葬儀屋
母が病気で亡くなった。昔から体が弱い母は、自分と妹が成人を迎えるまでは生きると口癖のように言っていた。だが、僕が十八歳の時に病気が悪化し、その数ヶ月後に息を引き取った。
「午前二時二分。死亡を確認しました」
病室に響いた声は、そこにいた家族全員に現実を見せつけた。
「お母さん!!お母さん!!」
泣き叫ぶ妹と母の姿をじっと見つめる父。やがて母はタンカに運ばれ、寝台車に乗った。車に乗れるのは二人までと言われたので、父と妹が乗ることにした。残された僕は親戚の叔父の車に乗る。
「母さんが死んだ後のこと…なにも考えてなかった…。これからどうすればいいんだろう」
「お母さんが前に言ってた。もし子供たちが迷っていたら助けてやってくれって。お父さんに何かあったら俺がお前らを守るからな」
泣きながら言う叔父の言葉に酷く心が打たれた。
お通夜が行われる場所に着いた。ドラマなどに出てくるものとは違く、中に入ると家のような落ち着いた、アットホームな斎場だった。
「坊さんとかは呼ばず、お葬式というよりお別れ会みたいなイメージだと思ってもいい」
ワンルームの奥に、死んだ母がいた。先に誰かがあげたのか線香の匂いが鼻に付く。
「明日、明後日は親戚一同がくる。久々に会う人もいるだろう。喪主の息子としていい顔しろよ」
父はそう言いながら線香を焚いた。手を合わせる後ろ姿はとても悲しそうだった。
次の日になると、母の兄弟にその子供たち。いわば自分の従兄弟にあたる人たちが来る。母は六人兄弟だったため、それだけでも人数が多かった。
十八歳の僕と、他の従兄弟たちと合うことはなかった。下は四歳、五歳の子で上は二十五歳前後の社会人だったため、話の合う人は誰もいなかった。
「姉さん、早かったな。死ぬの」
「私が先に死ぬって笑って言ってたのに…お姉ちゃんが先に死ぬなんて」
出したコーヒーを飲みながら思い出に浸っていた。
「後悔しないように…って母さんに色んなことしてたけど…母さんやりたいことまだあったよね。きっと」
「後悔しないようにと言われても
結局最後は後悔をしてしまうんだよ。あの時あぁしとけばよかった。あの時あんなこと言わなければよかった。一つ達成したかと思えば、また一つやれなかったことを見つけてしまう。それが残された人たちが最後に背負うものだよ」
父のその言葉に重みがあった。その分少し安らかな気持ちにもなった。
「明日は納棺の日。棺に母さんは入れられる。その前に…しっかり母さんに触っておけ」
「うん…」
食事場に行くと、なにやら兄弟が賑わっていた。
「大体かず姉ちゃんがあんな男と結婚しなければ!」
「はー?青子だって再婚したくせになに言ってんのよ!」
叔母同士の激しい喧嘩。ただそれをそれぞれの旦那が呆れながら見ていた。
「やめろよ二人とも!」
それを止めようとした二女の旦那だったが、あんたは黙ってと一言でまた黙り込む。その喧嘩を聞いているうち、段々怒りが湧いてきた。その時、後ろから椅子が飛んできた。
「うるせぇよ。どこで喧嘩してんだ。場をわきまえろよ」
先ほど僕を車に乗せてくれた叔父だった。その言葉に皆が静かになる。
「明日俺は姉さんを最後まで見送る。もし気持ちがこもってないなら、おめぇら明日来んな」
...
泣き崩れる叔母たち。この光景は僕が死ぬまで忘れることはないだろう。
そして納棺の日。棺に入れられたが、もしかしたら母はスッ…と起き上がるかもしれないと見るたびに思った。
「夢であってほしいな…」
ポツリと言った僕の言葉はもちろんもう届かない。その日の夜も思い出話に笑い、泣いていた声が響いていた。
自然に時が流れる。止まることはない。火葬日になりその場に向かっても、実感はなかった。
「これから告別式を行います。最期の別れです。みなさん、悔いの残らないように」
棺のそばで泣く親戚。僕も涙を流す。そして数時間後に骨となって返ってきた。あぁ死んだんだな…とここで初めて母さんが亡くなったと分かる。綺麗な骨だった。悲しいと同時に少しホッとした顔をした。
「喪主の方から…」
ここから先は記憶が曖昧だった。
全てが終わり家に帰ると、静かなリビングがなにやらひんやりとした。
「ママ?」
妹が突然言った。
「みゆ…母さんいたのか?」
「ううん…でもなんかそんな気がしただけ」
「多分ずっと側で見守ってくれるよ」
最後に母は、葬式の流れ。そして人の死は立ち向かう勇気を与えるためにあったと教えてくれたと今になって思う。
大切な人の死は、とても悲しいものだ。残された人たちが少しでも心が和らぐように…。
数年後。葬儀屋になった僕の初めての仕事は、事故で亡くなった二十二歳の葬式だった。




