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魔王陛下は現代人がお嫌い

作者: 丘/丘野 優

「……魔王! 覚悟するがいい!」


 光の神に選ばれた勇者ソシンツの声が高く響いた。

 彼は、数々の試練を乗り越え、やっとのことでたった今、魔王城に辿り着いたところだった。

 それから目の前の玉座に腰かける、強大な邪気と魔力を放つ魔王を前に、その覚悟を叫ぶことをもって示したのだ。

 今まで何度となく勇者が選定され、その度にその全てを撃退してきた魔王。

 奴を、自分は倒せるのだろうか。

 そんな不安と共に、である……。

 そして、そんなソシンツに対して、魔王はその口元を歪めてにやりと笑い……。


「……勇者よ、お前は、大丈夫だろうな?」


 と、奇妙なことを呟いた。

 

 ……?


 勇者はその言葉に一瞬、思考が止まる。


 勇者の固い覚悟の籠もった宣戦布告に等しい言葉に対し、魔王の口から出てくる言葉は、 

 お前になど誰が倒されるものか。

 でもいい。

 そんなことが貴様にできると思うのか? 思い上がるなよ、勇者!

 でもいい。

 しかし、


 お前は、大丈夫だろうな?


 これはおかしいのではないか?

 別に悪いとは言わないが……しかし、どういう意味だ?

 判然としないし、釈然ともしない。

 ソシンツ如きに魔王が倒せると思っているのか、大丈夫だろうな、とかそういう意味か?

 だとしたら理解できなくはないが、何か、口調からしてそんな雰囲気ではない。

 なんというか、魔王らしからぬ、不安げな声色と響きというか……。


 困惑するソシンツに、魔王はさらに口を開く。


「……頼むから、答えてくれ。お前には、我を倒す気があるのか、と聞いているのだ。ちゃんと、勇者として、我を相手にしてくれるのかと……」


 ……こいつは、一体何を言っているんだ?

 事ここにきて、ソシンツが困惑の極みに達したのは当然のことだった。

 そんなソシンツが、なんだか奇妙な気持ちで構えていた剣を下すと、


「……やはり、お前もか? お前も、奴ら(・・)と同じように、この我を虚仮にしにやってきたのか!?」


 物凄い速度で魔王が目の前に迫ってきて、ソシンツの胸ぐらをつかみ、がくがくと揺らしはじめた。

 魔王の突然の行動に、勇者であるソシンツをして反応することができなかったのは、別に油断していたからではなく、その行動に一切の殺気が籠もっていなかったからだ。

 むしろ、そこはかとない哀れさというか、哀愁のようなものが魔王から感じられる……。

 今、ある意味絶好の攻撃のチャンスではあるが、ここでやってしまうのはなんだか違う、と思ってしまったのだ。

 勇者にとって重要なのは、魔王を倒したという結果であるのはもちろんだが、過程も大事なのだ。

 なにせ、そこが微妙では魔王の恐ろしさも、勇者の努力も巷間に伝わらない。

 ありがたみというのはおかしいかもしれないが、魔王討伐というのにはそういうなにがしかの感慨が必要なのである。

 だからこそ、ソシンツは仕方なく首を横に振って、魔王に言った。


「……よくわからないが、何かあったようだな、魔王よ。とりあえず、俺に話してみろ。お前の身に、何が起こったのか」


 そう言ったソシンツに、魔王は目に涙を浮かべ、


「……聞いて、くれるのか……お前は、我の話を。お前は!」


 と大げさに感動を示しつつ、胸ぐらから手を放し、そしてゆっくりと口を開き始めた。

 魔王と語らう勇者……そこにおかしさを感じないかというとウソになるが、ここで話を聞かないとなんだかモヤモヤしたまま魔王討伐が終わってしまう。

 そんなわけにはいかなかった。


「……勇者よ。お前も知っているだろう。我が、何度か他の勇者を撃退してきたということを」


「そうだな。かなり長い間、お前が魔王として君臨し続けているのは有名な話だから知っているよ。普通、魔王は顕現したら数年以内に勇者が倒すものだからな。だが、それがどうかしたか?」


「……では、前提はよかろう……まず、我が初めて相手をした勇者の話だ……」


「あ、あぁ……」


 ◇◆◇◆◇


 一番最初、魔王の下に勇者がやってきたのは十数年前のことだった。

 そのときやってきたのは、一人の男だった。

 優男風というか、どことなく軽い雰囲気の男だった。

 ただ、その覚悟や実力は間違いなく本物だった。


 彼もまた魔王を前にして、ソシンツと同様に叫んだものだった。


「覚悟しろ、魔王よ!」


 と。

 それでまぁ、戦った。

 一応、戦った。

 結果としては引き分けに近く、しかし勇者が聖剣を持っていた分、魔王の方がダメージは大きかった。

 終盤には魔王にはかなり隙が多くなっていて、止めを刺そうと思えば、勇者は魔王に止めを刺せたわけだ。

 けれど、なぜか不思議なことに勇者はそれをやろうとはしなかった。

 そうではなく、勇者は魔王にこう言った。


「魔王、お前は魔王だけど……こうやって争い合うのが正しいとは、俺には思えないんだ」


 ある意味、極めて勇者らしい台詞と言えるかもしれない。

 光の神に選ばれた……正義と慈愛の執行者である勇者。

 その彼が、魔王にすら情けをかけると言うのは、理解できる。

 しかい魔王は首を横に振って答える。


「……馬鹿なことを。我は魔族で、お前は人間だ。どちらかが生き残り、どちらかが死ぬ。それが世界の運命よ……」


 そう。

 それが、この世界の理。

 古来より行われてきた法であった。

 魔族と人間は数千年に一度、争い、そして勝利した方が世界の所有権を得るのだ。

 そして繁栄し、その文明の頂点を迎えたとき、敵対種族が再度現れ、もう一度世界の覇権をかけて戦争を起こす……。

 しかし、この勇者は、その行いそれ自体が好きではなかったらしい。

 彼は言った。


「いいや。そんなことはないさ。これを見ろ」


 そして勇者が唐突に魔王の目の前に出してきたのは、一つの魔道具であった。

 それは、遠距離と通信をとることを可能にする魔道具であり、また、最近では他にも様々なことが出来るようになったらしい、人間の作り出した高度情報端末である。

 手のひら大の画面と、ボタンがついていて、シンプルで使いやすいと評判であり、魔族でも同様のものが作れないかと研究中だったものだ。

 まぁ、それはいい。

 それはいいが、問題は、今、その画面に映っているものである。


「……これは……」


 驚く魔王に、勇者は深く頷いて、


「そうさ……これは、俺の“マイチャン”、エリエリちゃんだ。あんたも……知ってるだろ?」


 マイチャン、エリエリちゃん。

 どちらの単語も魔王には全く聞き覚えはなかったが、しかし、画面に映し出されている静止画が示す事実は単純である。

 ほっぺたにピースをくっつけて、その犬歯を可愛らしく見せつける、ルビーのように輝く赤い瞳の女性は、魔王軍人類技術研究所に所属する吸血鬼の研究員エリストラ・エリーその人であった。

 それを見た瞬間、


「……エリー……エリー!! おい、エリー! ここに来い! 今すぐ来い! 早く来い!」


 魔王がそう叫んだのは、ある意味当然の流れだっただろう。

 すると即座にエリーが現れ、


「はっ、我が主君。今ここに……」


 蝙蝠が集合し、人の輪郭を形作り、そしてふっと闇からはい出すように現れると言うかっこいい出現の仕方をしたエリーである。

 実際、その一切微笑みを浮かべそうにない冷たい顔立ちに、ありとあらゆる死に愉悦を感じそうな目つきと言ったら吸血鬼中の吸血鬼と言っても過言ではない。

 

 ただし、彼女が勇者の持つ情報端末の画面の中で、可愛らしいピースサインとアホ面を晒してなければの話だ。

 それにはっと気づいたエリーは気まずそうな顔で勇者の手の中の情報端末を横目で見、それから、勇者の顔に視線を移して……。


「……えっ? もしかしてヤマトくん? “チャンポン”でマイチャンの……」


「そうそう、分かった? エリエリでしょ? へぇ、本当はエリーって言うんだ。“チャンポン”で日記とか写真、たまに見てたけど、現実に見るとやっぱりかわいいね」


「そうかしら……ヤマトくんもかっこいいよ?」


「それはうれしいね。ところで、この人があれでしょ? 王都のソールメロンケーキが大好きっていう上司の……」


「そうそう、魔王陛下のルーゼン様。あっ、もしかして、ヤマトくんって……」


「そう、俺勇者なんだよね!」


「えーっ!? じゃあ、陛下、倒しちゃうの? それはエリエリ、やだなぁ……出来れば、ここは帰ってもらえないかなぁ……魔王陛下が負けると、私も一緒に消えちゃうから……」


「もちろん、そのつもりさ。でもエリエリちゃん、一緒に来てくれたりしないかな? ほら、やっぱり積もる話もあるし、会ってみたいって言ってたじゃん?」


「あー……私はいいんだけど、でも、陛下が……」


 ◇◆◇◆◇


「……あんた、ヤマトくんとエリエリちゃんに置いてけぼりにされてんじゃん」


 ソシンツが、語る魔王の話の腰を折って、突っ込む。

 

「……口を挟む暇もなく意気投合してしまったのだ、二人は! そもそも、チャンポンとかマイチャンとかなんだそれは……我には全く意味が分からなくてな……」


 魔王はそう言うが、ソシンツには聞き覚えがあった。


「あー……まぁ、俺は知ってるけどな、“チャンポン”。確か十年か、もう少し前に流行ったブログだよ。友達作ってその輪を広げていけるシステムがウケたって聞くなぁ。たしかその“チャンポン”で友達のことを“マイチャン”って呼ぶんだったはずだ」


「あぁ、そんなことをあの二人も言っていたな……」


「それで? そのあとは?」


「なんとなく分かるだろう……? しばらくの雑談のあと、我を見逃す、という条件を付けて、ヤマトはエリーを連れて帰ってしまったのだ。その上だ……この間、こんな手紙が来たぞ」


 魔王が懐から取り出した手紙を見ると、そこには《結婚しました☆ヤマト♡エリー☆》と書いてある。

 

「……まぁ、なんというか、おめでとう」


「めでたくないわ! 魔族と人間が結婚するとか、何考えているんだ! まぁ、礼儀として祝儀はいくらか包んだのだが……」


「魔族にもご祝儀の文化があるんだな……いや、でも、勇者ってそんな勝手に辞められるものじゃないぞ? どうしてヤマトはこんなこと出来てるんだ」


「あいつのマイチャンとやらに選定教会の枢機卿が数人いるらしくてな。合法的にやめたと連絡がきた。ほれ」


 そう言って、今度は魔王が情報端末を差し出す。

 人間の生み出したものだが、今は魔族も使っているようだ。

 人間のふりをして潜り込むような形だが、匿名性のある情報の海では魔族かどうかなどわかりようがない。

 そしてそこにはヤマトの日記が書いてあった。

 最近はほとんど更新していないようだが、メッセージ機能だけは数か月に一度使っているらしい。

 魔王とヤマトの交流がそこにはあった。


「……なにマイチャンになってるんだよ」


「うるさい。もうこうなったら受け入れるしかないではないか。そもそも勇者でなくなったのなら友達でもいいではないか」


「毒されてる……」


「まぁ、それはいい。そういうことでな。最初の勇者ヤマトは、そういうわけで去っていったのだ」


「話し終わりかよ」


「では、次だ。次はな、またこれが変な奴だったのだ……七年ほど前だったかな……」


 ◇◆◇◆◇


「魔王様! 魔王様!」


 ドンドン!

 と、魔王の私室の扉が轟音と共に叩かれる。

 慌てて跳び起きた魔王の目に飛び込んできたのは、焦って何かを伝えようとしているエリーであった。

 この当時、エリーは非常勤で働いていたから、たまにいたのだ。

 ただ、結構な頻度で人間界に行ってくる、とか言って有給をとってはいたが……。

 どうせヤマトと会っていたんだろう、と今は思う。


 それで、このとき彼女が何に慌てていたのかと言えば……。


「魔王さま! 玉座の間に侵入者が!」


「なにっ!? それは……勇者か!?」


「あの魔力量からして、おそらくは新しい勇者かと。我々では対応できないので……」

 

 勇者の魔力量は、魔王と同様、種族最強であり、他の有象無象など相手にならない。

 いかに魔族の実力者エリーと言えども、こういう対応になるのが当然だった。

 魔王は、


「で、あろうな……分かった、すぐに行く」


 そう言って即座にパジャマから仕事着に着替え、玉座の間に向かった……。


 ◇◆◇◆◇


「……いつもパジャマなんだ……」


 ソシンツが思わずつぶやくと、


「そこはいいだろう。ジャージや短パンは肌触りが気に食わん」


「……さいですか。それで、勇者は?」


「そうであった……」


 ◇◆◇◆◇


「……これは……!? 馬鹿な!?」


 魔王が玉座の間に行くと、そこでは信じられない光景が広がっていた。

 なんと、魔王の大事な玉座に裸の男が寝転がり、そしてその正面でパシャパシャと魔道具で静止画をとる女性魔術師が、


「はーい、チーズ! 良く撮れてる~!」


 などと言っていたのだ。

 裸の男はしっかりと静止画が撮れたことを確認すると、


「やべぇ! まさかここでこんなことする男なんて俺しかいないんじゃん!? まじカッケーだろ、これ」


「だよね~。私もそう思う。これで絶対バズるって。国王陛下のズラをとったときが口コミ二万くらいだったから、今回は五万は行くんじゃない!? あたしら有名人!? やった~」


 そんなことを言い合っている。

 しばらくの間、あまりのことに時間が静止していたが、ふっと我に返って、


「貴様ら!? 神聖な玉座の間でなにやっている!?」

  

 と怒鳴った。

 すると男と魔術師は、


「あっ!? 見つかった。逃げっぞ、アリー!」


「そうね、ジョー!」


 そう言って、目にもとまらぬ速さで転移魔術を唱え、そしてその場から消えていった。

 

「魔王様! 勇者たちは……!?」


 魔力が消えたのを確認したのか、エリーがやってきてそう尋ねたが、魔王はあまりのことに、実際にあったことを正確に語ることが出来ず、


「……我の威圧に負けて逃げていったわ……」


 そう言うことしかできなかった。


 ◇◆◇◆◇


「……そいつらは、一時期流行った“サエズリー”のアホユーザーだな……」


「む、やはりお前は知っているのか?」


 呆れたように頭を抱えたソシンツに、魔王はそう尋ねる。

 ソシンツは頷いていう。


「ああ。普通のブログと違って短文を投稿するタイプのサービスで、SNSって言われている奴の一種なんだが、たまに頭のおかしい奴がいてな。危険なところで馬鹿みたいなことをして、静止画を撮って話題を集めるっていう使い方をする奴が稀に現れるんだよ。たぶん、そういう奴らだったんだと思う」


「……まさにだ。あとでそのサエズリーについてエリーに聞いてみたところ、教えてくれてな。話題になったサエズリに、我が魔王城の様々なところで裸で寝転がるジョーの静止画が映っていた……食糧庫でもだぞ! 不衛生にもほどがあるわ!」


「怒るとこ、そこか……まぁ、そうだろうけどな……というか、そんな奴を勇者に選ぶ選定教会はどうなってんだ? いや、ある意味“勇者”ではあるかもしれないが……」


「そんな“勇者”はいらん……」


「だろうな。で、そいつらはまた来たのか? さすがにそいつらは合法的に勇者はやめられないだろ?」


「ああ、そいつらは、最終的に選定教会の教皇のズラを取った瞬間をサエズリ―に上げてな。神罰を与えられて勇者の資格をはく奪された」


「……まさにバンというわけか」


「ん?」


「いやいや。それで? まだあるのか?」


「ああ。最後の一人の話だ。と言っても、お前でなくて、お前の一人前だが……」


 ◇◆◇◆◇


 その日、魔王は玉座に座って知恵の輪を解いていた。

 魔王ほどの身体能力となると、物理的に破壊することで簡単に解ける知恵の輪であるが、流石にそれではつまらない。

 かなり真面目に解いていた。

 すると、


「……あの~、ここ、魔王城の玉座の間、で合っていますでしょうか?」


 扉が開き、ちょこりと顔を出した少女が魔王に対してそう尋ねて来た。

 結構な美少女である。

 十年後が楽しみだが、しかし魔王が人間にそういった興味を抱くことなどあるはずもない。

 少し奇妙に思うも、しかし、何でもない様子で言う。 


「そうだが。人間のお嬢さん。君のような者が来るところではない……っ!?」


 知恵の輪を解きながら、忠告しかけた魔王に対し、しかし、次の瞬間、殺気が膨れ上がった。

 驚いて魔王がその身を思い切り仰け反ると、玉座の椅子、その背もたれ部分の上部が横一文字に切断されているのが目に入った。

 これは……!?

 

「勇者か!?」


 本業を思い出して魔王が前を向き、そう尋ねると、すでに目の前にまで迫っていた少女が、


「魔王、その命、もらい受けますっ!」


 と先ほどまでのおどおどした雰囲気が嘘のように聖剣を構えていたのだった。


「……そう簡単にはやらせはせんぞ……勇者よ! いざ、尋常に勝負!」


 ◇◆◇◆◇


「中々いい感じじゃん。初めてまともな勇者が出てきた気がする」


「我もあの時は血沸き肉躍った……だが!」


「……だが、があるわけだ……」


「そうだ」


 ◇◆◇◆◇


「……深き冥界を燃やし尽くす、黒炎よ、我が呼びかけに答え、眼前の敵を滅ぼせ! 《冥獄滅界炎》!!」


 叫ぶ魔王の掌の先に、ずずず、と空間に穴が開き、そこから周囲に撒き散らすように爆発的な炎が周囲に広がり、そして少女に襲い掛かる。

 その様子はまさに地獄や冥界を形容してなお足りぬ程であり、魔王が確かに世界を滅ぼすほどの力を持つことを納得させるだけの威力を持っているように思えた。

 さすがに勇者と言えど、これだけの力を見せれば、怯むはず……そう思った魔王だったが、しかし、目の前には、


「……これは、中々……いいですねっ?」


 そう言って、黒炎の中に余裕そうな様子で立ち、年齢に似合わぬ妖艶な微笑みを浮かべる少女の姿があった。

 

「流石は勇者よ。この程度では倒せぬ、というわけか……ふん、それもよかろう、しかし、我が魔術だけとは思うな……」


 魔王はそう言って、自らの愛剣を取り出す。

 そして地面を踏み切り、立ち向かおうとした……のだが、





「ちょっと待ってください!!」




 

 少女が唐突にそう叫んだので、魔王はつい、足を止めてしまう。

 それは、少女に向かって地面を踏み切る直前で、今にも彼女に攻撃しかからんとするタイミングであった。

 そして少女もまた、構えは違うが鏡写しのような距離感で同様に剣を構えてこちらに向かって来ようとする瞬間で立ち止まっている。

 そんな魔王と少女の周囲を黒炎が染め上げ、まるで一幅の絵画のような情景をそこに生み出していた。

 そして少女は言う。


「皆さん、今です!!」


 そう言った瞬間、どこからともなく黒子を身に纏った、しかし手に撮影魔道具を持った集団が現れ、そして幾度となくフラッシュを焚いていく。

 眩しくてつい目をつぶった魔王だったが、


「あっ! 魔王さん! 半目になったらあれですから、しっかり気を確かに持って、目を開いて!」


 と少女に忠告されたのでつい条件反射的に頑張ってしまう。

 そして一通りの撮影が終わると、少女はつかつかと黒子集団のところに歩いていき、


「……これは、ダメですね、魔王さんが半目です。これは中々……あー、でもこっちは光の加減が微妙かも……肌の具合がね……修正はあれだし……あっ、これいいんじゃないですか!? トリン、盛れてる気がする~……ちょっと魔王さんにも確認しないと……魔王さん! 魔王さん!」


 呼ばれて、仕方なく魔王が少女のもとにいくと、少女は静止画を魔王に見せてきて、


「これは私も魔王さんも映りがいいし、周りの炎も強くてかっこよさげに見えると思うんですよ。どうですかね……?」


 何の話だ。

 そう尋ねたかった魔王であるが、もう、三度目である。

 こいつもなんかやる気だ、と思って諦めて頷くことにした。


「……良いのではないか」


「あっ! ありがとうございます。じゃあ、許可もいただけたことですし……じゃ、撤収!」


 少女がそう言うと同時に、黒子たちはどこかへと消え去り、さらに少女も、


「では、私もこれで失礼しますね。あっ、あとでインフォトに上げますから、魔王さんもチェックしてください! トリンのフォロワー、八十万越えてるんで、すぐに分かると思いますから~」


 そう言って手を振り、魔王城から姿を消したのだった。

 

 ◇◆◇◆◇


「……インフォトか。最近流行ってる静止画主体のSNSだな。一般人で80万って結構なもんだよなぁ。まぁ、勇者は一般人でもないか? そう考えると微妙かもなぁ……いや、選定教会が魔王に油断させるために少女を選んだなら、勇者が少女って話は非公開なはずだから、一般人か。今は……うぉっ、一千万越えてる……」


 ソシンツが端末を開いてインフォトを見ると、“ゆうしゃトリン”のフォロワーは一千万を超えていた。

 世界中からフォローされているようで、とてつもない人気者のようだ。

 ソシンツはこういうのに疎いのであまり知らなかったが、確かに聞いたことがあったような気もする……。


「それから、奴はやってこない。というか、インフォトに写真をあげた直後に首にされたそうだ。厳密に言うと、“ぎゃくたいぼうしだんたい”? とか言うのの抗議にあったと言う話だが……」


「“虐待防止団体”か。なるほど。たしかに一時期、見るからに子供を要職につけるのはやめろとか言う言説が声高に主張されてた時期があったな……。枢機卿の一人もそれで首になったっけ……」


 白髪の美少年だったが、どう見ても十歳前後だった枢機卿である。仕方がないと言えば仕方がない。

 ただ、確か今は子役として劇団で頑張っていたはずだ。

 枢機卿になれるほど賢く、権謀術数にも長けているので非常に重宝されているらしい。

 毀誉褒貶は激しいらしいが、演技は間違いなくうまいと評判だ。


 そんな話を勇者から聞いた魔王は、柄にもなく遠い目で、

 

「人間社会も大変なのだな……」


「……まあ、な」


 ソシンツもまた、遠い目で頷く。

 それから、ソシンツは一つ息を吸って、


「……まぁ、魔王。お前が色々あったのは分かった。なんというか、人間社会が発達しすぎて、魔王討伐っていうのが重大事でなく捉える奴が増えて来たからそんなことが起こったんだろうと思う。だけど、安心してくれ。俺はしっかり、お前を倒すつもりで来てる。それがお前にとって喜ばしいことかというとあれかもしれないが……」


 微妙な表情でそう言った。

 なにせ、これから魔王を倒す、と魔王自身に言っているのだ。

 嬉しいわけはないだろうし、ソシンツとしてもここまである意味打ち解けてしまった魔王にそれを言うのは心苦しいところもあった。

 しかし魔王は、


「……いや! それでこそ……それでこそ、勇者だ! 我は認めるぞ! お前こそ、真の勇者だ、とな!」


 素晴らしい笑顔でそう言い、そしてソシンツから距離を取って、構えた。


 ――さぁ、ろう!


 そういうことだろう。

 ソシンツも笑顔を返し、そして構えたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 戦いは壮絶を極めた。

 魔王をして、これほど手ごわい勇者は初めてだと感じさせるほどの強さ。

 そして勇者にとっても、ここまで力が拮抗しているとは思わなかったくらいだ。

 魔王は、歴史上のそれよりも長く生き延びたことにより、通常のそれより遥かに強くなっていたのだ。

 しかし、それでもすべての理は一つの答えへと収束するものだ。

 この世界でのそれは、《魔王は勇者によって滅ぼされる》というもの。

 そのお題目通り、魔王は勇者の力によって、地面に倒れ伏している。


「……よく、やったな。勇者よ」

 

 魔王が、最後の力を振り絞ってそう語り掛ける。

 それに対し勇者は、


「……いや、俺は……」


 何とも言えない表情で首を振った。

 魔王に対し、何らかの情を感じていることは明らかだった。

 それに魔王は満足し、


「本当に……ふざけた勇者ども……と……戦ってきた……が、最期に……戦えたのが、お前のような奴で……よかっ……た……ぞ……」


 そう言って、消えていったのだった。

 その場に残ったのは、魔王を倒した証。

 魔王の心臓がそのまま魔石となった、“魔王玉”のみであった。

 勇者はそれを拾い、玉座の間を出ていく。

 そして、一度だけ振り返って言った。


「……ありがとう、魔王。お前のお陰で、俺は……」


 ◇◆◇◆◇


「……それで、魔王を倒した、と。ではその証拠はあるのですかな?」


 厳めしい顔をした男にそう尋ねられたソシンツは、懐から“魔王玉”を取り出し、手渡した。

 

「これがその証です。どうぞ、ご覧ください」


「これは……魔力、輝き、そしてこの大きさ……確かに。あなたにはその実績があると認めましょう!」


 男はとてもいい笑顔でソシンツにそう言ったのだった。

 ソシンツも男がそのように言ったことが嬉しく、深く頷き、そして言った。


「ありがとうございます! ではお約束は守っていただけると思っていいんですね?」


「もちろんですよ! 我が社は優秀な人材を欲していますからね! 新卒で魔王を倒してくる! それだけの逸材は、ぜひとも採用したい! 明日から来てください!」


「はい! どうぞよろしくお願いします!」


 近年、就職難は世界でも大きな問題である。

 選定教会による勇者資格は専門学校に通って試験を受ければ三割程度の確率で通るが、それだけでは就職できない。

 魔王を倒したと言う実績がなければ……。

 ソシンツは確かにその実績を得、そして就職をたった今、勝ち取ったのだった。


 ――魔王、俺はやったよ!


 ソシンツは心の深いところで、そう、魔王に報告し、そしてこれからの正社員生活を思い描き、明るい笑顔を浮かべたのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] あれ...?魔王倒したらエリーもきえちゃうんじゃ...ヤマト怒り狂いそう
[一言] 間違いなく、現代社会の闇でした ツイッターもSNSも私はやってませんが まさか魔王もこんな理由のために倒されたとは思わないでしょうね……
[一言] 世知辛え・・
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