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拾い物

 G大クマ研だろうがH大クマ研だろうが関係なく、我々自然科学系サークルに所属する者の習性に拾い癖がある。

 ある者は立派なキジの尾羽を拾い、ある者は研究サンプルのためにカモシカのフンを拾い、ある者は沢を泳ぐイワナを「拾って」くる。

 ……いや、イワナはともかく、M生がイワシを大量に持って帰ってきたときは意味が分からなかった。

 お前サル追いかけに山に行ったんじゃなかったか?


 ともかく、彼らの拾ってきた物を一つ一つ取り上げていってもいいのだが、ここは一つ、大学4年生の時か大学院1年生の時か、今はもう記憶は曖昧だが後輩が「大物」を拾ってきた話でも。


 その日の調査を終え、寒い寒いと拠点に帰ってきた私のもとに、佐井のS藤さんがやってきてこう尋ねたのだった。


「やまやま君、鳥捌ける?」

「はい?」


 唐突すぎて質問を理解するのに少し時間がかかった。

 鳥って、普通に鳥だよな?


「一応知識はありますし、捌くところ見たことはありますけど、実際に捌けるかっていうとちょっと自信ないです」

「うーん、そうかー」

「あ、M生なら捌けると思いますよ」


 そう伝えるとS藤さんは「じゃあM生君帰ってくるまで待機だなー」と部屋へと帰って行った。

 今までも拠点に帰ると大量の魚がお裾分けということで届けられていたことはあった。

 よもや今回はそのパターンで、クリスマスも終わり余った鶏でも届けられたのだろうかと考えながら厨房へ。



 まな板の上に横たわるヤマドリの死体に迎えられた。



「…………」

「あ、やまやまさん。お帰りなさい」

「お、おう……ただいま……」

 

先に拠点に帰還し、夕食の準備を始めていた後輩女子がトテトテとやってきた。


「えっと……なにこれ?」

「ヤマドリです!」

「ンなもん見りゃわかるわ。どうしたんだよこれ」

「死んでたので拾ってきました!」

「馬鹿かお前!?」


 その辺で死んでる鳥を拾ってくるな!!

 鳥インフルエンザの恐ろしさを知らんのかお前は!?


「いやいや、さすがの私もその辺でただ死んでる鳥なんて拾ってきませんよ」

「まな板の上のそいつを見て喋れ」

「だから違うんですって。これ、ちゃんと死因分かってますから」


 彼女曰く。

 本日の調査中、車で林道を移動中にすぐ近くの杉林から一羽の猛禽類が物凄く慌てた様子で飛び立ったという。いきなり飛び出してきたためはっきりと何の鳥かは見えなかったらしいが、おそらくはハイタカ三兄弟(クマ研内でのハイタカ・オオタカ・ツミのハイタカ属3種の通称。どいつもこいつも形も大きさも模様も似通ってて同定がむずい)のどれかとのこと。

で、気になって林の中を調べてみたら、ヤマドリの死体が転がっていたとのこと。


「多分、車に驚いて獲物を置いて逃げたんでしょうね」

「…………」


 こいつ、タカの獲物を横取りしてきやがった……。


「ご安心を。5,6時間経った調査帰りにまだ残ってたので拾ってきたんです」

「あ、そー」


 だとしても大して変わらん気がする。

 が、拾ってきてしまったものは仕方がない。

 とりあえず厨房に野生動物の死体はさすがにまずいため、足を縛って外にある凍結防止のため使用できない蛇口に吊るしておくことにした。

 あとは鳥を捌ける奴が帰ってきたらテキトーに押し付けよう。


 で、数時間後。


 その日の食材買い出しから帰ってきたところ、さっそくヤマドリの解体作業がH大クマ研有志の面々によって始められていた。

 さすがに慣れているのか手際が良く、到着した時には頭と翼は切り落とされ、羽もほぼむしり終えていた。


「手羽どうした、手羽」

「小さくて食う場所なかったんで、乾燥させて標本にしようかと」


 まあ確かに羽を毟られたヤマドリを見ると、思いのほか小さい。採卵用の雌鶏と同じくらいかそれよりも小さいかもしれん。これの手羽なんてしゃぶるくらいしかできないだろう。

 だったら、せっかく状態はいいのだから標本にでもした方が有用かもしれない。


「で、どうやって食う?」

「とりあえず、シンプルに焼いて塩付けて食べてみようかと」

「まあそれが無難か」


 やっぱり最初は素材そのものの味を楽しみたいよね。

 とは言え、やはりこのヤマドリ小さい。そのくせ試食希望者はどんどん厨房に群れていく。仕方がないこととはいえ、一人あたりの分け前はどんどん少なくなって行ってしまった。


「ええい、貴様ら邪魔だ!」


 ヤマドリを捌く横で夕食の準備をしているため、群れる連中が邪魔で邪魔で仕方がない。

 もうさっさと試食会を終わらせるべく、すでに切り落とされて骨を外されていたもも肉の処理を行うことにした。


「見た目は、まあ普通に鶏だな」

「赤みが強いかな。あと脂の色が濃い」


 強火でからりと皮を炙って脂を溶かした後、身に脂を絡ませながらじわじわと低温で焼き上げる。全体に火が通るよう酒を差してしばし蒸し焼きし、焼きあがったら薄く切って塩を軽く振る。


「……筋っぽいな」

「まあ、野生鳥獣なんてこんなもんじゃないですか」


 刃が立たないわけじゃないが、切るときの反発力が凄まじい。

 よく言えばムチムチプリプリ、悪く言えばただただ硬い。

 火を通しすぎたのかもしれないが、寄生虫とか怖いしなー。


「さ、できたぞ」


 軽く皿に盛りつけて差し出すと、池の鯉のごとくワッと集まってきて次々につまんでいく。

 私も自分用に確保していた1切れを口に含む。


「……おお、これがヤマドリ」


 やはり旨みが強い。

 噛めば噛むほど溢れ出る鶏とは別物の旨みは、強いて言うなら鴨の脂に似ているような気がするが、それよりも野趣が強い。

 そういえばヤマドリは鍋にすると美味いと調理し終えてから思い出したが、確かにこの濃い旨みは鍋にして出汁を取った方が向いているかもしれない。


「それにやっぱり硬いし……」

「筋が歯に挟まりそうっすわ」


 地上性でよく歩くヤマドリの引き締まったもも肉だというのもあるのだろうが、いつ飲めばいいのかわからん。

 次の機会があれば鍋だ、鍋。


「というわけでM生、獲って来い」

「自分で獲ってくださいよ」

「俺まだ狩猟免許取ってないもん」

「取ってくださいよ」


 いつの間にか来てヤマドリ食ってたM生に頼むも、無下に断られてしまった。

 結局、残念ながらこの日以来ヤマドリを食べる機会には巡り合えていない。

 

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