05
「俺が! 俺がッ! 燃えでるッ!」
火は一層強く燃え上がり、肘から先を完全に飲み込む。
悲鳴は意味をなさず、救いがなされることもない。
それはまるで、太陽に近づきすぎた人間が、自らの傲慢によって焼き尽くされているかのようで……。
彼は燃え落ちる腕を為す術なく見つめるほかなかった。
「ぁ、あ、ぁあぁああぁ……」
悲鳴が細く虚ろになっていくのに合わせるように、腕に纏わりついていた炎も勢いをなくし、最後には消えかけのマッチのような弱々しい火を揺らめかせ、呆気なくかき消えていった。
後に残ったのは黒く炭化した腕と、許しを請うように腕を差しだしながら平伏す不良……そして、それを冷たく見下ろす昧弥だけだった。
いつの間に移動したのか……その動きを追えた者は一人としていない。
隣に侍っていたダニアでさえ、主人の動きを追随するほかなかった。
まるで初めからそこにあったかのように、昧弥は自らの足に縋るように這い蹲る不良を超然と見下ろす。
その構図は、神と罪の在り方を示しているかのようだった。
不良は痛みに呻きながら涙を零し、自分を遥か高みから見下ろす昧弥に、許しを請うように震えながら視線を送った。
「ひっ、うぐ、た、助、助げぇぁッ!?」
瞬間、教室全体がブレた。
重く激しい、戦車の砲撃を思わせる凄まじい衝撃。
地響きのような轟音は、座っていた生徒たちまで物理的に跳ね上げていた。
その中心、何げなく振り下ろされた昧弥の足の下には小さなクレーターができ、捲れ上がった床材の中には顔を半分ほどめり込ませて痙攣している不良がいた。
「――実に不可解だ。まるで屠殺場の豚から処理の仕方にケチをつけられたような、そんな気分だ。これは一体どういうことだ? ダーニャ」
昧弥は振り返ることなく、自らの足の下にいるモノがなんのか、確認するように踏みにじる。
その顔に剣呑な色はなく、純粋にこの生物がなんであるか、顕微鏡を覗き込む学者のような思案が浮かんでいた。
そんな主から先ほどよりも一歩離れた位置に控え、ダニアは変わらぬ穏やかさで答えた。
「恐れながら、ご主人様。家畜も仕込めば芸を致します。しかし、それも飼い主あってのこと。皆様、躾を受ける前に御座います。四足の起ち方すら覚束ないモノに、二足で歩くことを求めるのは少々酷かと存じます」
「……なるほど。どうやら思い違いをしていたのは私らしい」
従者からの忠言に、昧弥は自らの振舞いを思い返すように緩やかに頷くと、スッと足を持ち上げ――再度、振り下ろした。
二度、轟音が教室を揺るがす。
昧弥の足の裏で不良が陸に揚げられた魚のように、ビクッビクッと体をバタつかせて痙攣する。額が割れたのか、窪みにじわりと血が溜まっていく様をしばらく眺めてから、何事か納得がいったようで、もう一度頷いた。
「ふむ。いかに下作とはいえ、覚者は覚者か……この程度では死なんらしい。固さだけで言えば、カビだらけの古臭いルーティーンを今も大事に有難がっている信者共の頭といい勝負だ。これならば、思わず力加減を誤ったとしても問題ないだろう。なぁ、ダーニャ」
肩越しに振り返り、流し目で視線を送る。ダーニャは主人の切り裂くような視線を受けながら、淡く笑みを深めてみせた。
「御心のままに」
これこそ正しい信者の姿だろう。お茶の誘いでも受けているような気軽さで返ってきたダニアの言葉に、昧弥はクツクツと喉を鳴らして笑った。
ただ笑っているだけだというのに心胆を凍りつかせる壮絶さは、ダニアにしても変わらないはずだ。
それでもなお、従者は変わらない穏やかさでそこにあった。ならば、それこそが彼女の忠義に他ならなかった。
その事実を確認してから、昧弥はぐるりと教室と見渡す。
顔を上げている者は一人としていなかった。
「さて――改めましてだ。同期の諸君。私の名は界昧弥。縁あって、今日よりこのクラスに転入することになった。
貴様らにとっては不意なことだったろう。だからこのような下作が出張るような事態となってしまった。考える間もなく、な……これは私の失態だ。これではさすがに貴様らも、到底納得がいかないだろう」
腕を組んだまま足をぐりぐりと動かして、昧弥は一人ひとりに語りかけるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「――そこで、だ」
まるで言葉を知らない幼子に話しかけるような丁寧さが、余計に彼らの恐怖を掻き立てた。
時間をかけて、指先から少しずつナイフで削ぎ落されていくような感覚。
少しずつ少しずつ……命の袂までにじり寄ってくる。
「貴様らに選択肢をくれてやる。選ぶがいい」
しかし、この場には悲鳴を上げる者も、発狂する者もいない。
ただ息を潜め、身を隠し、鼓動すら止めるかのように――自ら生者であることを捨てた塵芥が教室の隅々に吹き溜まっていた。
「二つに一つだ」
――故に、沈黙こそ彼らの答えだった。
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