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三日目

突然の来訪者である兔人族のシロットを取りあえずは家に招き入れた。

「それでドラゴンに命を狙われているってどういうこと? それにその恰好も………………」

「うぅ………………………」

涙ぐむシロットが身に着けている踊り子のような露出の多い恰好は趣味ではなく本人的には機動力を重視した恰好らしい。詩音から見れば完全に踊り子だが、シロットはこれでも冒険者なのだ。

だから服も汚れや傷がつくのは仕方がないことなのだが、今日は本当に女としての尊厳が守られている状態だ。

「セル。何か変わりの服を」

「必要ありません。何度も何度もご主人様に泣きついてくる駄兔に与えるお召し物は一着もありません」

「あぐっ!」

セルの冷ややかで鋭い言葉がシロットの心を突き刺した。

「セル、そこをなんとかお願い」

「………………………………はぁ、ご主人様がそこまでおっしゃるのでしたらご用意しましょう」

渋々と本当に仕方がないかのように代わりの服を持ってくる。

「ご主人様の寛大さに感謝しなさい」

「はい!」

セルの言葉に敬礼で返すシロット。急に激しく動いた為に胸の先端部分が見えたような気がしなくもない。

「あちらの物陰で着替えてきなさい。貴女の汚れきった裸体でご主人様の眼を汚す訳にはまいりませんので」

「そこまで汚くありません! でも服はありがとうございます!!」

毒をはくセルの言葉に勢いよく物陰に向かうシロットとセルの言葉にドキリと肩を震わせる。

もしかして見えてしまったことに気付かれた、と思いセルにそっと視線を向けると―――

「ふふ」

妖艶な笑みでこちらを見ていた。

―――あ、これ今晩眠れないわ。

そう悟った詩音だった。

少しして服を着替えてきたシロットに改めて事情を聞いてみた。

「はい。実は私、一週間ぐらい前にゴブリン討伐の依頼を受けたのですが、ゴブリン討伐前に森でパウクスパイダーと遭遇したのです………………………」

「ああ、あの巨大蜘蛛」

パウクスパイダー。馬を丸呑みできるぐらいの巨大な蜘蛛。毒や糸は持っていないが高い機動力で獲物を探して捕食する。

討伐するには高レベルの冒険者や騎士達が数十人単位でようやく倒せれるレベルのモンスターだ。

「何故かそのパウクスパイダーに追いかけ回されて死にたくない思いで必死に三日三晩逃げ続けて追ってこないことに気付いて一息ついたら、私は右も左もわからない森の中にいたのですよ………………………」

「ああ、それは……………」

ついてないな~、と思いながら苦笑する。

「日帰りで帰るつもりでしたので非常食もなく、三日三晩走り続けた私はもう飢え死寸前だったのです。何か、何か食べないと、と必死に食べ物を探していると私はある果実を発見してしまったのです」

そこで詩音は一瞬表情が固まった。

そこまで聞いてもう大体は理解してしまった詩音は万が一のことも考慮して訊いてみた。

「それってもしかして………………………」

「はい。ドラゴンアップルです……………」

予想が見事に的中してしまった詩音は頭に手を当てる。

ドラゴンアップル。希少価値の高いドラゴンが好んで食べる果実であり、同族を殺してでも食べたい果実でもある。その果実を巡ってドラゴンは争うことだって珍しくはない。

「それがドラゴンアップルだと気付いた時はもう手遅れで、その縄張りのドラゴンに見つかり、殺されかけて命辛々ようやくここまで帰ってこれたのです………………………」

指をいじり合いながら視線を明後日の方向にむけておずおずと話すシロットにセルの瞳はゴミを見る目をシロットに向ける。

「ご主人様。今からゴミを外に、いえ、ドラゴンの元まで放り投げて参りますので少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「見捨てないでください!!」

もはやなりふり構わず詩音にしがみついてくる。

「お願いします! 何でもしますから助けてください! シオンさんしか頼れる人がいないのです!!」

「お口を閉じなさい駄兔、失礼。ご主人様、ゴミがお洋服についておりますのでお払いしますね」

「いやぁぁあああああああああああああああああ死にたくない死にたくない!! 強引に外に出そうとしないでください!!」

襟首を掴んで強制的にシロットを外に放り投げようとするセルだが、シロットも死にたくはない一心で詩音の腰に力の限りしがみつく。

「…………………セル。もういいからやめてあげて。なんか見ているこっちが可哀想なぐらい顔が酷いから」

涙と鼻水で顔がグシャグシャになっているシロットに流石に同情と哀れみを抱いてしまう詩音はセルを宥める。

「しかしご主人様。このゴミはこれまで何度も痛い目をみてきたというのにそれを一向に反省もせず、またご主人様にご迷惑をおかけしているのですよ? いっそ、奴隷になった方がよろしいのでは?」

「嫌です!!」

「ゴミに選択権などあるわけないでしょう?」

「酷い!!」

効果音が見えるなら今のシロットの背中にガビーンという文字がでているだろう。

しかし、セルの言葉も最もだ。

なんというかシロットは間が悪いというか、運がないというか、とにかく災難ごとに巻き込まれる体質だ。

運よく大金を手に入れた日にスリに遭ったり。

奴隷商人に掴まって奴隷にされかけたり。

あと一歩のところでなにかしらのトラブルに巻き込まれたりと色々災難ごとに見舞われる。

その度に詩音が尻拭いをしているのだ。

「シオンさぁぁあああん………………………」

泣きながら助けを求めるシロットに苦笑しながらシロットの頭を撫でる。

「わかったよ、取りあえずまずはきちんと謝ってそこからどうしたら許して貰えるか一緒に考えよう?」

「シオンさん!!」

歓喜の笑みで力いっぱい抱き着いてくるシロットにまたも苦笑しながら兔耳を存分に愛でる。

「しかしご主人様」

「それにどの道はセルのレベル上げで街の外には出るんだからそのついでだよ。いいよね?」

「………………………………本当にご主人様はお優しいのですから」

呆れながらもどこか嬉しそうに微笑むセルは主の言葉を尊重する。

「いや~流石はシオンさんですよ~。どこかの無慈悲で冷血の悪魔メイドとは大違いですね」

―――ぴしり、と和んでいた空気が凍った。

迂闊にもそんなことを言ってしまったシロットは自分の愚かな発言に冷汗を大量に流しながらそろりと後ろを見てしまったことに後悔した。

そこにはこれ以上にないぐらいの満面の笑みを見せているセルの姿がそこにあった。

「ご主人様」

「はい」

「そろそろお仕事に戻られた方がよろしいかと思われます。明日のこともありますし、私もやることをすましておきますね?」

「りょ、了解。じゃ」

LvMAXのステイタスを駆使して消えるようにその場から離れて工房に入る詩音が最後に目にしたのは助けを求める少女の顔だった。

だが、助けられなかった。

仕方がないことなんだ。そう仕方がないことなんだ。

いくらLvがMAXでも勝てない相手はいる。その相手から逃げる為に必要最低限の犠牲は必要なのだ。

「ごめんシロット………………俺は無力だ…………………」

南無、と両手を合わせる。

しかし、この時の詩音は気付いていなかった。

普段は自分に尽くして存分に甘やかしてくれる使用人(メイド)が悪魔に変貌することを。

自分も今夜は逃れられない憐れな獲物となっている事実に気付かずに彼は仕事に没頭する。



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