10 ロボットと人間、クッション・橋渡し
ロタは、
「つまり、シュレナさんはまだ、イリカとサシで交流できる段階にはない、と」
イリカはうなずき、
「そういうこと。
まだまだ、ロタが間に入る必要があるんだよ。
私たちの関係性を間近で観察することによって、人間とロボット、人間と科学との距離感について、いつかシュレナさんもつかめるかも」
「あっ。理学研究部も、ゆくゆくは……」
ハッとしてつぶやくロタ。その先はイリカが付け足してくれた。
「うん。
シュレナさんが、さっきの数分だけでここまで具体的なビジョンを描けたかは分からないけれど。
シュレナさんの情熱や努力が、今後、将来を形作るかもしれない」
「なるほどな」
ロタの脳裏に浮かんだのは、ハヤミやリモリやクミマルの顔だ。
かつてイリカを造った、女性の専門家たちである。
あの三人は、言わばシュレナの先輩に当たるのかもしれぬ。
ロタは体の前で両腕を組み、
「そのきっかけに、俺たちがなり得るというわけか」
顔を上げると、イリカが目を合わせうなずいてくる。
「素敵なことだと思わない?」
「思う。納得した」
と、腕をほどきながらロタも首を縦に振った。
(そこまで具体的に考えてたとはな)
内心、舌を巻く。
イリカは、当初は人工知能のみの不安定な存在で、体が付いていなかった。
そのため、「自分は少女のはずなのに、なぜロタに会いに行けないのか」などとエラーを起こし、その都度、ロタたちと話し合ってきた。
あの積み重ねがあるからこそ、現在、深い思考が出来るのだろう。
ロタは、
「よし。展示会、行くというのも選択肢に入れよう。
来週だし、じっくり検討してみる」
「うん」
イリカもほほえんだ。
ここで、先ほどから気になっていたことをロタは尋ねる。
「ところで、バッテリー、大丈夫?」
すると、イリカの表情ががらりと変わる。
まゆ毛をハの字に下げ、困った顔。
高性能アンドロイドであるイリカは、顔の人工皮膚の下に細かな線が張り巡らされており、豊かな表情が出来るのだ。
「実は結構ギリギリ」
とのイリカの返事に、
「やっぱりな。じゃあ、一旦、イリカ号へ戻ろう」
ロタは促して、来た道を二人で戻り始める。
イリカは二足歩行型ロボットである。
立っているだけでも姿勢制御が必要で、電力消費が激しい。
今回も、朝のドライブ中、この周辺を数分だけ散歩するつもりが、シュレナとの予定外の交流で、イリカのバッテリーが減ってしまったのだ。
ロタとイリカは駐車場へ引き返す。駅ビル付近の屋外。
いかつい外見のワゴン車へ近寄る。屋根は黒、他は銀色。
ロタの愛車、通称「イリカ号」だ。
助手席のドアがひとりでに開き、座席がスライドして車外へせり出してくる。
イリカが腰かけると、再び車内に収まる。
これは、イリカ用の特別仕様車なのである。