処刑台と少年
世の中には様々なおまじないが溢れている。
例えば、好きな人に熱烈に愛されるようになるおまじないや、また略奪愛で相手を別れさせれるなんて恐ろしいものもある。
金運アップだの、仕事運アップだの、誰かを呪うために藁人形に釘を打つのだって、一種のおまじないだ。
──まぁ、僕から言わせてみれば、あんなのはただの気休めだ。くだらない。
あんなのに頼ったら終わりだ負けだと、ついこないだまで思っていたのだが・・・。
数々のおまじないの中で1つ、目を引くものがあった。
とても魅力的な、おまじない。
それは『異世界に行くためのおまじない』というものだ。
いやいや、それこそ恋愛系のおまじないよりもよっぽど非現実的でくだらないじゃないか、と思うかもしれないが・・・僕にはそういう、いわゆる異世界への、ここじゃない何処かへの強い憧れがあった。
だからこのおまじないに惹かれたのだ。
退屈な学校生活、退屈な人生・・・この現状を打破する為にはもう違う世界に行くしかない!この世界に可能性は残されていない!
とことんそう思ってる僕は、このおまじないを試さずにはいられなかった。
「まず5cm×5cmの紙を用意します・・・か」
書いてある通りにノートの紙を定規で測り、ハサミで切り取っていった。
かなり大雑把に切ってしまったが・・・小数点第一位を四捨五入して5cmだったらそれでいいだろう。
「それで・・・六芒星を描く」
描いた。
「真ん中に”飽きた”と書く。赤い文字で書くと効果的」
書いた。
全体図を見てみるととっても嘘臭い感じがする。信憑性が低いのは元からだが、この中学生の落書き感がおまじないのクオリティを下げている気がしてならない。
もちろん、それは僕の絵が下手だからだ。
紙切れを枕の下へと置く。
この枕の上で寝て、目が覚めた時に紙が無かったら、そこはもう異世界──ということらしい。
ということで僕は早めに寝ることにする。
念のため異世界に行った時の為に、携帯と財布はポケットに入れておこう。自分が身につけておけば違う世界だとしても持っていけるはずだ──確証はないけれど。
部屋の電気を消して布団を被ってそっと目を閉じる──睡魔はすぐに訪れた。
不思議な程だった。普段夜ふかしばっかりしているというのに、この日はやけにぐっすり眠ることが出来た。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
さて、どうだろう。
いざ目を覚ましてみると、そこは異世界だっただろうか。
答えはイエスだ。
目の前にはたくさんの人間が群がっていて、誰も彼もが僕の方を見つめている。
好奇の視線だ。
その後ろに広がるのはまるで西洋の街並み。
ガイドブックでしか見たことないような景色が広がっていた。
僕の首には首かせが着けられていて、手足も拘束されていた。
左と右には屈強な男が、よく研がれた鋭い刃物を僕に向けて構えていた。
少しでも動いたら首を切られてしまいそうなくらい至近距離だった。
──完璧な処刑場だった。そして僕は罪人だった。
おい待てよ・・・異世界なんてもんじゃないぞ!
紙きれがあるないなんてレベルじゃない!!
どうして僕は処刑されようとしているんだよ!?
あれか!?紙を大雑把に切ったせいか?
それでなにか不具合が発生したのか?
そうなのか?
くそっ・・・こんなんなるんだったら元の世界で慎ましく暮らしておけば良かった!
来てそうそう命の危機かよ!
堪ったもんじゃねぇっての・・・。
「おい!動くな!」
左の大男が刃物を光らせてくる!
「うごいてませんうごいてませんうごいてません!」
怖すぎて声に自然とビブラートがかかってしまっていた。
いやだってしょうがないだろ・・・怖いもん。
それにしても・・・こんな公衆の面前に晒されて斬首刑だなんて、相当な重い罪を犯したんだな僕は・・・。
一体なにをやらかしてしまったんだろう僕は。
殺人か、放火か、はたまた窃盗か?
正直どれも僕にやる勇気は無いと思うけれど・・・。
「皆の衆!よーく聞け!」
ほら・・・言うぞ。僕の罪名。
「こいつは大変な罪を犯した愚か者だ!今からこいつを刑に処す!愚か者の最期をしっかり目に焼き付けおけ!分かったな!」
「はい!!」
応答する聴衆・・・って、おい。
罪名は?
大変な罪って、それはどんな罪だ。
「あのー、僕はどんな罪を犯したんでしょうか」
「っるせぇ!黙れや!んなもん自分で考えろ!」
バシン!!
「あぁぁぁ!すいません!」
死ぬ!死ぬ!抵抗したら死ぬ!
いや、どのみちここで死ぬ・・・けど。
しかし、自分で考えろって言われても・・・分かるわけないじゃんかそんなこと。
自分がどんな罪を犯したかも分からずに死ぬのはかなりキツイな。
それは自分がどうして死んでしまったのかを知らずに死ぬことと同義だ・・・。
だったら、どうせ死んでしまうならば──。
大男の口から罪名を聞くまでとことん抵抗してやろうか。
──そうだ。やってやろう。
齢十七──僕の最初で最後の勇気だ。
こいつらに食らわせてやる。
『いいから僕の犯した罪を早く言い上がれ、この筋肉バカ!!』──って言おう。
とても罪人のいう言葉ではないけれど・・・気持ちのいい遺言になるだろう。
覚悟を決めて、僕は大きく息を吸い込んだ。
その瞬間だった。
「いいから──うぉっ!?」
ブォン!と風を切るような大きな音──。
なんだ!?
今何かが首のあたりをかすめたような・・・。
気のせいか──?
いや・・・気のせいじゃない。
木製の首かせが真っ二つに割れている。そんな、一体いつの間に。
「なんだ!?」
屈強な男2人もたじろいでいた。
僕の首かせを切ったソレは、ビュンビュンと音を立てて僕の周りを疾風の如く動き回る。
右に左に前に後ろに・・・速すぎて分身して見えるとはこういう事なのだろう。
四方八方を囲まれているようだ。
目にも止まらぬ速さで動いている癖に、僕の手と足に取り付けられていた拘束具を破壊しつつ大男2人を倒してしまう程の手際の良さだった。
まさに読んで字の如く『一瞬』だった。
その全てはひとつ瞬きをしている間に終わってしまっていた。
僕は呆気にとられた・・・。
目の前で何が起きたのか──首かせと拘束具が取れて、僕は晴れて自由の身になった──それくらいしか分からない。
これを実行したのは何か。何者か。
人なのか?獣なのか?それ以外か?
何にしろ目に捉える事が出来なかったので、その答えは分からなかった。
観衆も同じように、何が起こったのかさっぱり理解出来ていなかったようだった。
「...行くぞ」
低い、女の声だった。
「い、行くってどこに・・・」
返答は無かった。
僕は細い腕で胸を抱き抱えられる。そして軽く担がれた。
すごい力だ。痩せ型とは言え、それなりに体重はあるはずなのに・・・。
「飛ぶぞ」
飛ぶ!?
飛ぶって、ちょ、ちょっと!?
「うわあああああああああっ!!!」
僕は空を飛んだ。
処刑場が小さく見える。人が米粒のようだ・・・。
少しだけ鳥の気分になれたことを嬉しく思えた。
だけどそれ以上に、処刑される恐怖から解放された安堵感と、新たに訪れた恐怖に押しつぶされて、耐え切れなくなり──僕は気絶した。
泡を吹いて。