七日目
今日は農業ギルドで朝から農作物の収穫をしている詩音は能力効果もあって誰よりも素早く、的確に作業に取り組んでいる。
「よいしょっと」
作物が入った籠を指定の場所に移動する詩音は一呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「いやぁ、やっぱり若いもんがいると助かるよ~」
「あ、お疲れ様です」
「はい、お疲れ様。シオン君は礼儀正しくて働き者だからわたしも助かっているよ。農業ギルドはお年寄りが多いからねぇ。力仕事は一苦労だよ」
「無理はしないでくださいね」
農業ギルドで働いている老婆に詩音も苦笑しながら話に耳を傾ける。
「やっぱり若いもんは冒険が好きなんだね~。わたしの孫も冒険冒険とばかり口にするよ」
「確か孫さんって五歳でしたよね? それぐらいの年頃なら冒険に憧れるでしょうね」
「そんなものかね………」
それから詩音は老婆の話し相手に付き合わされる。
長いな~、と思いつつも苦笑しながら話に合わせる。
「ここで働いてくれる若いもんといったらシオン君とトレイヤさんを除いたら本当に少しだよ」
「おばあちゃん、呼びましたか~?」
「おや、トレイヤさん」
間延びした声と共に現れたのは緑髪の女性。
地面につきそうなほどに長い緑色の髪はウェーブがかけられているようにふわっとして、目尻が低い翡翠色のたれ目をしている。穏やかで優しそうな印象を感じさせる女性、トレイヤは両手に籠を持ったまま声をかけてきた。
「シオン君もお疲れ様~。いつもありがとね」
「いえ。あ、持ちますよ」
「あ、ありがとう~」
作物が入っている籠を代わりに持つ詩音はトレイヤと会う度に自然と合う人だな、と思う。
森の中で出会っても何の違和感なく、むしろ自然と調和されているトレイヤを見てその存在に納得してしまうかもしれない。
「シオン君は偉いね~いつもいつもあちこち働いて~」
「まぁ、仕事ですから」
弟を褒める姉のように頭を撫でてくるトレイヤに苦笑しながらも受け入れる。
一人っ子だからか、弟扱いされても不思議と嫌な気がしない。むしろ心地よく思うし、こういう姉がいたらいいな、と詩音自身もそう思っている。
だけど、トレイヤと会う度に目のやり場に困ってしまう。
大きいのだ。それも巨ではなく爆がついてもいいぐらいに胸が大きい。
セルも大きい方だけど、トレイヤはその上をいっている。
女性の胸ってここまで大きくなるのか、と思いつつも目線を胸から外す。
「シオン君もトレイヤさんも今日はもう上がっていいよ。後はわたし達でもできるからね」
「は~い」
「お疲れ様です。無理はしないでくださいね。明日も来ますから」
「はいよ」
二人はその日の仕事を終わらせて農業ギルドを出ると、詩音はせっかくだから外食でもしようかなと屋台や飯屋でも探そうと思った時。
「シオン君。これから時間はあるかな~?」
「え、ありますよ。今日は夜に火の猫帝で仕込みをしますから昼間は休みです。どこかで食事でもしようと思っているんですけど………………………」
「なら~、うちのお店に来ない~? 小さいけど喫茶店してるんだよ~。軽食なら出せるから、ね?」
「ならご馳走になります」
特に断る理由もない詩音は折角の誘いに応じてお言葉に甘えることにする。
南地区から東地区まで移動して少し入り組んだ道にある小さい喫茶店。名を『ナチュレール』。
「はいどうぞ~」
「お邪魔します」
店の中に入ると最初に気付いたのは花の香りがするお香の匂いだ。
「お香ですか?」
「そうだよ~。気持ちが和らげたらと思ってね~」
確かに気持ちがよくなるいい匂いだ。それに店内も綺麗にされているし、何よりオシャレだ。
少し入り組んだ道で人通りも少ないが為に知らない人が多いかもしれないけど、それも踏まえて隠れた名店のようだ。
「ちょっと待っててね~」
店の奥に向かうトレイヤに詩音は取りあえずカウンター席に座って寛いでいるとトレイヤが店の奥から顔を出してきた。
「お待たせ~」
お盆の上に置かれた料理を詩音の前に置く。
野菜と果実を使って肉類が一切ない料理。湯気が出るスープも野菜スープ。
女性受けしそうなヘルシー料理に詩音は早速口にする。
「どうかな~?」
「……………………めっちゃ美味しいです。トレイヤさんって料理能力を持っているんですか?」
「持ってるよ~。まだLv4だけどね~」
自分よりもレベルは下だが、それでも本当に美味しい。
野菜や果実の長所短所を完全に把握できないと出せない美味しさだ。
詩音は調理場で働く一人としてこっそり料理能力である食材鑑定の技能を使った。
使われた食材や調味料などを目視で把握することができるこの技能を使ってようやくわかった。
この人は天才だと。
野菜と果実をここまで完璧に使いこなすには料理能力が限界突破している詩音でも難しい。
レベルや技能、知識と技術だけじゃない。それこそ積み重ねてきた経験がなければこの味は出せない。
「はぁ~ごちそうさまでした」
「お粗末様でした~」
完食した詩音の食器を片付けるトレイヤに詩音は満腹と幸福に満たされていた。
綺麗な店内、美味しい料理、ここが地球なら絶対に繁盛すると断言できる喫茶店だ。
「今日はお店はお休みなんですか?」
「そうだよ~趣味でしているものだからね~」
「本格的に始めないんですか? 繁盛しますよ?」
「それだとあばあちゃん達の方に行けないでしょう~?」
いい人だ。
素直にそう思った。
自分の儲けよりも人のことを考えるトレイヤに少なからずの金銭を貰っている自分が恥ずかしくなった。
「シオン君が食べた野菜も果実もぜ~んぶおばあちゃん達が育てた物なんだよ~」
そう教えてくれるトレイヤに食べた野菜と果実に妙に覚えがあったことに今更ながら気付いた。
「そう言えば前に収穫したのばかりでしたね」
「そうでしょう~」
詩音も貰ったが、トレイヤのように野菜と果実をメインにした料理は作ったことがなかった。いつもサブか別の料理として作ってばかりだが、今度挑戦してみようと一考する。
「邪魔するぜ!!」
その瞬間、店の扉が乱暴に開けられた。
そこにはいかにもという感じのヤクザみたいな男がズカズカと店内に入ってきた。
「……………………どちら様ですか~? 今日は休業日ですよ~?」
口調は変わらずとも少し表情が固いトレイヤだが、ヤクザのような男はニヤニヤと卑下な笑みを浮かべたまま口を開ける。
「いんやぁ~今日は客で来たんじゃねえよ」
「では~どのような要件でしょうか~?」
「オレはややっこしいのが嫌いだからよ。単刀直入に言うぜ? 姉ちゃん、こんなちんけな店を畳んでノービリス公爵の妾になんな」
あまりにも一方的な物言いだが、詩音もノービリスという名には聞き覚えがある。
この世界は平民には性がない。爵位を持つ者だけが性を許される。
その爵位持ちで貴族であるノービリス公爵現当主、ベーゼ・シャン・ノービリスの悪名は街中にも届いている。
非常に女好きで欲しいと思った女性は何をしてでも手に入れようとする。それこそ強引な手段だって取るほどに。そこまで強引な手段を取るのなら法の名の下で裁けるが、そうもいかない。
その理由はノービリスが手を出しているのは『平民』だけだからだ。平民が貴族を訴えても警察はそれを取り扱ってくれない。権力とコネで警察を黙らせているからだ。
元々この世界は貴族、王族が権力の名の下で好き勝手できる身分社会の世界だ。
貴族が平民に手を出しても罪にはならないが、平民が貴族に手を出したら一族郎党処刑だってありえる。
「もちろん金はたんまり出すって話だ。どうだ?」
「もちろんお断りしますよ~」
その話を蹴るトレイヤ。いくら貴族でも体裁ぐらいは持ち合わせている。
あくまで強引な手段は最後の切札だ。
しかし、即座にその話を蹴ったはずなのにヤクザのような男は変わらない卑下な笑みを見せたまま。
少しも苛立たずに余裕の表情のまま告げた。
「この街の連中に姉ちゃんのことバラしてもいいのかい?」
その言葉にトレイヤは目を瞬かせる。
「いや~オレもまさかとは思ったぜ? どう考えても信じられねえ話じゃねえか、なぁ?」
確信の突く言葉を伏せて話すヤクザのような男にトレイヤは笑みが消えて苦悶の表情が浮かび上がる。
いつも穏やかで優しい笑みとは違う。まるで、自分の秘密を知られたくない。そんな顔だ。
「………………………………何が目的なの?」
「オレについて公爵様に会えばいいだけだ。ほら、ついてきな」
トレイヤの腕を掴んで強引にでも連れ出そうとするその腕を―――
「ちょっと待ってください」
詩音は掴んだ。
「シオン君………………………」
「あぁ? ガキはひっこんであだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!?」
「これ以上トレイヤさんに何かするようでしたら俺が代わりますよ?」
腕の骨を砕かない様に手加減しながら握る。
筋力20000の詩音なら人間の腕などクッキーを砕くより簡単だ。
「は、離しやがれ!! オレを誰だと……………………ッ! オレは公爵様の使いだぞ!!」
「それがどうしたんですか? そんなのただの虎の威を借りる狐じゃないですか? まぁ、これ以上は本当に潰してしまうので離しますが」
ぱっと手を離すとヤクザのような男は握られた腕をさすって血走った目で詩音を睨み付ける。
「てめぇ………………ッ! よくもオレの腕を………………………ぶっ殺して―――」
その言葉が言い終えるよりも早く詩音はヤクザのような男の喉元に刀の切っ先を突き付ける。
「――――――――――――っ」
あまりにも一瞬の出来事にヤクザのような男は絶句し、目をこれ以上にないぐらいに見開く。
「続けますか?」
ヤクザのような男は首を横に振って下がる。それを見て詩音も刀を鞘に収める。
「て、てめぇ………………その女がなんなのかわかってんのか?」
「いえ。でも今の二人のやり取りを見て只者じゃないのはわかりましたが」
「へっ、なら気ぃつけるこったな」
それだけ言い残して店から去って行くヤクザのような男を見て詩音は頭を抱えた。
なにやってんだ、と馬鹿じゃないのか、と自分の考えなしの行動に頭が痛くなる。
何が安全・堅実がモットーだ。いかにもヤクザみたいな男に武器を向けるなんて頭がおかしいのかと自己罵倒する。
「あの、シオン君…………………?」
「はい…………?」
「どうして、私を庇ってくれたの………………………?」
疑問と怯え。二つの感情が混ざり合ったような眼差しで尋ねてくるトレイヤに詩音は頬を掻きながら答える。
「だって、困っているように見えましたから、その、思わず動いたっていうか………………………ほんと、なんででしょう………………………?」
正直、自分でもわからない。
ただトレイヤが困っているように見えて気が付いたら身体が動いたとしか説明しようがない。
「そう……………………」
だけど、そんな説明にどこか安堵すると、小さく息を吐いて告げる。
「シオン君、あのね、私は人間でも獣人でもないの」
「はい?」
「私は人間と精霊種であるドライアドの間に産まれた半血種。それが私の正体」
あれ? これってフラグじゃねえ?
トレイヤの正体云々よりもそんなことを思った詩音だった。




