01-19.スダチの香り
いつもありがとうございます!
草狩り場。
何だかんだで、これまでかなり通っている。
初めてのダンジョンはココだったし、
初めての敗走もココだった。
その後いろんなダンジョンに行き、
最終的にココに戻って来てしまう。
効率いいんだよね。植物系のモンスター。
薬に使えるような材料が手に入るから。
お陰で日々の暮らしに困ることはなかった。
借金は、ちょっぴりしか減らなかったが。
考えなしの冒険者はみんな、
お金目当てに身の丈に合わない仕事を
受けてしまうんだろうか?
少なくとも生前の自分は
身の丈に合わないような仕事を
安易に受けていたなぁと思う。
お客さんを待たせているから。とか、
受けなきゃ職を失うかもとか、
上司に怒られるとか
色々言い訳をして誤魔化してたけど、
本当に何もしなかったら、
恐れていたことになったんだろうか。
その当時はそこまであまり深く考えられなかった。
混乱して、余裕が無さ過ぎて、
考えるのまで面倒臭くて。
怒ってるお客さんを待たせながら、
四苦八苦するわけだけど、
結局は、箱の中身をぶちまけて探して、
また同じ箱にぐちゃぐちゃにしまう
みたいなことを繰り返して来た気がする。
罵声や催促がひきりなしにきて、
ちっとも先に進まない中で、
胃の辺りが痛んだ。
それに比べると今は楽だ。
選択も自分一人でウジウジ悩むこともない。
みんなの合意を持って決まるし、
一人のわがままも誰かの指摘で客観的に見られる。
こう言うのが一体感なのかもしれない。
このチームはスゴいなと思う。
誰も失いたくないし、
このままこのチームでやっていきたい。
冒険者に限ったことではないが、
中には利益を求めて
平気で他のヤツラを踏み台にするヤツもいる。
それを必死で見極めなくちゃ行けない日常は、
やはりストレスが溜まるだろう。
運が良かった。
ムキモジャの言う「比較的まともだ」の意味が
やっとわかった気がする。
まぁ、一発当てるだけなら、
どこでもいいって言うかもしれないが、
そういうヤツは長続きはしないんだろう。
「じゃあ目的地も決まったから、
これから準備だな。明日から行くぞ。」
これから行くぞ!
なんてバカなことは誰も言わない。
スゴいな。
「あれ?善は急げで、
今から行くんじゃないの?
私はいつでも行けるわよ。」
一人、脳筋魔法使いが居たのを忘れてた。
翌日、しっかり準備をして常緑亭の前に集合した。
野営の準備もOK。
テントなど重いものはソムが持っている。
そりゃ筋力もつくよね。
修行僧になるのもわかる。
こんなにギンたちのスゴさを見てるのに、
何でギンのスキルが手に入らないんだろう。
「んじゃ行くぞ。
分かっているだろうが、
馴染み深い場所だが、
油断だけはするなよ。」
ゾロゾロ草狩り場を目指す。
馴れた道とは言え、皆無言で隊列を組む。
でも、ゾロゾロだ。
戦闘体勢には入ってない。
人間いつまでも集中が続くわけないから、
ダンジョンに入る前はこの程度でいい。
何でも全力でやればいい
と子供の頃に習った気がするが、
少なくとも全力でテンションを調整している。
決してダラダラしてる訳じゃない。
何が大事か優先順位を決めて、
そこに全力を注げるように用意するのが大切だ。
何でもかんでも全力で当たったら、
とてもじゃないが身体も心も持たないよな・・・
と若き日(?)の自分を振り返る。
「何シジイみたいな目をしてるんだよ。
大丈夫だ。
あんなイベントが何回もある訳じゃない。」
ギンが話し掛けてきた。
相当気にしてるんだな。
この前の敗走を。
「違うよ。ギン。
今までの自分を振り返っててさ。
思い上がってたなーって。」
感じたままを正直に言う。
こう言うところで誤魔化すと、
何か今の気持ちが上手く伝わらなくて、
あとで後悔しそう。
「そりゃ。耳が痛いこった。
たま~に自分を振り返ると・・・
嫌なことばっかりが思い出されるな。
若気の至りとは言えなぁ。」
ギンも少し遠い目になる。
「なんで励ましに言ったアンタも
ジジイみたいな目をしてるんだよ。
まったく。」
と、言うと、
鉄壁姐御が肩を掴んで
グッと身を寄せてくる。
「アータル、オマエは考え過ぎだ。
いくら頑張っても過去は変えられないだろ?
変えられないモノにいくらパワーを使っても
何にもなんないよ。
そんなことより、今を生きろ。」
そう言って離れていく。
結い上げた髪から、
何処かで嗅いだことのある、柑橘系の香りがした。
コツンッ
「何赤くなってるのよ。」
後ろから、杖で叩かれた。
振り返ると、フードを深く被った無口魔法使いが
第二撃をくわえようと、構えている。
次は胸を狙った突きだ。咄嗟に避ける。
「避けないでよ。」
「避けるよ。」
止まってにらみ合いになる。
「バギ、アータル、もうすぐ入り口だ。」
ソムが、バギと俺の肩に手をおいて、
穏やかな声で言う。
さて、気を引き締めて行かないとな。
――――
リーダーは、迷わず道を選んで、皆を引っ張っていく。
それだけではなく、
罠を見つけて注意を促したり、
モンスターを撹乱したりして
俺たちが進みやすいようにしてくれてる。
「………! 光の矢よッ!」
無口魔法使いが、
隊列から離れたヤツや
こちらの攻撃が届かないヤツらに
止めを指していく。
口では派手な魔法をぶっ放したいと言っていても、
ちゃんと一番魔力消費の少ない魔法を使っている。
光の矢は、魔法を使ったあとの
待機時間(バギは"残心"って言ってた。)が、
少なくて使いやすいらしい。
バギほどになると、
一呼吸の間に四、五発を放ってる。
短い時間でモンスターの急所を突いて倒すのを
何度も何度も見てきた。
高い集中力が必要なはずで、
何処にどれくらいの攻撃を与えれば良いか
ってことが分かってないとできないだろう。
魔法を使う能力は高いんだよなぁ。脳筋だけど。
ドサッ
倒れた草の塊にまだ、"光の矢"が刺さっている。
動かなくなった後もその"矢"は形を保っていた。
そしてしばらくして、バキンッと音を立てて消える。
魔法という現象は不思議だ。
強度。材質。実際の弓矢とはまったく違う構成。
実際、いったい何でできてるんだろうな。
魔力?マナ?エーテル??
どっからその力は出てきているのだろう。
無口魔法使いに聞いてもサッパリだった。
業を煮やした無口魔法使いは、俺に言った。
「アンタは粉引きの水車の構造を全部知らないと、
パンも食べられないの?」
確かに全部理解しなくても、
要は使えりゃ良いってことなんだろう。
(魔法使いとしてはそれはどうかと思うけど。)
単純に俺が難しく考え過ぎてるのかもしれない。
「ほら!
ボーっとしてないで、早く素材を拾う!
ッたくトロいわね!」
無口でもなくなった魔法使いが、
詠唱の合間に罵声を浴びせてくる。
そうだ。詠唱だ。
「光の矢よ!」の前にバギは何かを呟いているんだ。
小さく低く。聞き取れないほどに。
その呟きの内容は教えてくれない。
それは魔法使いの根幹に関わることで、
身内にも簡単には教えないそうだ。
(それでどうやって人に習うんだろう?)
たぶん一言二言くらい、バギは呟いてる。
それが分かれば、
俺でも魔法が使えるようになるのだろうか。
無言で素材を剥ぎ取ったり、
ホンの少しだけ重量軽減できる魔法バッグにいれたりする。
ギンから貸してもらったヤツだ。
実際背負うと重いので、
本当に軽減されているかあやしい気もしている。
考えごとをしているうちに、
ギンとバギの活躍で、
最奥部一歩手前、以前敗走した、あの草むらに着いた。
今日は俺たち以外の人間の姿は近くには見えなかった。
のどかな天気の中、
新エリアの探索と、水場探しのミッションが今始まる!
用語説明:
・生薬
ここでは魔物やアルドアなどの薬草を乾燥させたりするだけで、薬効成分を精製抽出せずに丸のまま使う薬の総称。
こちらの世界と違い、見た目グロテスク、効果もいまいち。
・残心
バギの言う、魔法の詠唱が終わってから、次の詠唱が可能になる時間。リキャストタイム。
武道で言う残心とは趣が違う。
・粉引き水車
粉を引くための水車。安定した水量が得られる川などに見られるが、この辺りでは一般的ではない。
・光の矢
初級の魔法。
詠唱から発動までが早く、リキャストタイムが短いため良く使われる。
詠唱を間違えると怒られ、発動しない。




