すれ違い
我々の同期にツネという友人がいる。
5年前の4月に我々と共に入学し、4年間を同じ課程・コースで勉学に励み、同じサークルで活動し、去年我々進学組に先んじて生物調査などを請け負うコンサルに就職した。
もちろん仲は良かった。
仲は良かったのだが、ツネはどうにも不思議な奴だったので、いわゆる「仲の良い大学生」とは少しイメージが違う。
何というか、自分を含む全てにおいて一線を引いて接するのだ。自信を含め客観的に物事を見るのがやけに上手いというか、そのくせ妙にマイペースで、それで卒論の指導教員とも多少揉めていたと聞く。
そして結構な人見知りで、他大学との共同調査に参加した夜の飲み会では、絶対に自分から交流の場には混じらず、「柿ピーの会」と称してひたすら柿ピーをつまみに顔見知りだけで酒を傾けるような奴だった。
そんな奴が、今年の下北に来ると聞いた時は正直驚いたものだ。
大学4年間では1度も参加しなかったくせに、どういう風の吹き回しなんだか。
しかも奴も今や立派な社会人。しかも年度末の忙しい時期に有休をとって駆けつけるというのだ。
「実際に山に入って調査する仕事についたことだし、やっぱり昔からそういうことをしてきた人の話は1度しっかりと聞いて勉強したい」
というのがツネのいう事であった。いや、昔から真面目な奴ではあったが、この姿勢には頭が上がらない。
ともかく、ツネと最後に会ったのは、5月にあったサークルOBOG同士の結婚式の2次会を兼ねた春合宿での飲み会以来だ。不思議な奴ではあったが親しい友人と久々に会えるのだ、楽しみでないわけがない。
「やまやまは今年の下北行くのか?」
「おう。ラスト3日だけど、トヨ連れて行くわ」
「おー、そうか。じゃあ俺もその時期に合わせるわ」
そんなやり取りを交わしたのが11月初めくらいだっただろうか。
久々にツネに会えると、トヨも楽しみにしていたのだった。
……しかし、やはり社会人1年生が予定通りに休暇をとるのは難しかったらしい。
「すまん、どうしても休みは調査期間中の前半部分しか取れなかった」
「あちゃー、マジか」
「お前らは前半には出れないのか?」
「俺は前半参加でも良いけど、トヨがなあ。あいつ、クリスマスに集中講義入ってやがるから」
「うわ、集中講義乙www」
しかもよくよく聞いてみれば、我々が下北へ向けて出発する日に、ツネは下北を出発して帰る予定らしい。なんというニアミス。
「集中講義は18時までだから、それから出発したらツネが帰る直前に会えるんじゃないか?」
「運転する身になれボケ。凍結路を真夜中6時間かけて行けってか」
というわけで、哀れ我々3人が珍しく一堂に会す機会はこうしてあっさり失われたのであった。
さて、時系列は下北へ向けて出発した日に戻る。
焼きそばで腹を満たし、下北で飢えている連中のために名産の馬肉を少々土産に買い、国道をひたすら走っていた時、私のケータイに着信が入った。
「トヨ、ちょっと出て」
「うい」
「誰」
「タッチーだって」
何だあの後輩、先輩が運転中に電話をかけてくるとは何事か。
凍結路の運転に神経をすり減らし、そんな理不尽な悪態を吐きながらトヨに代わりに電話に出てもらう。
「……あー、はいはい。ちょっと待ってろ」
「何て?」
「下北駅って通る?」
「通るけど?」
「何時くらい」
「そうだなあ……ここからだと3時……半かな。道路状況によりけりだけど、4時には着く」
「なんか、大鈴木さんが2時半くらいの電車で下北駅に着くから乗せて来いって、F浦さんから伝言」
「あー」
大鈴木さん、今日からか。
神戸から毎年わざわざご苦労様です。
「少し待ってもらうことになるけど了解って伝えといて」
「はいよ」
トヨに返答を任せて再び運転に集中する。
その後、1回信号でスリップしかけたが特に事故もなく下北駅で大鈴木さんを拾うことに成功。
改めて我らが本拠地である佐井村へ向けて出発――した直後であった。
トヨのケータイにメールの着信通知が来たのだ。
「あ、ツネからメール来た」
「お、何て?」
「えーと……え゛」
「え?」
「……ついさっき下北駅を出発した……って」
「……………………」
何というニアミス!!
「え、マジかよ!? あいつさっきまでその辺にいたの!?」
「らしい……うっわ、しくった……待合室ちゃんと見ればよかった……!」
「何? 友達が下北駅いたの?」
「そうらしいっす。俺らの同期なんですけど、佐井には前半参加で今日帰る予定だったらしくて」
「えー、そうなんだ。でも待合室にはそれらしい人はいなかったけどなあ」
「トイレにでも行ってたか? 何にしても惜しいことしたなあ……」
すれ違いもここまで来れば笑いの種だ。
次あいつと酒を飲む機会があったら、柿ピーでもつまみながらこのネタで笑い合いたいものである。