22 虫型ロボットと少女型ロボット
ロタは視線を下げ、机から垂らされた説明書きの続きを読む。
「で、次は手を近づける、か」
右手でそれを実行してみる。
すると、虫型ロボットは歩みを止め、体の向きをロタの方へと変え、何と、ロタの手に前脚二本をひょい、ひょいと載せてきたではないか。ここで静止。
「おお、かわいいな!」
歓声を上げるロタ。手の甲に、細い金属の脚の、ひんやりした感触。
シュレナはホッとしたようにほほえむ。緊張か興奮か、目もとがやや赤く上気している。若いなあ、とロタは思う。
「センサーで、人の体温と影を察知するんですよ」
とのシュレナの解説に、今度はイリカが、
「次は、私もやってみよう」
「おお、そうだな」
手を引っ込めながら、ロタがうなずく。
虫型のロボットは、机上の囲いの中を、再びゆっくり歩き出した。ゼンマイはまだ戻り切っていないようである。
紺色のケープの内部から、イリカが右腕を出す。キリキリッと、腕の歯車や関節のきしむ音。
近くに立っているシュレナの表情がこわばる。先日の握手を思い出しているに違いない。
とうにロタは見慣れているが、そうでない者には恐ろしげな眺めかもしれぬ。
イリカの腕は人工皮膚で覆われており、リアルな仕上がりではあるが、ひじや手首の関節には部品の継ぎ目が見えるし、動き方もコマ送りのようにぎこちない。
イリカが前かがみになり、虫型ロボットへ右手を近付けた時。
バチン!
何ということか。
机を歩行中のロボットが、不意に跳ねたかと思うと、イリカの手の側面へ体当たりをしてきた。
ここまでのノロノロした動作からは、想像も付かぬ激しさ。
「えっ、何で。うそっ」
と、片手を口に当てるシュレナ。
イリカも、まゆ毛を上げ、驚いたような表情に。
虫型のロボットは、もう一度イリカの手にぶつかる。バチンッ!
続いて、方向を変え、六本の脚をガシャガシャと騒がしく曲げ伸ばしして、囲いの外へ出ようとし始める。
あたかも、イリカの手を「敵」とみなし、戦ったが勝てないので、逃げようとしているかのように。
どう見ても誤作動、暴走である。
イリカは警戒モードに入ったのか、体を静止させて、虫ロボットの行方を目で追っている。
透明プラスチックの囲いは、高さ二十センチほど。
小さなロボットには乗り越えられそうもなかったが、これほど高速で脚を動かせば、話は別。
勢いに乗ってガガガガッと壁を引っかき、よじ登り、外側へポトリと落ちた。そのまま机を走る。
シュレナ、ロタの順で叫ぶ。
「大変!」
「まずいぞ!」
ロタは、オロオロしつつも手を伸ばそうとするが、
(触ったら、やけどしないかな?)
と、一呼吸のためらい。
「ロタさん、どいてっ!」
駆け寄ってきたシュレナの左ひじがロタの右腕にゴツンと当たる。
「うおっと」
思わず飛びのくロタ。




