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第三話

 一仕事終え無事に帰還した俺達は寮へ向かっていた。


「私何かいけないことをしてしまったんでしょうか……」


 椿さんはまるで叱られた犬のように俯きながらトボトボと歩いていた。


「的確に地雷踏んでましたね」


「私はいつもお客さんを怒らせてばっかです。泰惰くんにも迷惑をかけてしまいました。上司失格です」


「あれは本当に死ぬかと思いましたよ」


「本当にすみません」


「ま、別にいいですよ。何とか無事に帰れましたし」


 民家が立ち並ぶ大きな通りをずっと真っ直ぐに進んでいくと俺と椿さんが住んでいる寮が見えてきた。

寮は2DKで一人暮らしにしては少し広く、冷暖房完備で家具も取り揃えられており、なかなか住み心地が良かった。閻魔様いわく働いている間だけは好きに使ってよいとのことだ。


「泰惰くん」


「何ですか?」


 寮に向かって足を運んでいると突然椿さんが話しかけてきた。


「良かったらこの後、食事にでもいきませんか? 私おごりますよ」


 誘いはありがたいけど、正直疲れて全く行く気にはなれない。それに今日はもうさっさと帰って家でゆっくりしたい。


「いや、今日はちょっとやめときます」


「そうですか……」


 椿さんの表情がショボーンと沈む。

 そこまで落ち込む!?


「あっ何かお腹空いてきましたんでやっぱり行こうかな」


 ここで帰ってしまったら罪悪感に押しつぶされそうになる。


「そうですか! それでは行きましょう。私おいしいお店知ってるんです!」


 椿さんについていくこと30分。そこは屋台のおでん屋だった。


「おじさん! がんもください。後日本酒もお願いします」

 

 おじさんと椿さんが慣れたやりとりをしている。もしかしてここの常連何だろうか?


「じゃあ、俺はとりあえず大根とつくねで」


 俺もとりあえず適当に頼むことにした。


 椿さんの容器には大量のがんもが盛られている。牛スジや大根などの具材もあったがほぼほぼがんもだった。

 がんもってそんなにおいしいか?


「泰惰くんはどうしてこの仕事をやろうと思ったんですか?」


 椿さんがおいしそうにがんもを頬張りながら聞いてくる。


「やらなきゃ地獄に落とすと言われたからです」


「そうですか、よくある話ですね」


 よくあるのかよ、死後の世界っておそろしい。


「椿さんは何でこんな仕事やろうと思ったんですか?」


「閻魔様がはじめて褒めてくれたんです」


「へっ、それだけですか?」


「はい、私は何をやってもダメダメでしたが、閻魔様が君にはこの仕事がすごく向いているって言ってくださったんです」


 ふーん、さっきの様子じゃ、とてもそうは思えないけど……


「そうですか」


「そうです。あっ、泰惰くんも飲みますか?」


 椿さんが酒瓶を注ぐ動作をしながら言った。


「いえ、未成年何で」


「そうですか、それは残念です」


 椿さんはどう見ても中学生くらいにしか見えないが大丈夫なんだろうか?


「椿さんってすごく若く見えるんですけど、齢いくつ何ですか?」


「私は今年で124歳になります」


「……」

 クソババアじゃん。


「泰惰くん、今失礼なこと考えませんでしたか?」


「いえ、そんなことないです」


「長いこと生きていますが、私が死んだのは14歳の時ですので体は若いままなんですよ」


 椿さんが聞いてもいないことを言ってくる。

 そう言えば、肉体は死んだ時のままなんだっけ?

 でも肉体的には若くても精神構造的にはクソババアじゃん。


「泰惰くん、やっぱり失礼なこと考えてませんか?」


「いえ、そんなことないです」


 けっこうな量を食べてお腹も大分膨れてきた。

 いや死んでいるのに腹が膨れてるってのはおかしいか。満足したって感じかな。


「泰惰くん!」


 突然、椿さんが大きな声で俺の名前を呼んだ。


「な、何ですか?」


「がんもって何でできているか知ってますか?」


「さあ、豆腐とかですか?」


 とりあえず当てずっぽうで適当に答えてみる。

 がんもが何でできているのか何て気にしたことがない。というか心底どうでもいい。


「違います。実はですね、がんもは猿の睾丸でできているんですよ」


 ぐふっ、気管にお茶が!


「えっほっ、そんなわけあるか! ていうか食事中に睾丸とか言うのやめてください」


「あはは、何もわかってないですね。泰惰くんは」


 椿さんは笑いながら俺の頭をペシペシと叩いてくる。さっきと比べると、明らかに顔が真っ赤でテンションがおかしい。

この人完全にできあがっていらっしゃる。


「椿さん、今日はもう遅いんでそろそろ家に帰りましょう」


「あはは、何を言ってるんですか、ここはもう家じゃないれすか」


 何を言ってるんだこいつは。


「椿さん飲みすぎです。呂律回ってないじゃないですか」


「あっははははは」


 何にツボったのか知らないが突然大声で笑いだす。初対面の堅苦しい印象は皆無だった。

 とにかく、このポンコツを早く家まで送り届けないと面倒なことになる。


「はいはい、いきますよ」


 俺は椿さんの手を引っ張って無理やりにでも帰らせることにした。


「お、何ですか綱引きですか! 負けませんよ!」


 そう言って椿さんは俺の進行方向とは真逆に体重をかけて力いっぱい引っ張ってくる。


「うるせえ、いいから黙ってつい来い!」


 会話が通じない相手と一緒にいると本当に疲れる……

 多少のイレギュラーはあったが何とか無事に椿さんを寮まで連れて帰ることができた。


「それではもう俺も帰りますんで大人しく寝ててください」


 そう言って帰ろうとすると突然後ろから抱きつかれた。

 そして、椿さんは力強く引っ張り俺を部屋に招き入れようとする。


「ちょ、何するんですか! 離してください!」


 俺は必死に抵抗するが、椿さんも負けじと力を入れてくる。


「泰惰くん、どこにいくんですか! 一緒に人生ゲームする約束したじゃないですか!」


「してないですよ! マジで離してください。ていうかさっきからずっと胸当たってますよ! 良いんですか?」


「泰惰くんセクハラは犯罪ですよ!?」


「そんくらいわかっとるわ! 何で俺が一方的にやったみたいになってんすか!」


「うるさい、くちごたえするな!」


「理不尽すぎません!?」


 椿さんの圧倒的な勢いに負けた俺は結局部屋の中に入ることになってしまった。

 俺は心に強く誓った。この人とはお酒がある店に絶対にいかない。


「泰惰くん、それではさっそくバーベキューしましょう」


「さっき人生ゲームするって言いましたよね? ていうか室内で何やろうとしてるんですか」


「バーベキューする約束したじゃないですか、泰惰くんはすぐ嘘つきますね」


「いや俺さっきから真実しか口にしてないですからね?」


「お風呂入ってくる」


 すると何の脈絡もなく、椿さんは唐突にリクルートスーツを脱ぎ始めた。するりするりと衣擦れの音とともに瞬く間に下着姿になり、白く柔らかそうなもち肌が露わになる。

 パンツに手をかけ脱ぎかけた直後で俺は全力で止めに入った。


 間近で見ると椿さんはちょっとした衝撃で折れてしまうんではないかと思うくらい華奢な体をしていた。


「いや、マジでアホかお前!」


「何れすか、泰惰くんも一緒に入りたいんですか?」


 俺はあらゆる煩悩を捨てどうにか説得しようとする。


「違いますよ! ていうか男の前でそんな格好になるのやめてください」


「なるほど、泰惰くん、私がお風呂に入るのを邪魔するつもりですね。そうはさせません」


 すると、椿さんは全力で俺の手を振り払い玄関の方に向かって走り出した。


「おいバカどこに、てかそっち玄関だから!」


 下着姿で玄関に向かって全力で走る椿さんを追いかける。

 椿さんが玄関の扉を開け外に出ようとしたところ、俺は間一髪で羽交い締めにする。


「大人しくしろ、このバカ」


「離してください、何をするんですか!」


「な、何をやっているんだ君たち」


 突然下の方から驚いたような声が聞こえた。

 声のした方に視線を降ろすと、買い物袋を持った小さな女の子がいた。

 小さな女の子は人形のような幼い顔立ちをしており、赤と黒を基調とした着物に身を包んでいる。小さな頭の上には閻魔と書かれた王冠が乗っかている。


 奇行に走る椿さんを全力で止める俺。必死に抵抗する椿さん。

 はたして魔王様にはこの光景がどう見えていたのだろうか? 


「いくら凛が魅力的な女性だとはいえ、ああいうことは同意の元でやらなくてはダメだよ。ましてや凛は君の上司だ。道徳的に問題があるとは思わんのかね」


 俺は椿さんの部屋で閻魔様と二人っきりになり、ありがたーいお説教を受けていた。

 トラブルメーカーの椿さんは呑気に入浴中だ。


「何度も言いますが誤解なんですよあれは」


 何度も事情を説明したがとてもわかってもらえそうにはなかった。


「みんなそう言うんだよ。うーんやっぱりあれかな一回地獄に落としてみるしかないかな」


「かんべんしてください」


「かんべんしてほしいのはこっちのほうだよ」


「本当なんですってば信じてくださいよ」


 俺が必死に誤解を解こうとしていると、お風呂上がりの椿さんが戻ってきた。

 ていうか何でまたリクルートスーツ着てるの? まさかあの格好で寝るつもり!?


「えっ、泰惰くん! それに閻魔様まで!? どうして私の部屋にいるんですか?」


 椿さんが驚いた様子でこっちを見てくる。どうやら、酔いがさめて正気に戻ったらしい。

 どうやらさっきの出来事はすっかり忘れているようだ。


「おお、凛お邪魔しているよ」


「お疲れ様です。閻魔様」


 椿さんは律儀に閻魔様に頭をペコッと下げると、俺の方に近づき隣に座った。


「どうして泰惰くんと閻魔様が私の家にいるんですか?」


 椿さんが俺の耳元で小声で聞いてくる。何だか吐息が少しくすぐったい。


「いろいろあったんすよ……いろいろ」


 疲れ果てた俺に説明するだけの気力は残されていなかった。


「そうなんですか?」

 椿さんはやや納得いかなそうな顔で首をかしげた。


「そういえば、君たち今日は一体何をやらかしたんだ? タケルとか言う生ごみからまたクレームが来てね、大変お怒りだったよ。こっちも商売だから強気に出るわけにはいかないし、おかげでまた追加でサービスをする羽目になってしまったよ」


 閻魔様は陰鬱そうな表情でこめかみに手を当てている。


「えーとですね――」


 椿さんに代わって俺が今日の出来事を説明すると、

「グッジョブ!」

 閻魔様が晴れ晴れとした笑顔で親指を立てた。


「いや、どの辺がグッジョブなんですか? 商売あがったりじゃないですか」


 俺が当然の疑問を口にすると、閻魔様は嬉しそうに話を続けた。


「確かに多少の損失はあったが、タケルが味わった精神的苦痛を想像すると心がとても穏やかな気持ちになるよ。うん今日はいい酒が飲めそうだ」


 なるほど、わからなくもない気がする。あいつくそだしな。


「タケルめっちゃ嫌いなんですね」


「当然だ。勇者はただでさえ面倒くさい奴が多いがあいつは別格だ。そういえば凛仕事の方は順調かね? 泰惰くんとはちゃんと仲良くやってるかね?」


「……仕事の方はあまりうまくいってないです。でも泰惰くんがいると心強いです」


 そう? 俺ほとんど何もしてないけど。


「うん、仲が良くて何よりだ。この調子でがんばりたまえ」


「はい! 任せてください! 泰惰くんは私が責任もって一人前に育てます」


「うん、期待しているよ」


 閻魔様は立ち上がり椿さんの頭を優しく撫で微笑んでいた。閻魔様何か椿さんにはすごく優しい気がする。俺のことは隙あらば地獄に落とそうとするくせに……


「そうだ。凛! いい酒が手に入ったんだ。どうだ一緒に飲まんかね?」


 閻魔様は先ほど持っていた買い物袋を持ち上げ椿さんに見せた。


「いや、それだけは本当に勘弁してください! 一生のお願いです!」


 俺は人生で初めて誠心誠意を込めて土下座をした。


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