04
誰もが慟哭を飲み込んで沈黙の海に沈んでいこうとする最中、ガタンッと床に硬い物を叩きつけたような、けたたましい音が教室の中央から響いた。
多くの生徒が顔を伏せたまま、横目でそこへ視線を向ける。
「なんでぽっと出のテメェの横暴につき合わなきゃなられねぇんだ!」
ピアスに剃り込みの入った金髪。素行の悪さを隠そうなどという気遣いはなく、むしろ前面に押しだす気概に満ちた容姿。横倒しになった椅子を足蹴にしている、絵に描いたような不良の姿があった。
「新顔はテメェだろうがッ! テメェが合わせるのが筋ってもんだろ、あ゛ぁ!?」
唾を撒き散らしながら声を震わせ、勇敢にも食ってかかる。しかし、その声の震えが怒り故にではなく、恐怖からくるものだと分からぬはずもない。
顔は青ざめ、膝は笑い、机に手を着かなければ立っていることすら儘ならないだろう。見るからに滑稽な姿を、しかし誰も笑うことはなかった。――むしろ、彼以上に怒りに震えていた。
――余計なことをッ!!
それが真の希望であったなら、あるいは彼らの心境も違ったのかもしれない。しかし、そこにあるのはまぎれもない愚物だ。
ここは、聖典を片手に愛を説けるような、お優しいところではないのだ。
普段から真面に講義にも出ず、業への理解を深めようとしない者に、どうすれば期待などかけられようか。
蛮勇とすら言い難い、自殺行為、いや自爆テロ以外の何物でもなかった。巻き込まれる側からすれば、たまったものではない。
そもそも教室にいることさえ稀な奴が、何故に今日に限って一限目前からここにいるのか。これを運の悪さで片付けるには、失うものが大きすぎた。
「どんな業を持ってんのか知らねぇが、使えるのはテメェだけじゃねぇんだよぉ!」
張り詰めた空気など気にも留めず、不良は理性を振り払うように叫声を上げる。同時に彼の周りで火花が散った。
それは空気を吸い込むように肥大していき、ついには人の頭部ほどもある大きな火球を三つ作りだした。
――発火能力。
種なくして火を生み、意によってこれを操る。
最も古い超能力の一つとされており、発現例は中世よりも以前にまで遡ることができるそれは、この学園においてはこう呼ばれる。――火の業――業火と。
超常の力とは無縁の常人にすら馴染み深いそれは、中でも物理的な殺傷能力という一点において、他を圧倒し得る力を有している。
故に、不良はこと殺し合いにおける自分の能力に絶対の自信を持っていた。
「骨の髄まで焼き尽くしてやるよぉ!!」
不良が体を捻り、大きく振りかぶると、その動きに合わせて火球が宙を滑るように動いた。
球状だった炎は、彼の後方で引き絞られた矢のように形を変化させ、今まさに満身の力で射出される――!
「――へ、ぁ?」
……かに見えた。しかし、そう幻想していたのは当の本人だけだった。
「なんだよ、これ。どうなってんだよ!? お、俺の業がッ!?」
業火は確かに行使された。しかし、それが何かを焼き尽くすことはなく、なんの前触れもなく消え失せていた。
まるでか細いロウソクの火に息を吹きかけたように、宙に漂う僅かな陽炎だけが、そこに超常の火が存在したことを儚げに示していた。
「お、おかしいだろうがッ! なんで消えてんだよ!?」
いったい何が起こったのか……。訳が分からず、不良は帰路を見失った子供のように辺りを見回しながら狼狽えた。
その様子を、昧弥は腹の前で腕を組み、騒ぎなど目に入っていないかのような冷え切った瞳で睥睨する。
「ひぃっ!? ぐ、がっ、ちくしょおぉ! なんなんだよ、お前ぇ――!?」
そのあまりに無機質な視線に気圧され、後退りながらも、もう一度業を行使しようと腕を前に突き出し――ピタリと、動きを止めた。
そのまま、突きだした状態で震えている腕を、穴を穿つように見つめ、呆然とこぼす。
「なんで……なんで出ないんだ……?」
不良は胸の前に引き戻した手を見下ろしながら、足元から這い上がってくる無力感に耐え切れず、膝から崩れ落ちた。
自分は業を行使するため、全力でその発現を行っている。だというのに、一向に業が行使される気配がない。
火花一つ、散らせることができない。
まるで、そこにあるはずの腕が、いつの間にか自分の物ではなくなっていたかのような異物感。
指先から広がってくる気色の悪さに、目を見開いて唖然と掌を見つめた。
「ど、どうして……だって、あれは俺のだ。俺の、俺の、あ? あ゛ぁあああ!?」
手から零れ落ちてしまったものを探すように、蹲り、視線を彷徨わせていた不良から、突如として悲鳴が上がった。
無理やり指を引き抜かれそうになっているかのように掌を限界まで広げ、まるで目に見えない何か吊り上げられているように頭上に掲げた腕を凝視する。
目玉が転び出てしまうのではないかと、見る者が不安になるほど見開かれた瞳は、まるでその腕の中に存在してはならないものを見つけてしまったかのように、恐怖に揺れていた。
「――あ、熱い……あづいぃいいい!?」
再度、不良から悲鳴が上がる。
それと同時に、頭上に掲げられた彼の腕が火にくべられた薪のように、勢いよく燃え上がった。
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