9 尻込みロタ、背を押すイリカ
「いやはや、嵐みたいな女の子だったなあ」
たった今走り去ったシュレナを、ロタはそう称した。
「悪い子じゃ、ないみたいだったけどね」
イリカが答える。
先ほど、ここ駅前をイリカと散歩していた時、横を走り抜けたかと思いきや、つまずいて不意に腕をつかんできたシュレナ。
上下紺色の、ズボンの制服姿。体格は、女子として標準くらい。どちらかといえば、やせ気味だったかもしれぬ。
茶色い通学カバンを持っていた。
髪型は、黒いショートボブだった。眼鏡越しの大きな瞳。
かわいい子だな、とは思ったが、あどけなさの方が先に目についた。
それもそのはず。まだ中学二年だという。
すなわち、十四歳くらいか。
「とりあえず、これはしまっておくか」
と、ロタは、シュレナからもらった名刺を財布に入れる。
イリカはロタを見下ろし、
「行ってあげるの?」
「展示会?」
「そう」
ロタはううんとうなり、
「いや、やめておこうかなあ」
「どうして?」
少々意外そうに見開かれた、イリカの両眼と視線が合う。
ロボットであるイリカには、恐らく人間的な感情も自我もない。だが、会話の流れや場の雰囲気を読み、表情や口調を変化させるのだ。
ロタは、
「常識的に考えるとね。というより、良識かなあ。
見ず知らずの男が、女子中学生と変に関わりを持つのはよくないと思うんだ。問題だろう、色々と。
今回限りにしておこうかと」
これが最も正解と思えた。
幸い、自分の連絡先は教えておらず、このまま放置すれば終わる。
しかし、
「まあね。その考え方は正しいとは思うんだけど、」
と、イリカはまだ、何か言いたそうな様子。
ロタが「ん?」と続きを促すと、イリカは、
「それでも、ロタが展示会を見に来てくれたら、シュレナさんは喜ぶと思うよ」
ロタは即座に首を振り、
「シュレナさんは、あくまで、君に興味があるのさ。
さっきだって、もしイリカがいなかったら、あのままスカートの話だけで別れてたはず」
これが真理だろう。シュレナは、ロボットのイリカをもっと見たいだけなのだ。
だが、この「正論」に対してさえ、イリカなりの答えがあった。
「ロタ、それはちょっと違うよ」
「どう違う?」
イリカはロタを見つめ、
「さっきシュレナさんと握手した時、シュレナさん、私を怖がってたよね」
「まあ、そうだね。で?」
「シュレナさんは、私のことをなるべく人間扱いしようとした。でも無理だった。
なぜなら、私の動き方や外見が、まだまだ機械だったから。
私はこれからも改良されて、人間社会へ溶け込んだ方がいいよね。
ことさら大勢の人に私を見せつける必要はないけれど、周囲から警戒されない程度にはね。
そうすればトラブルが減るし、ロタの生活環境も安定するわけだから」
何となく話が見えてくる。