第五話
「遅すぎるよッ!」
タケルが両腕で力強くテーブルを叩き叫んだ。
「すいません」
「マジでなんなの? 客を3時間以上待たせるってどういう神経してんのお前!?」
3時間以上待ってるのも十分普通の神経じゃないけどね。
「すいません」
「すいませんしか言えないのかお前は? 謝れば済むと思ってるんだろ!」
いや、この状況で謝る以外に選択肢あるの?
「申し訳ございません」
「言い方を指摘してるんじゃない! ったくほんとカスだなお前は! マジで3時間も勇者待たせて何してたわけ? ねえ? 二度と遅刻するなって言ったよね?」
水の都で魚料理を食べた後、観光してました。
「寝坊しました」
「寝すぎだよッ! 今何時だと思ってんだ!」
タケルがもう一度力強くテーブルを叩いた。
「そういえば、もう一人のスーツ着た子はどうした?」
「迷子になりました」
「子供か! ったくお前ら揃いもそろってポンコツだな!」
うわー、めんどくせー、何でこいつこんなにねちっこいの?
「えーとそれで今日はどういった了見で?」
「オタクら仕事いい加減過ぎない? 遅刻はするわ、サービスもいい加減だし……」
いいからさっさと本題入れよ。
「すいません」
「この前、侘びとしてもらった魔法無力化能力何だけど全然発動しないんだよ! どういうこと!? ボルケーノで火あぶりにされたあげく、ゴブリンに袋叩きにされた俺の気持ちわかる!?」
「わかんないです」
「わかれよっ! お前ほんとエクスカリバーで頭かちわんぞ!?」
いやだって普通に生きてたらボルケーノで火あぶりにされて、ゴブリンに袋叩きにされることないし。
「かんべんしてください」
タケルのクレーム対応をしていると酒場の誰かが言ったセリフが引っかかり耳を傾けた。
「いや、本当だって、スベリスギ山の山頂近くで確かに何か黒いピチッとした服着た女の子を見たんだよ。しかも何故か武器も何も持ってなかった」
「馬鹿言え、あんな危険区域よほど腕のある賞金稼ぎしかいかねえだろ。それに噂じゃここ最近あの雪山でゴーレムを見たって話だぜ」
「マジかあの古代兵器が見つかったのか? これは下山して正解だったな。さすがの俺もゴーレムは相手したくねえな」
全身武装した屈強な肉体をした男たちが酒を飲みながら話していた。
黒い服を着た女の子、雪山、もしかして……
それに古代兵器という不吉そうなワード……
「すいません、その雪山で見た女の子って身長が140くらいで眼鏡かけてませんでしたか?」
俺は気になり男に尋ねた。
「あ? 何だボウズの知り合いか? 遠目で見てたから眼鏡かけてたかどうかわからないが、背丈はそんくらいだったと思うぜ。この辺じゃあまりみない格好だったな」
隣に座っていた大男が続けて喋った。
「まあ、地元の人間じゃないのは確かだな」
「わかりました。ありがとうございます」
雪山に黒い服を着た女の子、椿さんと決まったわけじゃないけど嫌な予感がする。
根拠はないが何故かその人物は椿さんだという確信があった。
「まったく、何やってるんですか、あの人は……」
助けに行かなきゃ、でも俺が行ったところ何ができる?
「おい、てめー勝手にどこ行ってんだ。人の話聞いてんのか?」
席を離れた俺にタケルが絡んでくる。何だよこんな時にお前の相手してる場合じゃないのに、いや待てよ……、タケルはこれでも一応勇者だ。
「タケルさん、お願いがあります」
「はあ、なんだいきなり?」
「これから、俺と一緒に雪山に行ってくれませんか? 俺の上司が雪山で迷子になってるかもしれないんです」
「ふざけんな、何で俺がお前みたいなやつに力かさなきゃならないんだよ」
「お願いです。俺にできることがあれば何でもやります」
俺は深々と頭を下げた。
「何故危険を冒してまでその子を助けようとする?」
「何かあぶなかしくて放っておけないんです」
本心だった。
真面目なくせに不器用でトラブルばっか起こすし、一緒にいると本当に疲れるけど、何故か嫌いにはなれなかった。
「わかった。この勇者タケルに任せろ」
「いいんですか!?」
「正直お前のようなやる気も覇気もない軟弱そうな男は好きじゃない。だが今のその真っ直ぐな気持ちは気に入った。……それにやはり人から頼りにされるというのは良いものだな」
「ありがとうございます!」
「お前名前は?」
「え、あっ千田楽泰惰です」
「よし、いくぞ泰惰!」
「はい!」
俺はタケルと一緒にスベリスギ山へと向かった。