらの心的外傷を負い、少なくない数の精神異常者を生みだし、最悪のケースでは廃人となった者まで出る結果となった。
更に、原因不明とされる火災や感電などの現象が被験者の周りで頻発したことも、実験に対する信頼性を著しく損なう原因となった。
倫理的な観点からすぐに実験は中止。これにより『マナス』に関する実験は完全に頓挫することとなった……表向きには。
倫理、人権、命。それらを損なうからという人間の善性に訴えるだけの理由では、『マナス』に関する実験のすべてを止めさせるにはあまりに弱かった。
それ程までに、あらゆる観点から見て『マナス』というものは魅力に満ちていた。
さらに、元より他人のことなど考慮に含まない研究狂いからすれば、そんなことは織り込み済みの結果だった。『マナス』に莫大な金の匂いを嗅ぎつけた好事家にとっても……。
最早、止められるものは一人としていなかった。
『マナス』の研究は人目を避け、闇の奥深くに沈みながらも、着々と進められてこととなる。
時は流れ、多くの実験体が消費され、非人道的な実験の果てに壮絶な末路を辿り、通った道の後には大量の骸が折り重なった頃。
ついに――見つけ出されることになる。
確実に『マナス』を観測しつつ、それが引き起こす現象をコントロールする方法。
人間の悪性を積み重ね、数多の命を磨り潰し、血と臓物と慟哭を煮詰めた果てに。ようやく人は――『マナス』に形を与えることに成功した。
ここに、『人工精霊(Tulpa)』は産み落とされた。
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