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7.王への密書と零れた涙

 花宮栞に渡した新たな世界の物語は、こんな内容だった。

 ――とある異国の城下町、主人公はその貧民区であるスラム街に住む若い男で、素性を隠しながら国の富裕層から金品を盗み出しては貧しい国民に配るという活動を行っている、言わば義賊だった。

 貧民からすれば英雄的な存在である彼だが、前述の通り素性を隠している為その正体を知るものは居ない。

 故に彼は讃えられることもなかったが、身近な親しい人達が喜び、普通に生活が出来るだけで彼は満足だったし、幸せであった。

 だがそんな生活も長くは続かない。

 富裕層の国民からすればただの悪党なのだ。

 定期的に犯行に及んでいた彼は、ついに罠に掛けられ、その素性を知られてしまう。

 どうにか難を逃れ捕縛されることは避けられた彼だったが、その頃にはもう手遅れだった。

 国中に指名手配の御触れが伝えられていたのだ。

 しかもその報奨金は莫大で、彼を捕まえた者には富裕層への仲間入りが約束されたようなものだった。

 それは、彼にとって最悪のことだった。

 何故ならば、この国で一番金銭に餓えているのは、彼の親しい人達だったからだ。

 彼が義賊だったと知って、受けた恩を返そうなどという者は一人も居ない。

 逃げる手助けをすると言って、彼の捕縛を任務としている兵士の元へ連行しようとしたり。

 (かくま)うと言って、彼の身体を縛り上げようとしたり。

 金に目がくらみ、その夜、その街は悪意に満ちていた。

 それに気付いた彼は、それでもその貧民達を恨むことはなかったが、だが人を頼ることだけはやめた。

 自分の力で街中に張り巡らされた包囲網を突破し、彼は死物狂いで、国境を目指した。

 ただひたすらに、足で地を蹴り、前へ進む。

 やがて国境が近くなり、追っ手もようやく姿を見せなくなった時、彼は偶然、1人の兵士が倒れているのを発見する。

 最初はまたもや罠かと警戒したが、その兵士が大怪我をしていることに気付くとすぐに助け起こした。

 それが彼の性分だった。

 目の前で危機に瀕している人が居れば、それがだれであろうと助けずには居られない。

 その兵士は国王直々の命で現在冷戦状態にある他国の動向を探っていたらしく、それが他国の兵にバレてしまい窮地に陥ったが、どうにか落ち延びて来たらしい。

 彼にとって自分とよく似た状況ではあったが、向かう方向は全くの逆である。

 自分の事情は伏せどうにかその場を去ろうと考えるのだが、しかし事態はそんなに生易しいものではなかった。

 その兵士は脚を負傷してしまい身動きが取れなくなってしまったらしく、代わりに王に密書を届けて欲しいと言うのだ。

 王の袂に(たもと)向かう。

 それは今の彼にとって、死にに行くようなものだ。

 だがそれでも彼は、王の元に密書を届けることを決意する。

 それは常軌を逸した行動かもしれなかったが、その兵士に密書の内容がこういうものだと聞かされてしまっては、彼はもう選択することなど出来なかった。

 その密書には、周囲の国が一時的に結託し、この国を制圧しようという計画が企てられていることを報せる内容が記されているのだと言う。

 つまり、密書が届かなければこの国は攻め入られるその瞬間までなんの備えも出来ず、国民を避難させることすら出来ず、滅亡してしまう。

 それは彼にとって許容出来るものではない。

 だから彼は、今まで来た道を、今まで以上の速度で駆けた。

 命懸けで。

 だが死ぬ気はないし、死ぬわけにもいかない。

 少なくとも、王の元に辿り着くまでは――。

 と、まあ、そんな絶望的な状況で頑張る主人公が本当にすごいし、作者の俺でも尊敬してしまうくらいだが、花宮栞の目にはどう映るだろうか。

 そんなことを考えながら眠りに落ちて。

 そして感覚的には一瞬で、金曜日の朝になっていた。

 まだ熱は下がらず、会社に昨日連絡出来なかったことの謝罪と今日も欠勤させてもらう旨を伝え、それから何か食べようと思って冷凍庫を漁っていると、インターホンが鳴る。

 もう誰だかは分かっている。

 花宮栞だ。

 だがしかし、俺はドアを開けて驚愕することになる。

 そこに居たのは間違いなく、花宮栞だった。

 だが。

 彼女は額にガーゼを張り付け。

 そして涙を(こぼ)していた。










 

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