8 名刺裏面
「そうは言うけど、どうやって会うんだい?」
初老の男性は聞いてくる。
「その名刺があるじゃないですか。私のスマホ番号も載ってますよ」
「だからって、私からシュレナさんに気軽に連絡は出来ないよね」
と、老人は、シュレナの提案に首を振る。
知り合ったばかり、相手は未成年。当然のことだ。
「うーん、それは、ええ、ごもっとも」
しぶしぶ認め、ショートボブの髪をポリポリかくシュレナ。
二秒ほど考え、
「そうだ、名刺といえば!」
あることを思い出して、老人が手にした名刺をシュレナは指差し、
「その名刺の裏の、案内を見て下さい」
「案内?」
初老の男性は、名刺を裏返す。
長身の女性も、肩越しにのぞき込んでいる。
「文化展示会?」
「なるほど、市民ギャラリーでやるのね」
老人、女性の順で声を出す。
シュレナは勢いよく、
「そうです!
ケミホ中学と同じ市内です。期間は、来週から一週間。
ぜひ、お越し下さい。もちろん無料です」
忘れかけていたが、この名刺は、展示会の宣伝用に自作したものであった。裏面に地図と会期が印刷されている。
親類、教師以外の大人へ渡したのは初めてだが。
長身の女性は、
「シュレナさんは何を出品するの?」
うれしい質問だ。興味を示してくれたらしい。
「ロボットです。私も造ったの。小さいけど」
「部活の一環で?」
今度は老人が尋ねる。
「そうです。自分で設計して、半年かけて」
「へえ、そりゃすごいね」
老人は褒めてくれたが、やはり笑顔がぎこちない。
何となく、心の中では「面倒なことに巻き込まれる前に断ろう」と考えていそうな様子。
(はっきり断られたらまずい。今日はここまで!)
シュレナは先手を打ち、二人から離れつつ、
「待ってますから。見に来て!」
走り出そうとしたが、もう一回振り向き、
「そうだ。お名前、教えてくれませんか」
初老の男性は、今度は自然に破顔して、
「そういえば名乗ってなかったね。失礼しました。
私は、ロタ。で、こちらの女の子が……」
と、横に立つ長身女性を片手で示すと、女性は、
「私は、イリカ」
と、会釈してきた。長い黒髪がさらりと垂れた。
二メートルほど離れていたシュレナは、お辞儀をして手を振り、
「ありがとうございました。
それじゃ、ロタさん、イリカさん、また会いましょう!
お二人のことは、誰にも言いません!」
気恥ずかしさもあり、シュレナはそそくさと走り去る。
(今頃、あきれられてるかなあ)
そんな気持ちもよぎる。
突然、ロタの腕を取り、イリカをロボット呼ばわりし、一方的に自己紹介をして。
「何やってんだか私」
声にも出す。
しかし、高架線を抜ければ、いつもの駅前広場。
円形に広がる視界に、気分もほぐれた。
もう少し行けば、ケミホ中学への通学路だ。