第二話
俺と椿さんは狭いオフィスの一室にいた。
「もう一度確認します。ご希望の世界はディザイア、身分は王族の力を引き継ぐ勇者、初期装備はラグナロク、能力は完全魔法無効化、姉妹丼トリプルパックで間違いないですか?」
椿さんが対面に座っている太った中年のおじさんの方を向いて言った。
中年のおじさんは決してこちらに目を合わせようとせず、下を俯きながらぼそぼそと何かを喋っている。
「……あの、その他にも幼女ワクワクセットも一緒に……フフッできますか?」
「お客様の現在のプランですど、幼女ワクワクセットは対象外になります。基本プランを変更していただくか、どれかサポートを外せばオプションとしてつけることも可能ですがいかがされます?」
何を言ってるんだこいつらは? さっぱり意味がわからん。
「うーん、どうしようかな。やっぱりもうちょっとソウルを貯めてからにしようかな」
ソウルこれだけは知っている。善行やこの世界で仕事することで手に入るお金のようなものらしい。
ソウルを貯めればより上位の生命体に転生することができる。その他にここでの食事や温泉などの娯楽施設を利用することもできるらしい。
この世界では食事はとる必要はないが、みんな死んだときの習慣が抜けていないためか食事をとっている人がほとんどだ。
「お客様、只今キャンペーンをやっておりまして、現在のプランで申し込まれると特典としてもう一人ヒロインを追加することができます。容姿、性格はお客様の希望にあったものをこちらで手配することもできますがいかがされます?」
「ほっほんとに! じゃあそれでお願いしちゃおうかな。フフッ」
「かしこまりました。それではこちらの契約書にサインをお願いします。そしてこの契約書とこちらの羽を持ちよろずやの方にお願いします」
「フフッ、ありがとうね」
中年のおじさんは邪な笑みを浮かべ部屋から出て行った。
「こんな感じで泰惰くんにはいずれ私と同じようにやってもらいます。そのためにはまず、転生マニュアルの内容を全部頭に入れてもらいます。できそうですか?」
「無理です」
即答した。
あんな分厚い本全部覚えるとか不可能でしょ!
それに転生の手続きも何件か見たけど、ひと癖もふた癖もある人間ばっかりじゃないか。
「安心してください。最初は誰でもそうです。泰惰くんが仕事に慣れるまでの間は私が力になります」
「はあ、そうですか」
いや、そもそもこんな仕事やりたくないんですけど……
「どうだね泰惰君、仕事の方は慣れてきたかね?」
閻魔様に呼び出された俺はよろずやに来ていた。
「全然です。もう辞めていいですか?」
「順調そうで何よりだ。そこで仕事に慣れてきた君にはそろそろ勇者のクレーム処理を任せようと思ってね。今日はそのために来てもらった」
「閻魔様、俺の話ちゃんと聞いてました? 絶不調ですよ! 今すぐにでも辞めたいです」
「最初は大変かもしれないが凛と一緒ならきっと問題はないだろう」
だめだ、この人全く話を聞いちゃいない。
「辞めたいです」
「実は凛にはこのことはもう話してある」
「辞めた――」
「凛のやつ初めて後輩ができたのがよっぽどうれしかったのかすごく張り切っていたよ。あんなにうれしそうな凛を見たのはひさしぶりかもしれないな」
「辞め――」
「約束の時間まで後、30分しかないぞ。早く行きたまえ。きっと凛も待ちくたびれているだろう」
「……はい」
「うん、いい返事だ」
俺は待ち合わせの場所に向かった。
向かった
「準備はいいですか、泰惰くん?」
俺は椿さんと一緒に広い草原に来ていた。
「はい、もうなんかどうでもいいです」
「今から勇者タケルに会いに行くためにグリードワールドの外れの町にある酒場にいきます」
「えーと、もしかして徒歩で行くんですか?」
「そんなわけないじゃないですか。グリードワールドはこことは隔離された全く別の場所にある世界ですよ」
そんなこと言われても知らんしグリードワールド。
「どうやっていくんですか?」
「私がゲートを出します。泰惰くんは少し離れてください」
俺は言われた通り、少し後ろに下がり椿さんから離れた。
「グリードワールド、座標Ⅹ2562、Y352、グシャの酒場ゲート開門!」
椿さんがそう唱えると目の前に大きな光り輝く扉が出現した。
「さあ、ついてきてください。ここからグシャの酒場に行けます」
なるほど、どこでもドア的なあれね。
俺は椿さんの後についていき光の扉を通った。
扉を通り一番最初に感じたのは肌を突き刺すようなとてつもない寒さだった。
視界は真っ白な世界で覆われあたりを見回しても雪、雪、雪!
人が住んでいそうな建物もなければ、人の気配も感じない。
「さっむっ! こんなとこに本当に酒場あるんですか?」
「……失礼しました。ゲートを開く場所を間違えました」
どうやったら酒場と雪山間違えるんだよ?
「とにかく、一度戻りましょうよ。寒すぎて死んじゃいますよ」
「……」
椿さんは黙りこくったまま動かない。
「椿さん? どうしたんですか? 早くあの光る扉出してくださいよ」
「泰惰くん、ゲートを開くにはすごく力を使うので続けてすぐには出せないんですよ」
「……あとどれくらいしたら出せるんですかゲート」
「さ、さん時間くらい……」
「死ぬわ! そんなに待てるわけないじゃないですか! 見てくださいよ俺の格好、甚平ですよ! 甚平!」
「泰惰くん、雪山に甚平で来るのはちょっと自然を舐めすぎていると思います」
「俺の準備不足みたいな言い方やめてください! こんな雪山来ることわかってたらちゃんと防寒対策してましたよ!」
「困りましたね」
「本当だよ! どうするんすか、俺こんなところで死ぬの絶対嫌ですよ!」
いや、もう一回死んでるけどね。
「大丈夫です。グリードワールドの地理にいては調べてあります。おそらくここから、下っていけば1時間もかからずに村につくはずです」
「1時間かあ、持つかな俺の命」
20分後
「寒い、寒すぎる。指先の間隔がなくなってきたよ」
「泰惰くん寒いと思うから寒く感じるんです」
そう言った椿さんの身体はガチガチに震えていた。唇も青い。
「いや精神論でどうにかなる次元じゃないでしょこれ!?」
「泰惰くんあまり口を動かしていると体力消耗しますよ」
「いや、もとはと言えば椿さんのせいですからね!?」
「泰惰くん、私のことは気軽に凛と呼んでもらって構わないですよ。その呼び方だと何か堅苦しくて距離感を感じます」
「今はそんなことどうでもいいんだよ!」
ていうか堅苦しいのはどっちだよ。
40分後
「もうだめだ。俺ちょっと一回その辺で寝てくるんで椿さんは先に行っててください」
「泰惰くん、後少しで着きますので我慢してください。ほら町が見えてきましたよ」
「おお、本当だ」
寒さに耐えるのに精いっぱいで全然気づかなかった。何だか少し希望がわいてきた。
わずかな希望にすがるように足を動かしていると突然後ろからズンッと大きな音が聞こえた。
振り返ると、近くの木が倒れていた。
そしてその木の隣には3メートルはあろう大きなカエルのような形をした化け物がいた。
全身ごつごつした鱗で覆われており、人を簡単に丸呑みできるような大きな口からは獰猛な牙が覗いている。
「何あれ?」
突然の脅威の前にこんな感想しか出てこなかった。
「あれはムービングロックですね。この地方に生息する中型の獣龍種です。雪で自分の身体を覆うことで岩に擬態し近づいてきた獲物を捕食します。別名――」
椿さんは顎に手を当てながら悠長に化け物の解説を始めだした。
「いやいやいや、今そんな説明いいから! とにかく逃げましょう!」
ムービングロックという化け物は俺達が走り出すと同時に追いかけてきた。俺達は疲れていることを忘れとにかく全力で走った。
「っは、はあ、他にあのデカイやつについて何か知ってることはないんですか?」
息を切らしながら俺は椿さんに聞いた。
化け物の生態に妙に詳しい椿さんならこのピンチを切り抜ける情報を知っているかもしれないそう思ったからだ。
「……噛まれたら……死にます」
「そんなの見ればわかるわ! 俺が知りたいのは弱点的な何かはないのかってことですよ!」
「ありません」
椿さんはキリッとどこか誇らしげな表情をしながらはっきりと言った。
「ですよね」
期待した俺が馬鹿だった。
「ところで、俺すでに一回死んでるんですけど、ここでまた死んだらどうなるんですか?」
「……」
「急に無言になるのやめてくれます!?」
言葉を失うほどの脅威が待ち構えてるの!?
幸い何とかロックの動きが鈍かったため、何とか無事に逃げ目的の町にたどり着くことができた。
町はとても賑やかで鎧を身にまとった騎士、ローブに身を包んだ魔術師様々な人種がいた。人のほかにも獣人族とでも言うのか屈強な肉体をした狼みたいな生き物が二足歩行していた。
しかも人と同じ言葉を話している。
街の風景は中世ヨーロッパ風でまるでRPGの世界に迷い込んだみたいだ。
映像の中でしか見ることがなかった世界に実際に触れてみると何だか少しだけわくわくした。
「グシャの酒場はあそこですね」
椿さんが指をさした方向をには木造の大きな建物があった。看板は異国の文字で書かれているためよくわからない。中から何だか賑やかな声が聞こえてくる。
「今日はもう疲れたんで帰りません? また今度にしましょうよ」
「だめです。お客さんに迷惑をかけるのは良くないです」
「いやでも、約束の時間1時間以上過ぎてますよ。きっと勇者様も怒って帰宅してますよ」
「だめです。迷惑をかけてしまったのであれば謝罪して相応の対応をするべきです」
「えー」
椿さんの強固な意志は崩れそうにもないので、俺はしぶしぶついていくことにした。
酒場に入ると、そこには踏ん反り蹴って大変不機嫌な勇者様がいた。
えー、待ってんのかよ。帰ってくれればこっちも楽だったのに。
「遅いよ、遅すぎるよ! どんだけ待たせる気だ! 舐めてんのかお前ら」
「申し訳わけございません」
「すんませんでした」
出会ってそうそう俺たちは勇者様に謝罪をした。
「おい、そこの腑抜けた面のお前、本当に悪気あんのか? 誠意が全く感じられないぞ」
勇者様が俺の方を向いて言った。何だよちゃんと謝ってんだろ……、器の小さい勇者だな。
「すいません。以後気をつけます」
ここは穏便に済ませようとしかたなく、もう一度頭を下げる。
「ねえ、タケル誰この人たち?」
勇者様のツレらしき女性が勇者様の方を見て言った。
どうやらこの勇者様名前はタケルというらしい。
「ああ、別になんでもないよ。ただのちょっとした知り合いだ」
勇者様のツレらしき人物は3人いた。
一人は鎧を身にまとい、大きな槍を持った気の強そうな女性。鎧は全身を覆ってるわけではなく何故か所々肌が大胆に露出していた。こんな水着みたいな鎧でしっかり身を守れるのかどうか少し疑問だ。
二人目は片手に杖を持ち白いローブに身を包んだ白魔道士風の少女、顔はフードを深くかぶっているためか良く見えない。
最後に馬鹿でかい刀を持った短髪の筋肉質の男。何か顔がいかつくて近寄りがたい。
「こっちは客だぞ! ったく二度と遅刻すんじゃねぇぞ」
こんなやつと二度も会いたくないんだけどなあ。
「すいません」
「それよりよぉ、オタクらあれはどういうこと、契約内容と全然違うんですけど、どう責任とってくれるわけ?」
タケルが苛立った様子で俺達を睨みつけた。
「契約内容ってなんすか?」
俺が椿さんに小声で問うてみると、椿さんは無言で小さく首をかしげた。
どうやら椿さん自身も詳しい内容については聞かされていないらしい。
「申し訳ありません。契約内容に不備があったのは全部こちら側の責任です。不備内容を確認次第こちらで迅速に対処させていただきます」
椿さんがタケルのほうを向きペコっと頭を下げた。俺も続いて頭を下げる。
「たりーめーだろ。バカ野郎! 早く何とかしろよ。エクスカリバーで頭かちわんぞ!」
タケルは身の丈と同じくらいの巨大な剣を背中に担いでいた。
「それでは契約の不備内容についてお伺いします」
「えっ? あ、ちょっと耳かせよ」
タケルはツレのほうを軽く見渡した後、少しそわそわした様子で椿さんに近づき耳元で何やら小さな声で喋っている。この距離だと何を言っているのか全く聞こえない。
椿さんは無言でコクンッ、コクンッと小さく頷いている。
「――それではもう一度確認させていただきます。竜騎士の酒癖と性格が悪すぎる。後胸が小さい。白魔道士のくせに黒魔法しか使えない。後胸が小さい。鍛冶屋の腕がしょぼすぎて困っている。おまけにビジュアルがホモ臭い。以上で間違いないですか?」
椿さんがきりっとした表情でハキハキと喋った。
俺は一瞬時が止まったのかと思った。
おそらくタケルのツレであろう女竜騎士、白魔道士、鍛冶屋が冷めきった表情でタケルに視線をぶつけている。
タケルは想定外の出来事に脳が仕事を放棄してしまったのか表情筋が完全にニュートラルの位置に戻っていた。
なるほど、人は本当に追い詰められるとこんな顔になるのか。
「腕が悪いうえに、おまけにホモ臭くてわるかったなあ、タケル」
おそらく鍛冶屋であろう大男がドスの効いた声でタケルを睨みつける。
「おい、ちょちょっと待って。落ち着けよ。何か勘違いしてないか? 別にお前のこと言ってるわけじゃ――」
店内に響くほどの大きな音がタケルの声を遮った。
怒りが限界に達した大男が目の前のテーブルを素手で粉砕していた。
「とぼけんじゃねぇ! 全部わかってんだよ! そうだよな。お前俺が作った武器より、店で売れ残った半額の武器買った時の方が嬉しそうな顔してたもんな!」
「違うんだ、ちょっと待ってとりあえず落ち着けって」
タケルが必死に大男をなだめようとするが、大男の怒りは全くおさまる様子はない。
「うるせえ! お前と旅なんかしてられるか」
「待て、考え直してくれガイ!」
ガイと呼ばれた大男はタケルを無視して酒場から出ようとする。ガイは店の入り口で一度立ち止まりタケルの方へ体を向けると、
「前からずっと言おうと思ってたんだけどな。お前口くせーんだよ!」
と吐き捨て去っていった。
「ええっ!」
ガイの捨て台詞にショックを受けているタケルの前に今度は竜騎士と思われる女性が近づく。
「セシル、君はわかってくれるよね。これには――――あがっ!?」
タケルは思いっきり竜騎士に殴り飛ばされ盛大に吹き飛ばされた。さらに、起き上がろうとしたタケルに向かって竜騎士は巨大な槍で渾身の一撃を頭にお見舞いした。
「フゴッ!」
頭を押さえもがき苦しんでいるタケルに「死ね」と言い残し竜騎士は去っていった。
あの一撃を食らって死なないなんて勇者様は本当に防御力が高いなと思った。
「くそ、何て日だ……」
タケルは生まれたての小鹿のようにプルプル震えながらなんとか立ち上がった。
すると今度は白魔道士がタケルに歩み寄ると無言で腹パンをかまし立ち去って行った。
「グフッ」
身体的にも精神的にもボロボロのタケルは膝から崩れ落ちていった。
「やっちゃいましたね椿さん」
「私何かまずいことをしてしまったのでしょうか?」
椿さんは小さく首をかしげている。その顔はとても純粋で悪意の欠片も感じなかった。
タケルは床に膝をついたまま顔をあげこちらを睨みつけてくる。
顔は涙と鼻水だらけでみっともない。
「んっ、ぐっ、ううっ、お前ら何なんだよ! 俺に恨みでもあんのか! くそ、ひでえよ」
タケルは立ち上がるとおぼつかない足取りで出口へ向かった。
「お前ら覚えとけよ。ただじゃおかないからな! お前んとこの上司にクレーム入れてやるからな! 震えて眠れ」
哀愁漂うタケルの背中を見守っていると、何やら酒場の店主らしき人物に止められていた。
この距離だと店主の声は聞き取れないが、驚いた様子のタケルの声だけははっきりと聴きとることができた。
「えっ! テーブルの弁償!? 俺が払うの!?」