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1.濡れタオルと見知らぬ少女

 冷たい。

 (ひたい)が。

 は?

 理解不能な状況に目を覚ます。

 目を開いて最初に視界に入ったのはいつもと変わらない天井だったが、問題はそこじゃない。

 仰向けに寝る俺の額に、濡れタオルが置かれているのだ。

 それを右手で掴み上げてまじまじとためつすがめつしてみるが、それはなんの変鉄もない、というかこの部屋にあっておかしくない俺の私物のタオルだった。

 と、いうことは。

 一瞬考えてしまった、『熱に浮かされて別の人の家に帰ってきてしまった説』の可能性は大分低くなった。

 熱で冷静な判断が出来なければ階を間違えたり、ひとつ手前の部屋に入ってしまったりというのもあるかもしれないと不安になったが、私物のタオルがあることもそうだが昨夜部屋の鍵を開けた記憶も一応あるので、その可能性は排除しても良いのかもしれない。

 じゃあ……。

 一体誰がこのタオルを俺の額に乗せたのだろう?

「あ、目が覚めましたか?」

 第三者が居なければ説明のつかない状況に、今、説明がついてしまった。

 この部屋に、俺以外の。

 庚陽介以外の誰かがいる。

 清涼感のある声に反射的に上体を起こし、それが聞こえた足元の方に目を向ける。

「あっ、すみません。驚かせちゃいましたよね」

 驚かない訳がないし、この段階に到ってもまったく状況が理解不能だ。

「なんで……」

 なんで独り暮らしの俺の部屋に、女子学生が居るんだ。

 長目の艶のある黒髪に、色白の肌に、あっさりしているが整った目鼻立ち。

「あの、すみません、勝手に上がり込んでしまって……。近くを通りかかったら酷くうなされている声が聞こえて、インターホン鳴らしたんですけど聞こえないみたいでしたし、鍵が開いていたので……」

 勝手にお邪魔してしまいました。

 と、申し訳無さそうに言う。

 俺がその少女を女子学生だと思ったのは、その服装が近隣の女子校のものだったという理由だが、やたら丁寧な大人びた対応を見ると、本当に学生かどうか疑わしくなってくる。

 コスプレか?

 だとしたらすごく怪しくなってしまうが……。

「私、(しおり)です。花宮栞(はなみやしおり)。草花の花に、お宮参りの宮、本に挟む栞で、花宮栞です」

 自己紹介が独特だ。

「近くの白羽女子(しらはねじょし)に通ってます」

 やはり俺の見立ては正しかったらしい、この栞という少女の言うことを信じるのであればだが。

 まあ疑っていても始まらないので、とりあえず会話をしてみることする。

「あ、えっと、事情は分かったけど……つまり、看病してくれてたの?」

「えと、はい……」

「見ず知らずの俺を?」

「すみません、苦しそうだったので……」

 詰問してしまったので怒ってると思われてしまったらしい。

「ごめん、怒ってるわけじゃないよ。ただ、なかなかすることじゃないなって思って」

「そう……ですよね。でも、うん……なんか放って置けなかったんです」

 それが本当なら底抜けのいい子だが、同時に変な子でもある。

「とりあえず……ありがとう。お陰様で落ち着いたみたい」

「あ、よかったです……。でもしばらく安静にしていた方がいいですよ。すごい熱だったので」

「それはどうも……」

 初対面の女の子にこんな風に心配されるというのは、どうにも変な感じだった。

「ああ、自己紹介してなかった。俺は庚陽介、一応社会人です」

「かのえ、ようすけさん? かのえって、変わった名字ですね。どういう字ですか?」

「かのえは、んー、説明が難しいな。暦的な用語なんだけど……ああ、入り口に表札があるよ」

「あ、そうですよね。後で見てみます」

「陽介は太陽の陽に厄介の介で、ようすけ」

 花宮栞と名乗った少女に合わせて自己紹介したつもりだったが、何が面白かったのか少女はクスクスと笑った。

「あっ、すみません……厄介な太陽なんて、面白いなぁと思ってしまいまして……」

 少し変わった雰囲気の少女は、感性も独特らしかった。

 自己紹介を終えると、何を話したら良いのか分からなくなってしまう。

 それは向こうも同じらしく、少しの間お互いに沈黙する。

 そして間の悪い俺の身体はその隙を逃さずに、静寂終わらせた。

 腹の虫で。

「あ、お腹空いてますか?」

「そうみたい……」

 俺は気恥ずかしくて俯くしかない。

「おかゆでいいですか?」

「え?」

 俺はその少女の言葉を直ぐに理解出来ず、疑問を返しながらも脳内で反芻していた。

「高熱ですし、消化の良いものがいいかなと……。あ、すみません、差し出がましかったですか?」

 申し訳無さそうにこちらを窺ってくる少女に、逆に申し訳なさを感じて俺は慌てて言葉を返す。

「いや、全然そんなことないよ。ただ君みたいな学生さんが料理とかするんだなって、単純に驚いたんだ」

「ああ、確かに私くらいの年頃で料理をするのは私くらいかもしれません。すみません言い過ぎました。冗談です。結構居ますよ、料理する人」

 そうなのか。

 まあ実際にその世代の彼女が言うのだから、そうなのだろう。

「まあ私は毎日家で作ってるので、慣れているというのもあります」

「へぇ、偉いね」

 俺は何気無く、普通に、ただ思ったことを口にしただけなのだが。

「偉くないですよ。ただやるしかないので。生きていく為には。それだけです」

 ぴしゃりと、少女は言う。

 彼女の何かに触れてしまった。

 これ以上の追究はどうにも躊躇われる。

 何故なら。

 花宮栞の目が、虚ろを映していたからだ。






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