デジャヴ
修士2年生の年末。
この時すでに就職先が決まり、単位も取り終え、後はテキトーに修論を書けば卒業できるという段階である。
泣いても笑っても大学生活最後の冬。
私は何をトチ狂ったか、23日から30日までの1週間、下北でのサル調査にフル参加する申し込みをしていた。
当然ながら、クマ研は一線を退いて久しく、とてもじゃないが現役バリバリの調査員についていけるだけの体力なんぞ既にない。
しかし大学生活最後の思い出づくりに、そして元から仲は悪いが修論執筆を機に本格的に険悪なムードになった指導教員のことを忘却すべく、私は下北へと向かう決意をしたのだった。
で、出発前日の22日。
というか、正確には日付は越えた23日午前2時くらい。
私は修論第一稿をようやく書き上げ、後は憎き指導教員へとメールに添付して押し付けるだけである。
文面にサル調査に参加するためしばらく音信不通になる旨を記載すれば、あの正月はきっちりと休む質の男のことだ、添削されたものが返ってくるのは1月の半ばだろう。
それまでの約半月の間、我が心にしばしの間平穏が訪れるのだ……。
「ひゃっ…………はあぁっ!!」
深夜テンションで奇声を上げつつ、私はメールの送信ボタンを押して布団へと潜り込んだのだった。
それから6時間後。
寝起きはいい方であるためきっちりと目をさまし、1週間分の荷物と調査道具一式、それと正月と併せて半月近く不在にするため実家に預けるリクガメを水槽ごと車に積める。その間にもノコノコと一緒の車で下北へ向かうトヨ(こいつは薄情なことに4日しか参加しない。暇なくせに)がやってきた。
「進捗どうですか」
「おいそのセリフやめろ……と、言いたいところだが」
「お?」
「既に第1稿は提出した! あとは返ってくるまでのんびりとサル追いかけて寝正月へと移行させてもらうぜ!」
「おお、マジか本当に書いたんか。てっきり下北でも書く羽目になると思ってたんだが」
「なんつー予想立てやがるこいつ」
「ちなみにいつ出した?」
「さっき。6時間前くらい?」
「おい5時間くらいしか寝てねーのかよ!?」
「うむ。だからお前居眠りすんなよ、ずっと話しかけて俺の居眠り運転を阻止するんだ」
「おとなしくコンビニかどっかで仮眠とってくれ!」
ゲラゲラと笑うバカ二人。
ふと、何かが引っ掛かった。
こんな会話、昔どこかで交わしたことがある気がする。
この既視感はなんだろうと運転しながら考えていると、県境を超えたあたりの積雪地帯でようやく思い出した。
「ああ、やっと思い出した」
「何」
「俺今、5年前にA先輩がやってたことと同じことしてる」
今やはるか昔に感じる5年前。
当時大学1年生である。
たとえ後輩だろうと同じ音の名前を聞くと今でも反応してしまうくらいには印象深い先輩のサンプル収集の人手として、また帰りに実家近くまで送ってくれるという甘言に乗せられ、まんまと下北サル調査に初参加することとなったあの日。
私は卒論執筆のために3時間ほどしか寝ていないA先輩の運転する車で下北へと向かったのだった。
「ついでにA先輩と同じ研究室で? 同じく指導教員と仲が悪くて?」
「修論も鳥被り? お前猛禽でA先輩キツツキだけど」
「色々被ってんなおい」
「被ってるだけでお前とA先輩が同列だと思うなよ」
「ンなこと俺が一番わかってるわ、恐れ多い」
その後はA先輩と指導教員とのバトルについて話が盛り上がり、そのテンションのまま下北へ特攻をかましたのだった。
それにしても妙な因果である。
幸いにして研究室の後輩や、研究室配属前の下級生を自分の車で下北に連れて行くわけではないためこの因果もここで断ち切れるわけだが。
……余談だが、大学が管理しているメールサーバーは5MB以上のファイルは重すぎて送信できないため、1月末になっても第1稿が返ってこず超焦ることになることを、この時はまだ知るよしもない。