3 空圧サーボ
「第二に、あなたが今、首をかしげた時、空気が抜ける音がしました。
それ、空圧サーボですよね」
シュレナは、緊張しつつも淡々と述べる。
空圧サーボとは、コンプレッサーを用いてシリンダー内に空気を送り込み、機械を動かすシステムのこと。
ロボットの機構などに用いられる。
長身女性の穏やかな表情に変化はなかったが、老人は目を見開いた。核心を突かれた顔だ。
「へえ、空圧サーボなんて、よく知ってるなあ」
そう答えた老人の、口もとには余裕を装った笑み。
しかし、探りを入れている様子が見て取れる。
(駆け引きせず、正攻法で行くか。
さっき、転ぶのを助けてもらった借りもあるんだし)
シュレナは素早く戦略を練り、制服ズボンの後ろポケットを片手でまさぐる。
取り出したのは、一枚の名刺。老人へ手渡し、
「そりゃあ、空圧サーボぐらい当然知ってますよー。
私、こういう者ですから」
初老の男は名刺を受け取るが、ちらりと視線を落とすと、慌てたようにバッと腕を伸ばし、名刺を突き返すポーズ。
シュレナはビクッと体を後ろへそらす。
大柄な男から手を突き出され、驚いたのだ。
シュレナも女子として背は低くないものの、さすがに、この老人よりは小柄だ。
「あっ、済みません」
と、老人は威圧的な態度を謝りつつも、
「でも、駄目だよ」
首を振って、そう注意してくる。
「えっ、何が?」
問い返すシュレナ。本当に分からなかった。
初老の男は、名刺をつまんだ手を伸ばしたまま、
「今、一瞬だけ見ちゃったけど、これ、あなたの名刺でしょ?
なんか、学校名まで書いてあったみたいだけど」
「はい、書いてますよ。それが何か?」
老人は苦笑し、
「危ないじゃないの、見ず知らずの他人へ、女子高生が無防備に個人情報さらしちゃ」
「私、中学生です」
「同じだよ。というか、なおさらでしょ」
顔をしかめ、老人はたしなめてくる。
ずっと黙っている長身女性も、同意するようにうなずく。
「ほら、これ返すから。まだ、名前とか読んでないから安心して」
と述べる老人へ、シュレナは、
(ふーん、この人、まともな大人なんだな。
それとも、事なかれ主義?)
と分析しながら、でもきっぱりと、
「いや、受け取ってください。
おじいさんを信用してのことです」
「そんな簡単に信用されてもなあ……」
初老の男は困惑顔。
シュレナが更に言い返そうとした時、
「ううん、簡単に、ではないでしょ。
さっきのスカートの件も、今の名刺の件も、思い遣りが感じられたからだよね。違う?」
何と、老人の横に立つ長身の女性が、シュレナに助け船を出してくれた。
胸中を言い当てられたシュレナは、
「わあ、そうです。うれしい!」
勢いよくうなずいたので眼鏡がずれ、とっさに手で直す。