12.クレープと水炊き
日曜日になって、俺――庚陽介の体調は漸く、万全とは言わないまでも8割方回復した。
それも花宮栞の甲斐甲斐しい看病あってのことだと認めざるを得ない。
「陽介さん、体調もまあまあ良くなりましたし、デートしませんか?」
だからまあ、そんな花宮の申し出に強く反発も出来ず、というかする気も起きなかったし、する意味もないが、俺と花宮は昼過ぎごろを見計らって、住んでいるマンションの最寄り駅からふた駅隣の駅を降りて徒歩10分の、ショッピングモールにやって来ていた。
俺と一緒に構内を歩く花宮の格好はと言うと、俺が寝ている間に仕入れてきたという白のワンピースに黒のアウター、そして頭の上にはワインレッドのベレー帽という、いかにも女子らしい服装だった。
そして俺は、安価が売りのチェーン店のマネキンが着ているような可もなく不可もなくの服装で、なんかオシャレ度に差がありそうで嫌だった。
最も、花宮はそんなことを気にせずさっきからずっと楽しそうなのだが。
「わー! 見てください陽介さん、あのでっかいぬいぐるみ、すっごい可愛くないですか!? はぁ、もふもふしたいなぁ……。あ、あっちにも非常に可愛いのがありますよ!」
と、どうやら可愛いもの好きというのが新たに判明した。
少し五月蠅いが、可愛いので許せなくはない。
はぁ、俺も可愛いもの好きだなぁ……いや別に、花宮のことが好きとかではないけど。
で、“可愛い”に狂喜乱舞する花宮をどうにか落ち着かせながら、とりあえず少し遅い昼食を取ろうと思い、フードコートという簡易な飲食店が円形に密集する区画へやって来た。
「さて、なに食べたい?」
全ての飲食店が一望出来る場所で隣の花宮に意見を仰いでみるが。
「………………」
何故か俯いて無言だ。
「どした? 気分でも悪いのか?」
だがしかし、花宮は横に首を振った。
じゃあなんだというのか、俺には検討もつかない。
少しの間頭を悩ませていると、花宮がついに口を開いた。
「あの、手……」
「手?」
一体手がどうしたっていうんだ?
と 、花宮に手を見てみると。
「うおあっ!?」
びっくりした。
びっくりして、つい離してしまった、花宮の手を。
テンションの高い花宮を連れてくる為に、無意識に握ってしまっていたらしい。
なんか急に大人しくなったと思ったら、そのせいだったのか……。
「すまん……無意識だったんだ。花宮と離れないようにって考えてたら、つい」
「いえ、大丈夫です……こっちこそすみません、ちょっとびっくりしちゃって。男の人と手を繋ぐの父以外では初めてだったんで」
「そっか……あー、とりあえず気を取り直して、食事するか?」
「あ、はい」
「で、何食べたい?」
「クレープが食べたいです」
クレープか。俺の中では主食の中に入らないのだが、女子には普通なのかも知れない。
「分かった、クレープな。えっと、あそこか」
そんなことよりも。
「陽介さん」
「ん?」
花宮が、手を差し出してくる。
「握っててください。私も、陽介さんと離れたくないので……」
そんなことを言って顔を赤らめた花宮が、可愛過ぎるのが問題だった。
――――――――――
昼食を終えてから花宮が観たいという映画を見て、それから夕飯の買い出しをしに食料品売り場を訪れたのだが、その間俺と花宮の手はずっと繋がれていた――のは別にいいとして。
「なんかあれですね、こうしてると恋人というより、新婚夫婦みたいですよね、私達」
「いやその台詞だと俺達恋人みたいになっちゃうから……」
「うああ、すみません、言葉の綾です」
別に悪い気はしないのだが、そこのところはキッチリしておかないと。
「私達の関係はゲストとホスト、ですよね?」
「居候と家主だが、そう言うとお前の方が立場上な感じで不思議だよな」
「あはは」
平和な時間だった。
「今日はお鍋とかどうですか? 栄養ありますし、簡単なので」
「おお、いいんじゃないか?」
「『いいんじゃないか?』って、陽介さんも食べるんですから、もう少し関心持ってくださいよ」
「ああ、ごめんごめん……」
「ホント、自分の食べるものに無頓着ですよね、陽介さんて。じゃあ水炊きにしましょう」
「へー、水炊きか。初めて食べるよ」
「そうなんですか?」
「ああ。いっつもキムチ鍋とかだからさ」
「キムチもおいしいですよね。でも陽介さん一応まだ病人なので、あっさり目に行きます」
「ありがとな、気遣ってくれて」
俺はどうにか感謝を示したかったので、右手は買い物カゴを持っているので花宮と繋いでいる左手を一度離して、花宮の頭をポンポンと撫でてやる。
まあこんなんで喜ぶわけもないと思いつつ、手を花宮に掌に戻す。
「陽介さん……」
「へ?」
「そういうの、結構反則です……」
思いの外、喜んでもらえた、のかな?
それから。
水炊きの材料を花宮が探し俺の持つカゴに入れるという作業が何度か繰り返され、全てが揃ったのを確認して、レジに向かった。
花宮が作ってくれた夕飯の水炊きを美味しく頂いて、それから花宮がお風呂に入ってる間に、俺は執筆――といっても物語ではなく、会社に提出する退職願いをしたためていた。
ネットから引っ張ってきた定型文を駆使して、あっけなく書き終えてしまった俺は、買い物中にぼそっと花宮が漏らした言葉を、反芻していた。
『お父さん、ちゃんとご飯食べてるかな……』
花宮は、まだお父さんのことを心配している。
最初は意外に思えたが、深く考えてみればそれは当然なのかもしれない。
いくら家庭内暴力――虐待を受けていたからといって、花宮栞にとって彼は唯一の肉親でお父さんなのだ。
憎んでいるわけじゃないし、ましてや死んでほしいわけじゃない。
ただ、真っ当に生きてほしいのだ。
そして出来れば優しい言葉を掛けてほしい。
花宮の想いは、きっとそんな風に思える。
じゃあ、俺が出来ることは、一体なんだ?
花宮には、もう感謝してもしてもしきれない位に恩を感じている。
その恩を、どうしたら返せるだろう?
ああ、違う。
もう恩とか、どうでもいいんだ。
俺が――庚陽介が花宮栞を助けたいんだ。
それはおこがましい想いなのかもしれないが、そう思っちゃったのは仕方のないことだ。
でもだから、俺に何が出来るというのか。
考えに考え。
思い思いに想い。
そして結局のところ。
俺は指でキーボードを叩くしかなかった。
クレープと水炊きって、絶対食べ合わせ悪いですよね……。




