01
戻ってまいりました。
改めまして、よろしくお願い致します。
「貴様らには二つ、道がある」
それはまるで閻魔の沙汰のようだった。
教室の中心に仁王立ち、ひれ伏し蹲る男の頭を容赦なく踏みにじる女生徒。
万象の一切が自身に跪くは、太陽が世を照らすのを誰も疑うことがないように、その輝きすら宇宙の深淵の前には儚く沈むだけであるように、そうあることが世界の定めた理であると悟らせる佇まいだった。
――誰が支配者であるか。
説明は不要だった。この場にいる全てが、語られるまでもなく理解した――否、させられた。
「私に殺されて死ぬか。私に使われて死ぬかだ」
故に、その言葉に異を唱える者はいない。
少女の形をした悪逆に、ただ首を垂れるのみ。
ただ、皆もの言わぬまま、一つの思いで心中を埋め尽くしていた。
――どうしてこんなことに、と。
§ § §
思い返してみれば、ここ一週間の教室の空気は最悪だった。
いや、教室だけではない。学園のどこにいても何か言いようのない不安や焦燥に苛まれ、いつもなら笑って流すような小事に声を荒げて諍いが起きることも多かった。
まるで自身の奥底に眠る本能が、見えぬ何かに怯えているかのように……。
その日も朝から一波乱あり、生徒の一人が病院送りになっていた。
まだ空気が軋むような緊張感が教室を満たしている。つい先程までの殺し合いの残り香が気を昂らせ、血の気の多い者同士がいつ拳を振り上げてもおかしくない状況だった。
「……チッ!」
張り詰めた空気が耐え切れなくなり、弾けたような鋭い音が響いた。
誰かに向けたものではないのは明らかだったが、ただそれを何事もなく流すには教室の空気は淀み過ぎていた。
「んだよ?」
「なんでもねぇよ、うるせぇな。こっち見てんじゃねぇ」
「あ? テメェが突っかかってきたんだろうが!」
刺々しい言葉が飛び交う。同時に周りの椅子や机がガタガタと震えながら軋み、それに呼応するように空中で火花が散った。
すぐに彼らの周りにいた多くの生徒が壁際に避難する。
気の弱い者や能力が戦闘向きでない者は、縮こませた体を震わせながら一刻も早く時間が過ぎるのを待つ他なかった。
「……席に着けぇ」
溜まり、淀んだ空気が決壊する寸前。音を立てながら前方の引き戸が開かれたのは、まさにその瞬間だった。
塞き止められていた汚水が、穿たれた穴に向かって流れていくように、生徒たちの視線が一斉にそちらに向けられた。
のそりと、重量を感じさせる足取りで入ってきたのは、教鞭を振るうには不必要なほどガタイの良い男だった。
裾に汚れが染みついた白衣を揺らす姿を見た生徒の多くが小さく安堵の息を吐く。
教師として有能かどうかはさて置き、戦闘力だけで見れば学園の内でも屈指の実力者だ。
そんな男を敵に回してまで暴れるような輩は、このクラスにはいないことを生徒たちはよく知っていた。
「あ~……その、なんだ」
しかし、安堵に浸る間もなく、生徒たちは首を傾げた。
普段の男ならその力に見合った横暴さで生徒たちを黙らせ、王座にでも座っているように踏ん反り返っている頃だ。それが、歯切れ悪く口の中で言葉を濁しながら視線を教卓の上に彷徨わせている。
「急なんだが……このクラスに、転入生が来ることになった」
明らかに尋常ではない様子に、怪訝な表情をしていた生徒の幾人かがはたと気づいた。
――怯えてる。
男は冷や汗を垂らしながら、チラチラと横目に何度も自分が入ってきた扉を確認していた。まるで扉の向こうにバケモノが待ち受けているのを知っていて、いつ扉を突き破ってくるか気が気でないような……。
男は恐怖を飲み込むように大きく深呼吸をすると、ぐるりと教室を見回した。
「色々と聞きたいこともあるだろうが、何も聞くな。俺から言えることは一つだ。絶対に歯向かうな……死ぬぞ」
「は? 何言って」
「黙ってろ。いいか、何があっても道端の仏像みたいに固まって、ただ無事に通り過ぎてくれるのを祈ってろ……運が良けりゃあ生き残れる」
誰一人として納得どころか理解すらできていなかった。ただ、嫌というほどその実力を知っている担任教師の鬼気迫る表情に、口を開くことができなかった。
「よし」
身勝手にも沈黙を了解と受け取って頷いてみせたが、男にとって現状の危うさが伝わったかどうかは問題ではなかった。
ただ、事前に警告はしたという事実を作ることで、何か起こっても自身の責にはならないように予防線を張ることが目的なのだから。
「ふぅ……入ってくれ」
自分の中にあった僅かな葛藤を吐きだし、覚悟というよりは諦めることを決めて、男は扉の向こうに声をかけた。
「失礼いたします」
聞こえてきたのは淑やかな女性の声だった。
扉越しにでも分かる、しなやかで優美な声音。身構えていただけに、美しい音色は生徒たちを困惑させた。
思わず先程までのいがみ合いのことも忘れ、お互いに顔を見合わせる。
どこか居心地の悪い空気が広がっていることを知ってか知らでか、間を置かずに扉がカラカラと軽い音を立てて開かれた。
――瞬間、空気が凍った。
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