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23.今日までと明日から

「この際だからはっきり言っておく。もしアンタがまた花宮に暴力を振るうようなことがあったらその時は――」

 これは考えていたことであって、決して状況に酔って突っ走っているわけではない。

「俺は花宮を嫁に貰う。それが嫌だったら、もう花宮に乱暴しないって約束しろ」

「ああ? そんな約束――」

「出来ないのか? だったら花宮をアンタと一緒に家に帰すわけにはいかない」

「くっそ……分かったよ! その代わり、俺が約束を守っている限りお前に娘はやらないが、それでもいいんだよな?」

「えっ!?」

 そんな驚きの声を上げたのは俺ではない。もし俺だったら情けな過ぎる。

「そ、それはどうなん、ですかね……?」

 困ったような顔をしているのは、何故か花宮栞だった。

 言葉がぎこちな過ぎる。

「花宮の安全が保証されるなら、俺はそれで構わないよ」

 それに俺がもし花宮栞に恋心を抱いたとして、花宮はまだ若いんだ。

 俺を好きになってくれる可能性なんて、恐らく無いに等しいだろう。

 というか、俺には勿体無いというものだ。

「いや……うぅ、いいんですか陽介さん、本当にそれで……」

「今はお前のことが一番大事なんだよ」

 普通の女の子として、暮らして欲しいんだ。

「そう……ですか、分かりました……」

 何故だか落ち込んでいる様子の花宮の頭をくしゃっと撫でてやる。

 少し膨れっ面で俺を睨んだあと、それでも花宮は笑ってくれた。

「じゃあ、そういうことでいいんだな?」

「ああ、男同士の約束だ」

 有り得ないことのように思えたが、どちらともなく、花宮宗一と握手を交わした。






 いつのまにか日付は変わっていて、深夜になっていた。

 玄関で花宮親子を送り出そうと思ったのだが、花宮宗一は無愛想に「じゃあな」とだけ言ってさっさとドアを開け外へ出ていってしまう。

 玄関先には俺と花宮栞だけが残された。

「気を付けてな」

「はい。大丈夫です、お父さんが居ますから」

 花宮の口から聞けるその言葉が今は素直に嬉しい。

「でも……無茶し過ぎですよ、陽介さん」

「へ?」

「お父さんがもっと危ない人だったらどうするつもりだったんですか?」

 ああ、そういうことか。

「いや、まあその可能性もなくはなかったけど、低いって思ってたんだ」

「え、どうしてです?」

「だって、お前みたいな娘が居るんだから、根は良い人なんだろうなって……」

 ちょっとこっぱずかしいけれども。

「……………」

「あれ、花宮?」

 引かれたかな……くさすぎて。

 まあそれでも花宮を救えたのならよかったか、なんて柄にもなく思っていると。

「陽介さん」

「お、おう……」

 この時の花宮の表情がどういうものだったのか、後になっていくら考えても俺には分からなかった。嬉しいようで、悲しいようで、少し苦しいような。

 花宮栞という少女の心の中で起きている複雑な感情の渦巻きを知る由もない俺は、ただ純粋に、単純に。

 やっぱこいつ可愛いな。

 と、思っていた。

「ありがとうございました、色々と。本当にお世話になりました」

 そう言って、深々と頭を下げる清廉な少女。

「こちらこそ、いろいろありがとうな」

 俺の言葉に姿勢を正すと、花宮は柔らかく微笑んだ。

「あ、ああ、でもアレだな……なんかここのところ、お前が居るのが普通だったから、ちょっと寂しくなるな……」

「はい……私もです。もう陽介さんを起こしてあげられないのかと思うと、少し寂しいです」

「お前は俺の嫁か」

「あはは」

 そうやって少しだけ笑い合って。

「それじゃあ、お父さんが待ちくたびれちゃうんでそろそろ……」

「ああ、元気でな。もう死のうとするなよ?」

「しませんよ、陽介さんに会えましたから」

 嬉し恥ずかし、である。

「それじゃあ陽介さん、また明日」

「ああ、また明日………って、え!?」

「ん、どうかしました?」

「……明日?」

「はい、来ますよ、普通に」

 俺は今、間違いなく、間抜けな顔をしている。

「なんで?」

「え、だって私、陽介さんの専属アドバイザーじゃないですか」

「そう……なんだ?」

 初耳も初耳だが。

「ですよ。だから、陽介さんがちゃんとデビューするまで、しっかりお付き合いさせてもらいますよ♪ では、失礼しますね」

 パタン、と。

 ドアが閉まり、俺だけが部屋に一人残される。

 そうか、なるほど、そうかそうか。

 嬉しいなんて、思ってねーよ。






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