一日目
「シオン! そっちを頼む!」
「はい!」
「シオン! ここを組み立てておけ!」
「はい!」
「シオン! 釘!」
「はい!」
「シオン! 茶!」
「はい!………………………って自分で淹れろ!!」
小槌の鳴る音を響かせている作業現場で詩音は切磋琢磨に仕事をしている。
つなぎ服を着て首にはタオルを巻き、腰には建築道具一式が収めているケースをぶらさげてあちらこちらと動かされている。
「人をこき使う暇があったら作業に集中してくださいよ。今回は時間がないんでしょ?」
「シオンよ、年寄りは労わるもんじゃ」
「昨日まで儂は生涯現役じゃ! って言っていたのは誰だ!?」
やれやれと言わんばかりに肩を竦めるドワーフの作業員達に詩音は大声を張り上げる。
「そう言うな。ほれ、あの大木をあそこまで運べ」
「はいはい、まったくもぉ」
地面に置かれている大木を指すドワーフに呆れながら大木を片手でひょっいと持ち上げたまま建設中の屋根の上まで跳ぶ。
「まったく、ドワーフは人使いが荒い」
「あっははは! そりゃシオンが悪いよ、簡単に頼みごとを引き受けちまうんだから。もう少し断ることを知ったらどうだい?」
「アベルナ………………今日は内装担当じゃなかったっけ?」
活気よく笑いながら声をかけてきた褐色肌の少女。伸び放題の灰色の髪を適当に後ろに束ねて作業の邪魔にならないようにしている。茶色の瞳は楽しそうに細められ、詩音と同じつなぎ服を着ているも熱いのか前は開けてその豊満な胸は大胆にも露出しているにも関わらず当の本人はそんなこと気にも止めていない。
「シオンの手伝いでもしてやろうと思ってな。ほら、今回の依頼人、二週間で建てろなんて無茶言っただろ? たくっ、こっちの人手不足も考えて欲しいってもんだよ」
愚痴を吐くアベルナも他の作業員と同じ種族であるドワーフだ。短足で人間よりも背丈が低いとされるも力強くて屈強。手先も器用な為にこういった鍛冶や建築といった職業はドワーフの十八番だ。
アベルナは背丈は人間よりも低いも、がっしりとした体形はしておらず、腰にはくびれがあり、自己主張が激しい胸はアベルナが動く度に揺れている。
俗にいうロリ巨乳だ。
「シオンが来てくれてほんと助かったよ。あたい達ドワーフ並に手先が器用な人間もいるもんだね」
「まぁ、俺の場合は能力のおかげだけど」
詩音がこうして建築作業に取り組められるのも全ては〈作製〉という固有能力のおかげだ。このおかげでどうすればいいのかも、なにをしたらいいのかもわかる。
「お主等!! そんなとこでくちゃっべってないで仕事しろ!!」
「げ、親方」
下から声が飛んできて下を向くとこの建築現場の最高責任者である親方が頭に怒りマークを浮かばせて怒鳴っていた。
「うるせぇよ、親父! 少しぐらいシオンを労ったらどうだい!?」
「今は親方と呼べ!! 馬鹿もんが!!」
親方とアベルナは血の分けた親子。こういった口喧嘩はいつもの光景だ。
仲がいい親子だな、と思いながら作業に入ろうとする。
「だいたい親父は――――――ッ」
口喧嘩の最中にアベルナは足を滑らせて屋根の上から落ちた。
「アベルナ!?」
地面に落下しようとする娘を助けようと親方は咄嗟に駆け出す。だが、間に合わない。
アベルナも覚悟を決めて眼を強く閉じる。
「………………………………………………………………………………あれ?」
「ふぅ、危なかった」
何時まで経ってもこない痛みに目を開けるとそこには自分を抱きかかえている詩音がそこにいた。
「シ、シオン………………………」
「大丈夫か? 俺がいたからよかったけど次からは気を付けろよ?」
「うぅ……………………ご、ごめん」
「いやいいよ。アベルナが無事でよかった」
アベルナの無事に安堵して微笑む詩音。その微笑みを間近で見たアベルナの顔は一気に赤くなる。
「は、早くあたいを下ろしな! 子供じゃないんだから!!」
「ごめんごめん」
簡易に謝ってアベルナを地面の上に立たせる。
「ま、でも、ありがと…………………助かったよ………………………」
「どういたしまして」
ぼそぼそとお礼を口にするアベルナから礼を受け取った詩音の頭に工具が直撃した。
「親方。工具が壊れるじゃないですか」
「普通は逆じゃろうが………………相も変わらず常識外れな身体をしおって」
頭に工具が直撃したはずなのに本人はまるでダメージがなく、工具の方がへしゃげてしまっている。
「まぁそんなことはどうでもいいわ! シオン! お主に儂の大切な娘はやらんぞ!! どうしても欲しければ儂を倒してからに――――」
「何言ってんだ馬鹿親父がぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッッ!!」
「ふぐっ!?」
「うわお」
フルスイングで投げられた小槌がものの見事に親方に直撃。娘からの渾身の一投に崩れ落ちた。
「あ、あああああああたいが、そんなわけないじゃないか!? そ、そそそそそれにシオンだってこんなガサツな女なんて嫌に決まってるだろ!?」
「いやそんなことはないけど?」
「――――――――――――っ!!!」
言葉にならない悲鳴を上げるアベルナ。そして復活した親方は立ち上がる。
「娘を賭けて勝負じゃシオン!!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああもう一回死んどきな!!」
「ふんぎゃ!!」
今度は大木を投擲。大木は親方の顔にめり込み再び地面の上に倒れ込む。
「ほらシオン! あんたは次の仕事があるんだろ!? こんな馬鹿親父はあたいに任せてとっとと行ってきな!!」
「りょ、了解……………………ほどほどに、ね?」
父親の胸ぐらを掴んで往復ビンタを繰り返すアベルナに頬を引きつかせながら詩音は次の仕事場に向かう。
飯屋『火の猫帝』。中央区にある小さな店だが量も多くて値段も安いで有名な飯屋はいつも活気に溢れている。そんな忙しい時間帯。昼食時はいつも満席。
「料理長! 何でも作ります、創造店『クリエイション』店主。ただいま現場にやってきました!」
「おう、待ってたぞ! 早速頼む!」
「はい!」
すぐにつなぎ服からキッチン服に着替えて調理場に入る。そこは既に戦場と化している。
途絶えることなくくる注文。
慌ただしく動く料理人。
その動きは俊敏。その手は高速。次々に襲いかかってくるお客様の要望に応える為に料理人は戦場に赴く。
「シオンさん! やっと来てくれたんですね!!」
調理場に顔を出してきた赤髪の少女、ルージュはこの店の看板娘。店の服を着て接客中の彼女に詩音は挨拶する。
「お待たせ、ルージュちゃん。すぐに取り掛かるよ」
「よろしくお願いします!」
それだけ言って彼女もまた戦場に駆け出す。
詩音も気合を入れて次々くるオーダーを的確にさばいていく。その動きはプロの料理人も負け劣らない速度と精度を誇るも料理長は鼻で笑った。
「ハッ、どうしたシオン! 動くがいつもより遅いんじゃねえか!?」
「そういう料理長もお客様に出す料理が雑じゃないのですか!?」
「ほう、言ってくれるじゃねえか? なら、どっちが多くお客をさばけるか勝負するか?」
「いいですよ? 勝ちのはこちらですけど」
「言ってな! ほいお待ち!」
「あ、せこい! こっちもお待ち!」
いつものようにどちらが多くお客をさばけるか勝負をする二人の速度・精度は他の料理人を置き去りにする。しかしその動きもあってお客は減っていき、無事に山を越えた。
「ふへ~~~~~~」
「お疲れ様、ルージュちゃん」
落ち着いた時間となって従業員の休憩時間で机に突っ伏している彼女の前にまかないを置く。
「あ、ありがとうございます………………………」
疲れた顔で食事を口にするルージュは笑みがこぼれ落ちる。
「ん~~~やっぱりシオンさんの料理はいつ食べても最高です」
「ありがとう。そう言ってくれると作ったかいがあるってものだよ」
本当に美味しそうに食べる彼女に思わず微笑んでしまう。
「シオンさんがもっとこの店に来てくれたらいいのに………………………」
「他にも仕事があるからね」
赤銅色の瞳でじっと見つめてくるルージュに苦笑しながらそう答える。
「それにそんなことを言ったらルージュちゃんのお父さん泣くよ?」
「お父さんよりシオンさんの料理が好きだから大丈夫」
調理場の方から皿が割れる音がしたが、気のせいにしておいた。
『娘があの男に奪われるぐらいならいっそのこと………………………』
『馬鹿たれ! なに言ってんだい!?』
気のせいにしておいた。
「シオンさん。今度私にも料理を教えてください」
「いいけど、そこはお父さんじゃなくていいの?」
「はい」
迷うことなく頷いた少女に調理場から殺気がただ漏れてきているが、気のせいにしておいた。
「わかった。考えておくから最初に何を作りたいのか決めておくように」
「はーい」
「それじゃ、またの御依頼をお待ちしております」
少女を背に素早く去って行く詩音。後ろから叫び声が聞こえたが気のせいにしておいた。
「はぁ~疲れた………………………」
LvMAXである詩音は体力的には疲労がなくても精神的な疲労が大きい。
こき使われ、殺気を向けられる毎日を送る詩音は自宅兼仕事場に帰ってくる。
「お帰りなさいませ、ご主人様。御飯にしますか? お風呂にしますか? それとも………………」
玄関の扉を開けるとそこにはセルが帰りを待っていてくれた。
そしてセルは自身の胸を持ち上げて言う。
「癒されますか?」
「癒しで」
「はい、どうぞ」
両腕を広げて受け入れ態勢を取るセルの胸元に倒れ込む詩音は今日の疲れをセルの胸の中で癒されることで回復する。
そんな詩音をセルは微笑ましくも愛おしく思いながら子供をあやすよう頭を撫でる。
「今日も一日お疲れ様でした」
「………………………………ほんと、なんで殺気を向けられるんだろう?」
「ふふ、ご主人様はそんなこと気にしなくていいのですよ? 今は私の胸の中で存分に癒されてください」
ぎゅっと抱きしめるセルの厚意に甘える詩音。
こういう風に素の自分を出しても甘やかしてくれる人は貴重だと思う。
「ん、ご主人様………………」
艶のある声を漏らすセルに詩音はセルの背中に手を回して抱きしめてた。
それが何を意味するのかわからないセルではない。
「夕飯が………………………」
「それまでに終わらせるから」
「………………………………もう、仕方がないご主人様ですね」
夕飯が遅くなったのは聞くまでもなかった。