41 先に人工知能を造った理由
シュレナは困惑する。
(えー。男の人って、性的な欲望が最優先じゃないの?)
本やネットでの知識。また、シュレナ自身にも異性からのセクハラ被害の経験はある。
弟も、まだ小学生だが、女子のパンツが見えただのと、たまに下品な話をして、シュレナからたしなめられている。
男とはそういうものなのだろう。
それとなく聞いてみる。
「ロタさんは、そんなんで満足なんですか?」
「性的な関係がなしでも良いのか、という意味ですか?」
ロタのしゃべり方が、更にやわらかに、ゆっくりになる。
今、デリケートな話をしている。その雰囲気を壊さないように気遣ってくれているのが伝わる。
こくりとうなずくシュレナに、
「誰か特定の相手と、二人きりで関係を深めていくのが、恋愛ってやつですよね」
と、ロタ。シュレナは小さく「はい」と応じる。
「私は、女性から恋愛対象として見てもらえなくてさ。若い頃からね」
ロタが説明する間、イリカは黙っていた。
「そうなんですか?」
シュレナが聞き返す。お世辞というより、
(ルックスも悪いわけじゃないし、まあ優しいのになー)
と思ったからだが、ロタは、
「うん。ずっとモテなくてねえ。でも、女の子と交流する夢は捨て切れなくて。で、イリカを造ることにした」
ちらりと、横目を合わせるロタとイリカ。イリカはほほえむ。
「シュレナさんは女性だし、お若いから青少年健全育成の観点もある。なので手短に言うけど」
と、ロタは一呼吸置いて、
「性的な欲望だけ満たしたいのなら、それに特化した物も世の中にはあるわけでしょ。人形とか立体アニメとか。
でもね、私は普通の交流がしたかった」
「普通?」
「そう。おしゃべりしたり、一緒に歩いたり過ごしたり。
だって、実際のカップルや夫婦も、そういうありふれた日常が続いてゆくのだから。性的な部分なんて、時間に換算すればわずかですよね。
その他の平凡な時間の方がはるかに長くて、そちらを二人で細く長く楽しめてこそ、本当の幸せ。俺はそう思うんだ」
「そういうことか。あー、なるほど」
ストンと胸に落ちる説明であった。
シュレナも中学二年生。一通り、性の知識は持っている。
男性用のいわゆるラブドールの存在も、知ってはいた。
(ああいう物とは違うわけか)
イリカへ目を向ける。言われてみると、聡明な顔立ちにも思える。イリカのこれまでの発言内容も、思い起こせば、ことさら、ロタにへりくだったようなものはなかった気がする。
「対等な関係……」
シュレナの口から、ぽろりと単語が漏れた。
ロタは、
「ということですな。
さっきの話に戻るけれど、だからこそ、体よりも先に人工知能を造り始めたんだよ。まずは、私と普通の会話、議論が出来るようになってほしかったから」
こうして、話の輪はつながり、円を閉じたのだった。




