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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編色々詰め合わせ

実力不足

作者: λμ

「うーん……どうやら、実力不足のようですねぇ」

「……は?」

 

 医者の言葉に、俺は思わず頓狂な声をあげた。


「あ、あの……実力不足ってどういう……?」

「ああ、えーと、あなたの場合、才能はあるんですよ」

「才能がある」

「はい。そりゃもう、類まれなる才能の持ち主ですよ」


 そう言って、医者は俺にペラい紙を手渡した。

 世界一有名な表計算ソフトを表の描画ソフトとして使ったようなダサい資料だった。ずらずらと並ぶ項目の意味は分からず、並んでいる数字の意味も取れない。なんのために出したのかよく分からない資料だ。


「いやー、あんまり言いたくないんですけど、よくあるんですよ」

「なにがですか?」

「なんていうんですかね? 才能はあるのに実力不足になってる人?」

「えっと……それってまずい状態ですか?」

「まずいかと言われますと……まずい人にはまずいですよねぇ」

「まずい人というのは」

「うわー、難しいこといいますね」


 医者は苦笑しながら髪の毛を撫でた。見た目からするにずっと年下のようだが、妙に馴れ馴れしい態度だった。


「こう、才能を発揮したい人には厄介ですよね。実力不足は」

「えっと……実力を伴えば才能が発揮される、みたいなことですか?」

「そうですそうです! それはもう! 間違いなく!」


 医者がモニターを見ながらマウスを動かし、画面を切り替えた。そこには老人の顔が映っていた。見覚えがある顔だ。たしか――、


「映画の、監督さん――でしたっけ?」

「そうですそうです! この方なんかはいい例でして、才能はあったのにずっと実力不足でしてね? 実力不足が直った途端にほら、なんでしたっけ……カンヌ? だかなんだか――」

「アカデミーです」

「ああ! アカデミー! そうでした!」


 医者は額をぴしゃりと叩き、急に真面目な顔になってこちらを見た。


「で、ですね? どうされます?」

「どう、というのは」

「実力不足を解消されたいのかな、と」

「え、普通はそうでしょう。なんで病院にきたと――」

「いえ、実力不足が解消されたとしても、生活の質(QOL)が上がるとは限りませんよ?」

「で、でも! 俺には才能があるんですよね!?」

「ありますよー。もちろん。まぁでも、才能なんて――ねぇ?」


 医者は苦笑した。


「才能なんて、誰でも持ってらっしゃるでしょう?」

「え?」

「才能はあるんですよ。あるんですけど、実力が不足してるという」

「……えと、俺の才能って、類稀なるものなんですよね?」

「そうですよ? そうですけど、誰だって類稀なる人でしょう? 違います?」

「違い……ませんけど……」

「でしょう」


 医者が背もたれに躰を預けると、ぎしりと軋んだ。

 俺はなんとなくムカついた。お前は医者の才能があるのかと、医者として実力が足りていると言えるのか思った。


「あの、結局、俺はどうしたらいいんです?」

「ですから、どうされたいんです?」

「……え?」

「実力不足を解消されたいのでしたら、簡単にできる、凄くいい方法があるんですけど」

「ど、どんな方法ですか!?」

「いや、ご存知のはずですよ」

「へっ?」

「努力です」

「……えっ?」


 俺は愕然とした。


「そ、そんなの当たり前じゃないですか! なに言ってるんですか!?」

「あなたこそ、大丈夫ですか? 実力不足の解消なんて努力以上にいい方法はありませんよ?」

「で、でも、だったらなんで病院が……!」

「あのですねぇ……我々、医師というものは、人を直すためにいるんじゃありませんよ?」

「え?」

「患者さん自身が、自分の力で直っていくのを、少しでも助ける。それが我々の仕事です」


 言って、医者は柔らかな笑みを浮かべた。

 当然、俺は憤慨した。だが、他にいい方法がないことも知っていた。


「な、なにか、なにか効率のいい方法は……!」

「どうですかねぇ……努力も人によって効果が違いますから……やってみるしかないですね」

「あの、だったらせめて、実力が不足しないようにするには……!」

「実力をつけるしかないですね」

同語反復トートロジーじゃないか!」


 俺の絶叫に、医者は顔をしかめた。


「まぁ、なにもしないって手もないことはないですが」

「……え? なにもしない?」

「ええ。本当に、全く、なにもしないんです」

「それじゃ実力なんてつかないじゃないですか」

「ま、不足しない範囲で生きればよろしいんじゃないですか?」


 医者は慰めるように言った。


「それもまた、実力ですから」

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