02-64.既望
鑑定!
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Name:*******
class:剣士
clique:ウルワン冒険者ギルド
role:犯罪奴隷
*****:*****、******
ウルワン冒険者レベル:下位
・・・・・・・
アータルがウルワンの冒険者ギルド前で捕えた。
・・・
ひっさしぶりに使った鑑定スキル。
普段あんまり使わないのは、
使う前に戦闘に入って余裕がないか、
やっても意味がない時だ。
鑑定!
────────
魔法の掛かった鉄格子
内から放たれた魔法を無効化する。
原理は不明。
残念ながら、そう言うプレイには
使えなそうだ。
────────
それに鑑定には2つ問題がある。
一つは、魔法使い系の職業には、
こちらを気にされてると、
鑑定したのを気付かれる。
もう一つは、あんまり役に立たない。
"そう言うプレイ"ってなんだよ!
ウゥーッ!
女の子が金髪小僧の腕の中で
苦しそうにうめく。
でもそんなこと言ってられない!
目の前で女の子が犯罪奴隷に捕まって、
助けを求めてるんだから!
ココからじゃオレの攻撃は届かない。
腰には一応剣が刺さってるし
左腕には籠手が付いたままだ。
でも、それらじゃ届かない。
一番悪い手は、"腰の剣を投げつける"だ。
投げたらオレは武器がなくなるだけじゃなく、
金髪小僧に武器を渡しちゃうことになる。
その前に両手を縛られている状態じゃ、
腰の剣がちゃんと抜けるかも怪しい。
ではどうするかと言うと・・・
オレは鉄格子の間に手を突っ込み、
右手を目一杯金髪小僧に向ける。
ロープで繋がれた左手は、
オデコにくっつける。
この手は砲身だ。
女の子から一番遠い肩に狙いをつけ、
詠唱をはじめる。
そして・・・
「光の矢!!」
練り込んだ魔力の矢を
金髪小僧に向かって放つ。
真っ直ぐだっ!真っ直ぐ!!
オレの光の矢は、命中精度が悪い。
グリズリー相手なら、
顔!とか、胸!とか、
ある程度着弾する範囲を選べたが、
的が大きかったからだ。
人が相手だと的の大きさが違う。
小憎らしいことに、
金髪小僧は、オレの前に
女の子を持ってきて、
楯代わりにしている。
無意識なのか意識的なのか知らんが、
厄介だ。
オレは着弾前に次の光の矢をつがえる。
魔力っぽい何かが手に集まる。
「ウグッ」
「走れ!!」
光の矢は、ほとんど狙い通り、
金髪小僧の腕に刺さり、
腕が緩んだ。
「光の矢!!」
女の子は死に物狂いでその腕から逃れ、
こっちに向かって走ってくる。
オレはソレから射線をズラして
ぶっ放す!
ヴワーンッ!!!
走ってきた女の子を、
檻ごしに受け止めて、頭を撫でる。
「お母さん、お父さんのところまで走れ!
できるな?」
女の子はウンウンッとしゃくりあげながら、
うなずく。
「ほれいけっ!」
女の子の背中を叩く。
「おがあさーん!!!」
全部の文字に濁点がついたような声で
泣きながら走っていった。
オレは、金髪小僧に向き直る。
一発目の光の矢はもう霧散している。
二発目は・・・肩に刺さっていたが、
すぐ空気に溶けた。
「テメェ!!!」
金髪小僧がニラんでくる。
「バカか!
テメェの我が儘に他人を巻き込むなよ!」
「うるせぇ!!
お前にオレの何が分かるっ!!」
「わかるわけねぇだろ!!」
と言い返すと、
金髪小僧が両ヒザを付き、
ブルブルと震え始める。
「え。あ。おい!どうした?」
あれ?打ち所が悪かった?
でも、肩と腕だから
致命傷にはならないだろう?
最悪切り落としても生きられるのは、
オレで実証済みだ。
死ぬほど痛いし、死ぬかと思ったけど。
金髪小僧が霞んで見えた。
いつの間にか黒いモヤが、
檻の周りに集まっている。
ヒューヒュー
檻の奥から、空気の抜けるような音がする。
既にオレの方からは、辛うじて
金髪小僧が両腕を掴んで
うずくまっているのが見えるだけだ。
Ghwooo!!!
明らかに人間のものではない咆哮が響く!!
牢屋からあふれた黒いモヤが、
牢の中心に座り込んだ金髪小僧に
吸い込まれていく。
くすんだ金色の髪が
黒いモヤで全く見えなくなった。
そして・・・
メキョメキョッ!!
檻が吹き飛んだ。
そこに立っていたのは・・・
「グリズリー・・・」
もうお馴染みになった、
熊の姿をした魔物だった。
────
もう夜になろうとしたころ、
檻の破片の中に立ち上がった
グリズリーは、
大きく見えた。
少なくとも、今いる檻からは
顔が見えない。
ガシャンッ
グリズリーが一歩こちらに踏み出す。
檻の破片が打ち合う音がする。
Ghwooo !!!
グリズリーがまた吠える。
思わず耳を塞ぎたくなるが、
両手を繋いでいるロープのせいで
うまく行かない。
つーか、マズくない?
あのグリズリー、頑丈な牢屋を
ぶっ壊しやがった。
ヤバい。このままここにいたら、
確実に死ぬ。
檻に挟まれて死ぬ。
必死に腰の剣を左手で抜き、
ちょっと鞘から出た刃で
両手を繋いでいるロープを切る。
また一歩こっちに近づいてくる。
思ったより動きが鈍くて助かる。
が、グリズリーが腕を降り上げるのが
見えた。
慌てて牢屋の地面に伏せ、
とっさに左手で頭を守る。
ガッチャンッ!!
固いものがぶつかり合う音がして
地面と天井が激しく入れ替わった。
ゴロゴロと転がり、ようやく止まる。
オレはやっぱりそのままだった、
腰のバックに手を突っ込み、
ポーションを探り当て、
飲んで立ち上がる。
もちろんアミーのだ。
死んだらそこで終わり。
出し惜しみして死ぬのは勘弁だ。
ガシャーンッ!!
今度は別のところで音がする。
Ghwooo!!!
グリズリーが別の檻を襲っているのだと
気付いたオレを誉めて欲しい。
「助けてくれー!!ギャー!!」
まだフラフラする頭を振り、
吠え声のする方へ向かう。
だが、そこにはいくつかの亡骸があるだけ。
オレは咆哮を追いかける。
Ghwooo!!!
こっちか!
どうやら別の檻を襲っているみたい。
何が目的なんだ?
グシャッ
グリズリーが通ったあとは、
木が倒れていて、何となく道が分かった。
Ghwooo!!!
思わず耳を塞ぐ。
薄明の中、目の前にグリズリーが立っていた。
────
デカイ。
オレが遭った中では
間違いなくトップクラス。
どっかの野営地で遭った、
腕が少し長かったヤツくらいの大きさだ。
あの時はどうしたっけ?
ハルと一緒に倒した気がする。
「落ち着けー。落ち着けー。」
呼吸を整えようとするが、
上手く行かない。
「オレは蛮族。
オレは蛮族。」
無意味に言葉を唱える。
もちろん何か魔法的な効果がある言葉じゃない。
何かを言ってないと、
足が前に出ない。
怖い。
やっぱり怖い。
何度も何度もグリズリーと戦ってるのに、
少しも楽にならないし、
いつも命の危険を感じる。
そして魔法の詠唱をして、
グリズリーの方へ手を伸ばす。
「光の矢!!!」
こんなもの致命傷にはならないのは
分かっている。
でも飛び込めない。
「オレは蛮族。
オレは蛮族。」
意味の無い言葉を唱えながら走る。
ビュッ!
オレのさっきまでいたところに
灰色の塊が突っ込んできた。
ドガンッ!!
地面がえぐれ、土が飛ぶ。
ヤバイヤバイ。
コイツは、一人で倒すの無理だわ。
なんでオレは一人で追いかけて
来ちゃったんだろう。
立ち止まって、剣を抜く。
ただ右手で持ち、左手をフリーにしておく。
が、
ビュンッ!
グリズリーの爪が、
オレの後ろ髪をサラっていく。
あぶねぇ。
首が無くなるところだった。
ヨロケるようにその場から離れる。
追ってくる。
ギリギリで避ける。
ちょっとでも集中力が切れたら
そこで終わりだ。
だが、
ハァハァハァッ
呼吸が続かない。
こんな時は・・・
「光よ!!!」
オレが伸ばした剣の先から、
矢のように光が飛び出し、弾ける!
遮った左腕の隙間からそれを感じながら、
感覚だけでグリズリーの方へ
剣を振り下ろす。
Ghwooo!!!!
オレの剣は伸びきったグリズリーの右手を
切り落とした。
用語説明:
・既望
満月を過ぎた夜。十六夜。
秋の季語
・射線
射撃を行う際の、銃砲身の延長線。
弾が飛ぶ方向。
・特別製の牢屋
中から外への魔法攻撃を無効化する。
外から中への魔法攻撃は素通りさせる。
理由は不明。
・アミー
錬金術師。
彼女が作ったポーションは、
高い回復力を持つ。
・薄明
日の出直前、日の入り直後の薄明かるい状態。
・ハル
鍛冶士
軽ハンマー使い。
戦闘力は、他の冒険者や私兵団に
注目されるほど。
・蛮族
野蛮な種族、未開な文化を持つ種族。
蔑称として使われる。
アータルは、深く考えずに行動に移す様を
蛮族と言っている。




