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悪逆の女帝 “スクラップミストレス”  作者: 黒一黒
第1章 悟りを開いた者たち
7/43

07


 コインが甲高い音共に宙に舞う――、


「待て待て待てッ!」


 よりも早く、今まで沈黙を保っていた担任の声が両者の動きを止めた。


 男は肉食獣から逃れる小動物のごとき俊敏さで両陣の間に駆け込み、視線を遮るように手を広げた。そして、許しを請うように昧弥の前に膝を突き、涙と脂汗を滲ませながら声を大にして訴えた。


「待ってくれ! 一人二人なら壊そうが殺そうが構わない、好きにしてくれ! なかったこと(・・・・・・)にだってできる!

 だが、クラス丸々一つ潰されちゃあどうしようもない! |こいつらは生徒ってだけじゃない(・・・・・・・・・・)んだ、分かるだろう!?

 頼む、どうか足元のそいつだけで穏便にすまぜぇッ!?」


 しかし、その行動を起こすには愚鈍(ぐどん)が過ぎた。


「控えろ、下郎。すでに決定された主のご意向を阻むとは何事です。

 身の程を弁えなさい」


 まるでバレエのピルエットのように、全くブレのない洗練された回転(ターン)からの後回し蹴りが繰りだされていた。

 振り抜かれた足は担任の側頭部を的確に捉え、その巨体を凄まじい速度で吹き飛ばし、教室後方の壁に叩きつける。


 優雅に広がったスカートから覗く白のオーバーニーソックスに包まれた足は女性らしく美しい曲線を描きながらも、服越しにすらそれと分かるほどの筋肉を搭載していた。

 ダニアは(ひるがえ)ったスカートを優雅に直し、昧弥に向けて一礼する。


「許しもない不届き者に御前(ごぜん)の道を横切らせる失態。処罰はいかようにも」


 胸の前で手を合わせ、裁可を待つ従順な側近に昧弥は重々しく息を吐いた。


「よい、許す。……だが、興が削がれたのも事実か。――さて、どう落とし前をつけようか」


 明らかに不機嫌に、声音は重い響きに満ちていた。

 今まさに行動を起こそうとしていた生徒たちは出鼻を挫かれ、椅子からわずかに腰を持ち上げながらも机から離れられずにいた。


 教室の空気は相変わらず生徒たちを蝕み、一秒ごとに臓腑から腐れ落ちていくかのような死臭に満ちている。しかし、戦火を思わせる鉄臭さは薄れ、どうにも動きづらい雰囲気が教室の端々から滲み出てきていた。


 どうすればいいのか、昧弥から注意を切らずに幾人かの生徒が目配せを送り合う。

 しかし、これからどう展開するにしても、彼らに決定権などあるはずもなく、昧弥の動くのを待つ他なかった。


 昧弥は口元を隠すように手で覆い、視線を上方に向けて思考を巡らす。


「そうだな。やはりここは――」

『生徒の呼び出し行います。識別番号、五一一E〇〇一番、及び五一一S〇一三番。界昧弥、瓜月ダニア。学園長が御呼びです。至急、学長室まで来るように。繰り返します――……』


 前触れなく昧弥の言葉を遮って、機械的で冷たい印象の声が教室に響いた。


「ふむ。このタイミングで呼び出しか……なるほどな」


 何やら合点がいったように、昧弥は天井に視線を向けながら独り()ちた。


 一体どういうことなのか、一向に見えてこないが、どうやら流れは完全に切られたようだった。多くの生徒が、昧弥に気取られないように、心内でだけでも安堵の息を吐こうとし――背筋を凍らせた。


 昧弥の、世のすべての悪辣を集め、凝縮したような気配とは違う。今、腹の底から湧き上がってきているこの震えは、純粋な強者に対する畏怖だった。


「やんごとなき身のご主人様に対し、無作法に謁見もせず、あろうことか放送などで呼びだすとは……不敬、不敬不敬不敬! あまりに不敬ッ!

 ――躾がなっていませんね」


 それまでの穏やかさは飾りだったのか……。見開かれ、瞳孔が絞り込まれた瞳からは、主に対して不敬を働いた()への殺意が溢れていた。

 まるで鋭い牙が並ぶ捕食者の(あぎと)の中に放り込まれたような感覚。生徒たちは純粋な命の危機に対して、全力で逃げるための準備を瞬時に整える。


 しかしその備えは、思わぬところからかけられた制止の声に、徒労に終わった。


「――ダーニャ。構わない」


 誰もが予想しえなかった、昧弥からの許し。だが、ダニアはそれを素直に受け取る訳にはいかない。


「しかし!」


 主を貶められたまま黙っていては従者の名折れ。ダニアは自らの忠義を示すためにも、なおも具申しようとし――、


「――私は『構わない』と、そう言ったぞ、ダーニャ?」


 主の眼光に言葉を切った。

 有無言わせぬ絶対の威光。ダニアはすぐさま(ひざまず)き、(こうべ)を垂れた。


「出過ぎた真似を、申し訳ありません」


 恐怖からではなく忠義からの謝意に、昧弥はそれ以上諫めることはせず、頬に手を添え、輪郭をなぞるように撫で上げ、(おとがい)を摘まむようにして持ち上げた。


「いい。私を思うが故のことだと分かっている。忠臣たろうとする従者の言葉を無碍にするほど、私の懐は狭くないぞ?」

「ご主人様……」


 寛大な言葉に、ダニアは頬を染めながら瞳を潤ませ、自らの主を見上げた。


 死と絶望を孕んだ先程までの空気と乖離の激しい展開に、生徒たちは理解が追いつかず、ただ目の前の光景を呆然と眺める他なかった。


 昧弥はダニアの手を取って立ち上がらせると、そのまま手を引いて抱きしめた。

 頬を染めるダニアを胸に抱き、昧弥は戦意を滾らせた瞳を天井に取りつけられた丸い機器に向け、歯を剥きだした壮絶な笑みを浮かべてみせた。


「ダーニャ。お前の言うように、確かに不躾である……が、せっかくのダンスの誘いだ。――乗ってやろうじゃないか」


 まるでその向こうにいる、敵に対して宣戦布告をするように――。



 §   §   §


      ☆      ☆      ☆


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