ヒゲアリヒゲナシヒゲヒゲ
皆さんはヒゲヒゲと言う昆虫をご存知だろうか?
ヒゲヒゲとはコウチュウ目ヒゲヒゲ科ヒゲヒゲ亜科に分類される昆虫の総称である。家庭にも時々出現する昆虫であるから、目にした事のある方も多いだろう。
種によって本数に違いがあるが、頭部から生えた多数のヒゲが特徴的な、身近にいる昆虫の一つだ。ヒゲヒゲとはその特徴から付けられた和名である。
ヒゲをユラユラ揺らして歩く姿がとても愛嬌があるため愛好家も多い。
……ところがある時、ヒゲのないタイプのヒゲヒゲが発見されたのである。
ヒゲヒゲ学者の人達は驚いた。もう、腰を抜かさんばかりに驚いた。こいつはヒゲのないタイプのヒゲヒゲだ!! ツルッツルのヒゲヒゲだ!!
新たに発見されたその昆虫はヒゲヒゲ学会にて大々的に発表され、大いに話題を呼んだ。
そしてそのルックスからヒゲのないタイプのヒゲヒゲは「ヒゲナシヒゲヒゲ」と命名されたのである。
ところがどっこい。その二年後。またもやヒゲヒゲ学会を揺るがす大事件が持ち上がった。
ヒゲのあるタイプの、ヒゲナシヒゲヒゲが発見されたのだ。それはもう、紛う事なき、ヒゲのあるタイプのヒゲナシヒゲヒゲであった。もっじゃもじゃのヒゲナシヒゲヒゲであった。
この事実はヒゲヒゲ学会を震撼させた。学会発表を行なった演者は口角泡を飛ばす勢いで発見の経緯やその昆虫の特徴を語った。発表後は質問が嵐のように飛び交い、会場は混乱を極めた。
そしてそのヒゲヒゲは、例によってそのルックスから「ヒゲアリヒゲナシヒゲヒゲ」と命名されたのだ。
しかしその三年後。またぞろ! 新種のヒゲヒゲが発見された。
それはヒゲのないタイプのヒゲアリヒゲナシヒゲヒゲであった。ヒゲヒゲ学者の人達は、ヒゲヒゲに苦情を申し立てたかった。何でそんな小出しにするの? いっぺんに発見させてよね。すんごく勿体ぶるタイプの昆虫なの? それともあれなの? 隠れんぼで一番最後まで見つからないお友達みたいに、気持ち悪いくらい隠れ上手の昆虫なの? と。
その新種は例によって例の如く「ヒゲナシヒゲアリヒゲナシヒゲヒゲ」と命名された。
さらに一年後。
ヒゲのあるヒゲナシヒゲアリヒゲナシヒゲヒゲが発見された。ヒゲヒゲ学者達は前回ほど驚きはしなかった。彼らはもはや慣れっこだ。ほぅらまた来たぞ、そろそろ来ると思ってたんだよね。カモンカモーン、新種のヒゲヒゲ、と。
学者達はそれに、事もなげに「ヒゲアリヒゲナシヒゲアリヒゲナシヒゲヒゲ」と命名した。
新種のヒゲヒゲの発見はその後も続き、とうとうその和名は「ヒゲナシヒゲアリヒゲナシヒゲアリヒゲナシヒゲアリヒゲナシヒゲアリヒゲナシヒゲヒゲ」と、随分長く成り果てた。ヒゲヒゲ学会からはかつての興奮は消え、会場を静寂が支配するようになった。
ヒゲヒゲ学者の人達の新種に対する興味は次第に褪せ、その一方で彼らは焦った。長くなり続ける和名に対してではなく、己の内に燃える、ヒゲヒゲに対する情熱が消えつつある事に……。
目を閉じると浮かび上がる思い出達……。
畳の部屋に出没したヒゲヒゲを見て、なんて素敵な虫だろうと心躍らせた幼き日。
ヒゲヒゲを追いかけて擦りむいた、膝小僧の痛み。赤チンの色。
ヒゲヒゲ捕獲に付き合ってくれた父の、大きく頼もしい背中。
捕まえたヒゲヒゲを友人と戦わせて培った友情。
ヒゲヒゲのヒゲを、母と一緒に三つ編み結びにした時の、器用な母の指使い。
ヒゲヒゲに異様に執着する自分の為に、初めて出来た恋人は、ヒゲヒゲのアップリケを学ランに縫い付けてくれたっけ……。
ヒゲヒゲと共に歩んだ少年時代、青春。
そして自分は、ヒゲヒゲを生涯の友にする事、つまりヒゲヒゲで食っていく事を決意する。
ヒゲヒゲで有名な教授のいる大学を探し出し、奨学金を借り……コウチュウ目学部ヒゲヒゲ科学科に見事進学を果たした。
ヒゲヒゲに関しては自分の右に出るものはいないと思っていたが、世の中は広かった。自分は井の中の蛙だと思い知った。自分のヒゲヒゲ知識は、まだまだ未熟だった。
アルバイトに学業に精を出し、四畳半の下宿でヒゲヒゲを何十匹も虫カゴに飼い家主にキモがられた事も、今では懐かしい思い出だ。
研究室の教授や先輩とのヒゲヒゲ論争の果てに、彼らと肩を組んで酒を交わした日々。
ヒゲヒゲ好きが高じて長男に「ヒゲ男」と名付けようとして……あの時は親戚一同に猛反対されたよね。
そう……あの頃の情熱を……あの頃の自分を取り戻せ!!
俺たちの研究は始まったばかり……
俺たちの研究はこれからだ!!!
(ご愛読ありがとうございました。ヒゲヒゲ学者達の次回の論文にご期待下さい。)
ありがとうございました。