第一話
ボンヤリとした意識の中、ゆっくりと瞼をあげると、大きな通りを挟むように左右に古い民家が立ち並んでいる光景が目に入った。その街並み、風景は江戸時代を思わせた。
古き日本の街並みの中には侍の格好をした人の姿はなく、かわりにスーツを着たサラリーマン風のおじさん、サングラスをかけた外国人、二十一世紀らしい服装の若者、何故だかわからないがガチガチの鎧を身にまとい武装している人物がいた。
カオスな光景を目の当たりにして間違いなく夢だと思った。しかし、いつまでたっても夢から覚めることはなかった。
「長いなー、今日の夢」
通りをまっすぐ歩いていると何やら大きな建物の前で数十人の老若男女が列をつくり並んでいた。
何だろうと思い眺めていると、突然着物を着た二十代くらいの女性に声をかけられた。
「あっ! そこの君、その顔はもしかしてここが初めてだね?」
「はい?」
「ははっ、君の気持はわかるよ。私も初めてここに来たとき似たような感じだったから、どうせこれは夢なんじゃないかーとかそんなこと思ってるでしょ」
着物の女性は柔らかい笑みを浮かべながらそう言った。
「いや、間違いなく夢でしょ」
とりあえず夢の中の登場人物にツッコミを入れてみる。
「ところがどっこい夢じゃありません。ここは魂の休憩所、現実世界の君は死んだんだよ」
「な、なるほどね……」
やべー、夢の中で変な人に絡まれちゃったよ。
「あーその顔、私の言ってること全然信用してないでしょ」
着物の女性がプクーっと頬を膨らませながらジト目で視線を送ってくる。
「いや、俺にかぎらずこんな小学生でもわかるような嘘誰も信用しないでしょ。ていうか死んだ覚えなんてないです」
「じゃあ、昨日何があったか思い出せる?」
「そんなの覚えてるに……」
と言いかけて記憶を辿ってみるが頭の中にぽっかりと空白ができたような感じがして、よく覚えていなかった。
「ほらね、頭の中が混乱して死んだこと覚えてない人がほとんどだから、まあ気にしなくても大丈夫だよ」
「はあ、そうですか」
いきなりあなたは死んだと言われても困る。でも夢にしては意識がはっきりしていて妙にリアルのような気がしていた。
「まあ、いろいろわかんないことあると思うけどとりあえず、君もそこ並んどきなさい」
「何があるんですかここ?」
古ぼけた木造の大きな建物には「よろずや」と書かれている。
「それは入ってからのお楽しみ! 死んだ人はとりあえずそこに行くのが決まりみたいなものだから。それじゃ私は用事があるからこの辺で」
着物の女性は手を振るとどこかへ行ってしまった。
俺って本当に死んだのかな?
何か夢か現実かよくわからなくなってきた。まあ考えても答えでなそうだし、別にどうでもいいか。
「とりあえず並んでみるか」
待つこと数十分、ようやく建物の中に入ることができた。
建物の中は古ぼけた外観からは想像もつかないほどきれいだった。
小奇麗なオフィスみたいな感じでどこかすっきりしている。それに空調が効いているのか少し涼しい。
部屋に入ると、テーブルに肘をつき顎を支えながら気だるげな様子で一枚の紙を見つめている少女がいた。
人形のような幼い顔立ちをした黒髪の少女は赤と黒を基調とした着物に身を包んでいる。
小さな頭の上には閻魔と書かれた王冠みたいなものが乗っかっている。
えっ何、俺裁かれんの?
問答無用で地獄行きとかないよね?
「千田楽泰惰18歳、無趣味で争いは好まず一人での行動を好む。積極性皆無、面倒くさいことは全部後回し。友達は0人、彼女なし。信号無視してきたトラックに轢かれ死亡」
少女は一枚の紙を読み上げ深くため息をついた。
あれ、なんで俺の個人情報割れてるの?
「君たちの世界はあれかな、トラックに轢かれる遊びでも流行ってるのかね? 最近すごく多くて困ってるんだよね」
「さあ、どうなんですかね」
へー、トラックに轢かれる人多いんだ。知らなかった。
「それにしても君はあれだ。千年に一度の怠け者だね。念のため脳波も調べてみたけど、悟りを開いたおじさんレベルだよ」
「そ、そこまでひどいんですか!?」
「で、どうする。転生はするのかね?」
「転生?」
いきなり生まれ変わっちゃうの俺?
「うーん、君の魂のレベルは最低クラスだし正直言うと転生はあまりおすすめしないよ。君のレベルで転生できるものは良くてアリクイくらいだけどどうする?」
「かんべんしてください」
一生アリだけ食べて生きるとか嫌すぎる。
「まあ、焦らなくていい。何ならここで魂を磨いてより上位の生命体にでも転生すればいい」
「あのー、そもそも転生とかそういの面倒くさいんでこのままでいいです」
「うーん、君はあれだ。怠惰の極みだな」
「はあ……」
「よし決めた。君には仕事を与えよう。そこで少し魂を磨いていきなさい。ちょうど転生コンサルタントの人手が足りなくて困っていたところだ」
「えー」
死んだ後も働くとか聞いてないんだけど。
「それじゃ、さっそく今日からきっちり働いてもらうよ。詳しい事はおいおい説明するからそれじゃ帰っていいよ」
「ちょっと待ってください。働くとか嫌ですよ。それに転生コンサルタント? 良くわからないですけどたぶん俺にはできないですよ」
「できないじゃない、やるんだよ。後言っとくけど私はこの区域で一番偉い。逆らったらえーとあれだ。とりあえず地獄に落とす」
「えーそんな無茶苦茶な」
「やるのかね、やらないのかね?」
「……やります」
「うん、いい返事だ」
いや、そう答えるしかないじゃん。
よろずやを後にした俺は閻魔様から渡された『その日から読む本、突然の死に戸惑わないために』を読みながら目的の場所に向かっていた。
・死後の世界は齢を取らず、食べ物を食べなくても生きていける。(※お腹はすきます)
・言語の壁はない。
・善行を重ね魂を磨けばそれに見合った身分に転生できる。
・怠惰で自堕落な生活を送っていると地獄に落とします。(閻魔より)
「何か説明が雑すぎるよ……」
どうやら、ここは本当に死後の世界らしい。
この世界は新たな生命に生まれ変わるまでの魂の休憩所みたいなもので、死ぬまでの間どれだけ努力や善行を積み重ねたたかによって、より上位の生命体に転生できるらしい。
普通は人間に転生できるが例外はあるらしい。
例えば俺のような怠けた生活を送ると選択しがアリクイ、バッタ、タンポポくらいしかない。それでも、ここで死ぬほど働けば一応どんな生命体にでも転生できるらしい。
「働きたくなあいなあ、もうこの際タンポポでもいいかな」
この場所は広くいくつもの区域に分かれており、全部で196区域に分かれている。各区域には必ず一人管理者がいて魂の管理とやらを行っているらしい。
ちなみに俺が現在いる場所は44区域で閻魔様がここら一帯を管理している。その地域の風景や街並みは各区域の管理者の趣味によって変わるらしい。
つまり、この場所が江戸時代風なのは閻魔様の趣味だ。
ただ外観が古いだけで、実際建物の中に入るとどこも現代的だった。普通にコンビニがあったのは少し驚いた。
渡された本を読みながら、この世界のことについて調べている間に目的地にたどり着いた。
「えーと、閻魔様が言ってたのは確かここでいいんだよな」
目の前には5階建ての鉄筋コンクリートの住宅があった。俺は階段を上り3階の304号室に向かった。
「何か、世界観がいい加減だな」
俺は304号室の前に立ちインターホンを鳴らした。
すると、まるで扉の前でずっと待機していたんじゃないかと思うくらいの速さで扉が開いた。
部屋の中からはリクルートスーツに身を包んだ少女が現れた。
黒髪のショートボブ、眼鏡をかけてきりっと引き締まった表情をしているが、顔立ちが幼く、小柄なためか中高生が背伸びをして大人ぶっているようにしか見えなかった。
「あなたが千田楽泰惰ですね」
少女はしっかりと俺の顔見据えながらそう言った。
「あ、はいそうです」
「私はあなたの上司を務めることになりました椿凛です。よろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
何か堅苦しくて話しかけづらそう。それが俺の第一印象だった。
「それでは今回の仕事について話がありますのでこちらにどうぞ」
俺は案内されるがまま、部屋に上がりこむことにした。
「さっそくですが今回の仕事の内容について説明させていただきます」
マジでさっそくだなおい。部屋入って10秒もたってないぞ。
「きっと初めてでいろいろと分らないことも多いと思います。まずは転生コンサルタントについて説明します」
「はあ」
「転生コンサルタントとは専門的な知識を用いてクライアントの転生の援助、転生後のアフターケアをするのが主な業務となります」
「はあ、つまり転生のお手伝いみたいなもんですか、具体的に何をやるんですか?」
「口頭で説明してもきっとわかりづらいでしょう。ちょうどこれから転生の申し込みが何件か入っていますのでそちらに向かいましょう。私が実際にやってみるのであなたは後ろで見ていてください」
「はあ、わかりました」
よくわかんないけど俺はとりあえず頷いた。
「私はちょっと準備があるのであなたはここで少し待ってください。そうだあなたにはこれを渡しておきます」
そう言って手渡された分厚い辞書のような本の表紙には『転生マニュアル第3版』と書かれていた。
ためしに、表紙をめくって適当にパラパラと内容を見てみる。
転生をはじめよう!
・まずは、転生する世界、種族、職種を選ぼう。
・あなたに合ったヒロイン、仲間、能力を私達は全力でサポートします。
・お得なプラン、幅広いオプションを取り揃えています。
Q&A よくあるご質問
・ヒロインの性格が悪い。
・チート能力がうまく発動しない。
・契約内容と容姿が違う。
・何故か口が臭い
俺はすぐに本を閉じた。
「なるほど、まったくわからん」
口が臭いとか自分で何とかしろや。
しばらくすると、椿さんが戻ってきた。
「泰惰くん、準備ができましたのでさっそく現場に向かいますよ」
「……はい」
何かもう嫌な気しかしない。