エピソード9-7
2017年2月2日付:加筆調整
午後2時40分、松原団地駅近くのARゲーム専門アンテナショップ――その店内でローマと木曾アスナは衝撃的な物を目撃する。
それは、日向イオナによるARFPSの無双展開である。使用しているのは普通のARガジェットのようだ。
ここでいう無双とは、WEB小説にあるようなチート無双の類ではない。敢えて言うならば、逆チート無双だった。
日向自身はARゲームではランカーと言う位置づけに該当する程のプレイヤーではないが、隠れた実力者なのは事実と言ってもいいだろうか。
相手の方はチートを使用しているはずなのだが、それが全く作動せずに倒されていく。
見た目としてはワンサイドゲームである。しかし、これはチートを使用したプレイヤーにとってはブーメランとも言える光景だ。
「あれが日向の実力と言う事か」
木曾は改めて日向の実力と言う物を知った。以前にも彼女のプレイは見た事があったのだが、今までのは全力ではなかったのか?
逆に言えば、彼女の場合はARゲームのライセンス凍結を頻繁に受けている印象もあるので、リハビリとか調整中とか言われる事もある。
もしかすると――木曾が目撃していたのはリハビリ中だったのかもしれない。
相手がチートプレイヤーだった事を差し引いても、その実力は上位ランカーにも対抗できるだろう。
ARゲームはフェアプレイを掲げている以上、チートプレイは許されない物である。
ARゲームがオンラインゲームに該当するような回線を使っているのもその理由だろうか。
「チートと言うズルを使っている段階で――負けフラグが確定しているのは、ARゲームではお約束だと言うのに――」
ローマの方はさりげなくメタっぽい事を言ってのけた。
チートを使うプレイヤーの傾向は、楽して全面クリアと言うような気持ちでプレイしている為と彼女は考えている。
そんな事をして、本当にARゲームを楽しめているのか――それに関しては個人の問題だろう。
その一方で、個人使用等を含めたチートを全面的に禁止しているARゲームもある。
パワードミュージックを含めたリズムゲーム系、一歩間違えると大事故になるレース系、こちらも大事故につながる対戦格闘系等は全面禁止になっているだろう。
しかし、チートを個人の自由としているジャンルがあるのも事実だ。それは、ARゲームでもイースポーツ化していないジャンルである。
その中でもRPG系が顕著だろうか? こちらは公式でチートに類するようなアイテムも存在し、これらならば使用可能としていた。
同刻、草加駅近くのARゲームアンテナショップ――そこには一連の事件が決着した後の日向の姿があった。
《血が流れるような紛争に発展する事は望みません。だからこそ、ARゲームで決着を望むのです》
このメッセージを受けて日向は動いていた。しかし、本当にこれで良かったのか――と思う節もある。
日向としてはARゲームの環境を荒らすだけの未プレイ二次創作フジョシや夢小説勢、迷惑行為を起こすフーリガンを排除出来ればよいと考えていた。
しかし、実際には超有名アイドルや芸能事務所、更には事業買収等を専門とする業者などもいたのである。
いつの間にか、自分は反政府組織にでも加担しているのではないか――と思い始めていた。
《それ以上に、チート以前の禁じ手を使う事に他なりません》
あのメッセージにあったチート以前の禁じ手とは何なのか? 薬物の様な物か、それとも本当にテロ行為なのか?
しかし、ARゲームも含めて命に危険が及ぶようなデスゲームは一切禁止されている事は――日向でも知っているし、ネット上の常識でもある。
それをメッセージを発信した人物は知っていて【禁じ手】という単語を使ったのであれば――。
「それこそ――ARゲームをプロパガンダにしようという誘導があると考えるべきか」
超有名アイドルファンやアイドル投資家が超有名アイドルをプロパガンダに利用し、全ての世界を掌握しようとしているのと――同じ原理で。
それに対し、日向は拳を握って怒りを抑えようとしていた。下手に八つ当たりをしても、ソーシャルメディアに動画としてアップされ、ネット炎上するだけの話だ。
ARゲームをプロパガンダにしようと言う様な話はネット上でも笑い話としてスルーされるレベルのネタであり、タブーではないがタブーとして暗黙の了解がされている。
芸能事務所は自分達のアイドルが出演している番組をテレビ放送時は無料だが、いざ見逃し配信となると有料になる。
更に言えば、円盤リリースもされないという状況なのだ。これはバラエティー番組に限定されるのだが――。
その為か、つぶやきサイトでは違法配信サイトの誘導等が目立つようになり、遂には啓発CMが出来ることとなった。
自分達のやっている事を棚に上げて、他のMAD動画勢や別勢力を名指し攻撃し――と言う状況もある。
しかし、これらは芸能事務所が円盤を売る為に仕掛けた宣伝行為――要するに炎上マーケティングだ。
こうしたマッチポンプが繰り返された事が、テレビ局は特定芸能事務所のアイドルが出演するバラエティー番組しか放送しなくなった。
あるテレビ局は例外だが――こうしたコンテンツ流通は芸能事務所しか得をしないと考えている人物もいるのである。
「ARゲームは特定勢力がタダ乗り宣伝をする為の広告塔ではない――」
日向は思う。他の上位ランカーも同じような考えで動き、芸能事務所のやっている事が独占禁止法違反である事を――。
そして、特定芸能事務所だけが無限の利益を得られるような炎上マーケティングシステム『賢者の石』――それの完全消滅がコンテンツ流通の為にもなる。
「他のアカシックレコードでも言及されていた事が現実化する前に――止めなくてはいけない」
他のアカシックレコードには、「1ドル=1円の世界が来る」や「超有名アイドル以外のアーティストが世界から消える」等の記述だけを摘出し、ネット市民の不安をあおるようなまとめサイトも存在する。
こうしたアフィリエイトまとめサイトとも言えるような存在や、超有名アイドルグループを上げる為だけに特定勢力を貶める二次創作――こうした勢力を、ガーディアンは徹底的に根絶していく。
日向は、こうした勢力を根絶できるのであれば――自分がARゲームのアカウントを凍結されてもよいと思っていた。俗にいう必要悪の考えだろうか。
超有名アイドルをプロパガンダにしようと言うWEB小説はいくつかがアカシックレコード上にアップされている。
しかし、こうした話は受け入れられない状況であり――万人向けでもなかった。むしろ、マニア向けと言えるかもしれない。
そんな中で――アカシックレコードの記述に不信感をあらわにしている人物もいた。
「アカシックレコードの名を騙るまとめサイトが現れたか」
比叡アスカのチートプレイヤー暴露事件と同刻、明石零は偽物と言えるアカシックレコードの存在を突き止めた。
本来であれば、このアカシックレコードも発見は若干遅いと思われたが、ここでも明石はあるトリックを使って装機に発見する事に成功する。
「不正ツールや非合法手段に訴える程――こちらも落ちぶれてはいない。向こうが卑怯な手を使うのであれば、こちらは正攻法で――」
アカシックレコードの力を甘く見ていたまとめサイト管理人に鉄槌を下す為、明石はサイトの場所をある組織に通報した。
その場所とは、思わぬ勢力とも言える存在のいる場所でもあった。
午後3時、木曾とは別れる事にしたローマは電車で草加駅へと移動する事に。
さすがにARインナーのままで行動する事も可能だが、メイド服に着替えての移動となる。
「おや――?」
松原団地駅に到着し、駅の改札を通過した所である人物を発見した。
外見的にはビスマルクにそっくりだったのだが――ただのコスプレイヤーだったようである。
服装は改造軍服ではなく、ジーパン姿であり――ARFPS時代を思わせるようなバックパックに帽子もかぶっていたと言う。
「ビスマルクと言う名前自体、各所で聞く事もあるから気のせいか」
ローマは何も気にする事無く、駅のホームへと向かう。
その一方で、ビスマルクのコスプレイヤーはローマの後ろ姿を確認している。
「なるほど――彼女がローマね」
実は、彼女はビスマルクではなかったのである。
ローマのストーカーをする事無く、彼女は松原団地のARゲームのアンテナショップを見て回った。
その人物が、西雲響であると認識するのは――。