6 触っても、い、い、い
(私、何て恥ずかしいこと言っちゃったんだろう!)
シュレナは、この場から逃げ出したくなった。
この長身女性がロボットだと確定したわけでもなく、仮にそうだとしても、むやみに被服の中を見ようとする態度には品がない。
シュレナはクッと歯を食いしばり、一瞬、アスファルトの歩道へ視線を落とす。
が、すぐ顔を上げ、
「済みませんでしたっ。今の、取り消します」
まず長身の女性を、次に初老の男性を見て、二人へ一回ずつ頭を下げる。
知らず、涙ぐんでいる気がして、眼鏡を外し、紺のブレザーの袖口で両目をグイとぬぐう。
老人と女性は、気まずそうに横目を見合わせる。
数秒の沈黙の後、二人は相談し、
「握手するくらいなら、いいかなあ?」
「ああ、いいだろう」
長身女性の小声の問いに、老人が同意している。
「握手?」
眼鏡をかけ直したシュレナが顔を上げると、女性は緑と青の大きな目で、
「そうです。お近づきの印に、今日は握手をしませんか。
マントの中を見せるのは、また次の機会に、ということで」
そう告げながら、ケープの下から右腕を差し出してきた。
(うわっ!)
声を漏らす寸前だった。シュレナは「ひっ」と息をのむ。
この女性の首から下はすっぽり隠されていた。
だが、今、いきなり右腕をさらけ出してきたのだ。
長身の女性の腕は、少し日焼けした色の肌。太さは、普通の人間並みだ。指は細い。
とはいえ、明らかな人工物であった。
ひじの関節には大きな継ぎ目。手首にも。
動作も、人間と比べて規則的。コマ送りのようだ。
同時に、ウィーンッというモーター音と、カリカリッ、キキキキッと、手首や指が曲がる音。
おずおずと両手を上げるシュレナ。
「さ、触っても、い、い、い、」
言葉がかすれる。唇がカラカラだ。
「大丈夫ですよ」
対する女性の口調は、穏やかなまま。
左右の手で挟み込むように、シュレナは長身女性の「右手」をふわりと握る。
(わあ……)
温かい。さらには、柔らかかった。シュレナの体から力が抜ける。
一瞬だけなら、人の手と変わらぬ感触である。
しかし、続いて伝わってきたのは、指の関節のでこぼこだ。
胸にズキンと鼓動が響く。
「本当、ごめんなさい。ひどいこと言っちゃって」
もう一度謝罪するシュレナ。
背の高い女性は、首を小さく横に振り、
「謝ることではないですよ。
私も、シュレナさんみたいな好奇心と探究心にあふれた女性たちによって、造られたのですから」
色違いの両眼は、朝の陽光を映し込んで、キラリと光っていた。特注の義眼だろうか。
人間の眼球より若干大きいが、怖い感じはない。
(すごい!
ここまでリアルな人型ロボット、見たことない。
現代の科学技術で造れるのかな?)
ふと、そんな疑問が浮かんだ。