二日目
キャリティア。それが詩音が住んでいる街の名前だ。
人口も多くて毎日が活気に満ちているこの街の北地区で居を構えている詩音は自宅の工房で作業に没頭していた。
大釜にいくつもの薬草を加えながらかき混ぜて色具合を確かめながら火の温度を調整する。
「よし」
完成した回復薬の効能を確かめてそれを容器に入れていく詩音は特典である固有能力〈作製〉で回復薬を作ってそれを販売している。
主に冒険者ギルドや病院から毎月何ダース単位で買い取ってくれる為に一度に作る量も多くしないと間に合わない。
せっかくできた収入源を断つわけにはいかない。
「ご主人様。そろそろ昼食のお時間です」
「わかった。もう少ししたらいくよ」
「かしこまりました」
朝から回復薬作りに没頭していたせいか時間は過ぎ、もう昼間。それに気が付いたら腹の虫が鳴ってしまい苦笑する。
作業を終わらせて工房を一度片付ける。それから昼食が用意されている居間に向かう。
「お待たせ、食べようか」
「はい」
椅子に座ってテーブルの上に置かれている今日の昼食であるミートスパゲッティを口にする。
この料理も固有能力によって作り上げた料理の一つで、同じ家に住んでいるセルにも地球の料理をいくつか教えた。
「ん、セルの料理はいつも美味しいよ」
「ありがとうございます。しかし、ご主人様に比べればまだまだですが………………………」
「いや、俺のは固有能力のおかげだから。素だったらセルに負けてるよ」
固有能力〈作製〉のおかげで今の生活が成り立っている詩音は苦笑しながらもセルの手料理を食べる。
「ご主人様、お口が汚れておりますよ?」
「え、どこ?」
「あ、動かないでください」
ソースがついたのかな、と思っているとセルは詩音の口についているソースを舐め取った。
「はい、綺麗になりました」
「ん、ありがとう」
子供じゃないのに顔にソースをつけてしまうことに少し恥ずかしく思い、今度は気を付けて食べる。
「それにしても万能回復薬を十倍の価格で買うなんて聞いた時は驚いたよ。そりゃ、効果は保証するけど」
「ふふ、ご主人様が誠心誠意込めてお作りになられた物なのですから、お買い上げになられたお客様にそれだけの価値があると思われたのでしょう」
「まぁ、作れる量は限られているから回復薬よりは価値はあるけど」
先日、店の売り上げがいつもより上がっていたことに店番をしていたセルに尋ねたら、そういうことがあったと教えられた。
きっとどこかの貴族が急な事情で必要になったのだろう、と詩音はそう思い納得する。
「セルは変な客にからまれなかったか? 俺は売り上げよりそっちの方が心配だ」
「ご安心ください。確かに声をかけてくるお客様はおられましたが、話をしたら皆様きちんと商品を買って帰られましたよ」
「商品の相談かな? まぁ、いないのならそれはそれで安心だ」
「ご心配ありがとうございます」
安堵する詩音に微笑むセルは食事の手を止めて詩音に相談する。
「あの、ご主人様。明日の休日にレベル上げにお付き合いしては頂けませんか?」
「ん? いいよ。二人で行った方が安全だしね」
そう返答する詩音にセルは思わず笑ってしまう。
「ご主人様の前に現れるモンスターに同情しますね」
「どういう意味? いや、わかるけど」
可笑しそうに笑うセルにジト目しながらもその言葉の意味は嫌というほどわかる。
「はぁ、《ステイタス・オープン》」
詩音がそう口にするとステイタス画面が出現する。
名前:シオン
Lv:MAX
体力:20000
筋力:20000
耐久:20000
敏捷:20000
器用:20000
魔力:20000
魔防:20000
魔法
風魔法(初級Lv5・中級Lv3)
炎魔法(初級Lv6・中級Lv4)
水魔法(初級Lv7・中級Lv2)
土魔法(初級Lv8・中級Lv5)
雷魔法(初級Lv4・中級Lv3)
光魔法(初級Lv5・中級Lv1)
闇魔法(初級Lv2)
生命魔法(初級Lv9・中級Lv6・上級Lv1)
付与魔法(初級LvMAX・中級Lv8・上級Lv5)
空間魔法(初級Lv7)
能力
全魔法適性(Lv限界突破)
能力向上(LvMAX)
剣術(刀Lv2+5)
鑑定(Lv4+5)
固有能力
作製(鍛冶Lv限界突破・調合Lv限界突破・裁縫Lv限界突破・作農Lv限界突破・建築Lv限界突破・調理Lv限界突破・道具Lv限界突破・魔道具Lv限界突破)
改めて見ると本当になんだこれと自分の眼を疑いたくなるようなステイタスだ。
この世界では自分の魂の一部をステイタスとして閲覧することができる。自分以外の人には基本的には見えないが、本人が許可した場合やステイタスを暴く魔道具を使われたら見える。
もしくはレベルの高い鑑定能力を持ちぐらいだ。
ステイタスの閲覧はこの世界に誕生した者なら誰でも使えるこの世界のルールのようなものだ。
当然詩音も自分のステイタスを閲覧することができるが、何度見ても苦笑いを浮かべてしまう。
魔法はこの世界にやってきてせったく全魔法適性があるのだからと色々な魔法に手を出したからわかる。
しかし、能力それも固有能力はおかしい。
「レベルの限界突破って………………………」
能力を獲得するには獲得したいものを使う。
調理の能力を獲得したかったら料理に挑戦すればいい。そして調理能力のレベルを上げたかったら何度も料理を作れば次第にレベルも上がっていく。
最大レベルは10になり、7以上は達人の領域に入るとされているが詩音はその最大レベルの限界地を突破してしまっている。
その原因は恐らくは能力向上(LvMAX)だろう。
獲得した能力を補佐するこの能力は獲得レベル+5補正が入る。そのおかげでレベルの限界突破がステイタスに刻まれているのだろうと推測した。
レベルも能力もチート状態のこのステイタスは信用できる人しか見せない様にしようと見る度にそう思わされてしまう。
「ステイタスの閲覧を許可します」
自身のステイタスを閉じると今度はセルのステイタスに視線を向ける。
名前:セル
Lv:30
体力:2560
筋力:2189
耐久:1543
敏捷:2890
器用:2771
魔力:2403
魔防:1985
魔法
風魔法(初級Lv6・中級Lv2)
炎魔法(初級Lv2)
水魔法(初級Lv5・中級Lv2)
雷魔法(初級Lv4・中級Lv3)
光魔法(初級Lv2・中級Lv1)
付与魔法(初級Lv3・中級Lv1)
能力
剣術(細剣Lv4)
裁縫(Lv3)
家事(Lv3)
体術(Lv1)
舞踏(Lv4)
接客(Lv2)
奉仕(Lv5)
セルのステイタスを見て自分は本当に規格外だと思い知らされる。
そんなつもりで特典を選んだつもりはなかったのに、と少しばかり嘆いてしまう。
「よしよし」
嘆いている主を胸元に寄せて抱きしめて頭を撫でるセルの胸の中で少し泣いた。
安全・堅実をモットーに生活したい詩音は自身のステイタスが世に知れたら最後どうなるかわからない。
ある意味爆弾を抱えている詩音は今、安全と危険の境目に立っている。
気を付けなければ………………………と気を引き締める。
すると、家の扉が叩く音が響いてきた。
呼び鈴でなく家の扉を誰かが乱暴に叩いている。
「「………………………………」」
互いに無言で顔を見合わせると、セルは次に笑みを見せて詩音から離れる。
「ご主人様。今晩は兔のフルコースにしましょう」
「いえ待って、お願いだから細剣から手を離して」
表情は笑っていても瞳は全く笑っていないセルは細剣を持って玄関に向かおうとするも詩音は止めて、代わりに玄関の扉を開ける。
そこには兔耳を生やした美少女がいた。
純白の長髪に赤い瞳は兔の印象を与えるも、その通り彼女の頭には兔耳が生えている。
兔人族と呼ばれている獣人の一種で高い敏捷と隠密に秀でた種族で彼女もその兔人族だ。
「シ、シオンさん!」
そんな彼女は詩音を見ると胸元に抱き着いて顔を上げて潤った瞳で懇願する。
「ドラゴンに命を狙われているんです!! 助けてください!!」
彼女の懇願を耳にして詩音は遠い眼差しで空を見上げる。