34 アンドロイド用特製浴衣
「よし、袖は通せたな。イリカ、後ろ向いてくれ。次は帯を締めるから」
「了解、ロタ」
イリカは膝を軽く曲げ、片方のかかとを上げ、大きな体をくるりと半回転させる。キキキキッ、ウィーンッと音が鳴る。関節がきしみ、モーターが作動する音だ。
八月。第二週目の土曜。夏祭り当日である。晴れ。
七月の例の電話後、三週間ほどして、リモリから浴衣が郵送されてきた。イリカ専用のものである。
それ以来、着付けの練習を繰り返したので、やがてスムーズに着せられるようになった。
今、それをやっているところだ。場所は、ロタの家。
ロボットのイリカには、自分で服を脱ぎ着する機能はないため、常にロタが行っている。
基本的には、イリカの電源を落としてから着替えさせるのだが、この浴衣は電源を入れたままで着せている。イリカに動いてもらいながらの方が、スムーズなのだ。
「よし、帯も巻けたぞ」
「ありがと」
イリカが両腕をウィーンッと下ろす。
「やっぱり似合うなあ」
「ありがと」
二回目のお礼は、少し照れ笑いのイリカ。さすがに、顔を赤らめる機能はないものの、控えめな笑い方で、緑と青の瞳を細め、それらしい表情を作っていた。
改めて、ロタはイリカを見上げる。イリカは横幅もあり、青い布の壁が、そびえ立っている感じだ。でも美しい。
そう、浴衣は濃いめの青である。そこへ白抜きで、一面にあじさいの絵柄。背中には、オレンジ色のひまわりの絵も一輪。
帯は薄ピンク。通常の浴衣よりも、簡単に締められる構造になっている。
実際、本格的な浴衣とは言えず、「浴衣風のケープ」という表現が適切だ。イリカの首から下を、すっぽり包む衣装。要は、いつも外出時に着ているケープの代わりという位置付け。
なお、中にはイリカ専用のシャツや短パンを着用している。
「ロタも浴衣、着ればいいのに」
イリカが、ロタを見下ろしてニヤリとする。
「んー。持ってないんだよう。着る機会もなかったしな」
「それで行くの?」
イリカが、薄目をあけるような顔で、上からジーッとロタの服装を眺めてくる。明らかに、何か言いたそうだ。
「御不満かい?」
ロタは苦笑いで、自分の着衣を見る。
白い半袖シャツに青いジーンズ。我ながら、確かに無難過ぎる格好だよなとは思う。
イリカは少々ふくれっ面で、
「せっかくの、初お祭りデートなのにさー」
「まあ、主役はイリカだから。俺は引き立て役」
「うまいこと言って」
「それに、今日はシュレナさんも来るから。不測の事態に備えて、動きやすい服にしたんだよ」
これは本当であった。
夜の人ごみを、ロボットと中学生を連れて歩くのだ。両者とも、いつ迷子になるか、どんな行動に出るか、分かったものではない。
「シュレナさんは、しっかりしてるから大丈夫だよ」
「だといいけどな」
ロタはうなずいた。