映画『ロッキー(ROCKY)』(1976)は面白かったのか?
『ロッキー』の正当後継作品『クリード/チャンプを継ぐ男』(2015)でシルベスタ・スタローンが助演男優賞にノミネートされました。
惜しくも逃したもののシュワルツネッガーに「俺にとってはおまえが勝者だ」と言われたというニュースもありましたね。
第一作目の『ロッキー』。この作品内でも彼は本当の意味でチャンプに勝利したわけではない。おそらく、そういう捻りで言った言葉なのではないかとも推測できる。
以前、自らを“消耗品”と言ったスタローン。
昔は日本でもハムなんかのCMとか出てましたが妙に大衆に近さを感じさせる俳優であります。テレビでスタローンの映画なんかやってると面白いか面白くないかは別にしてなんか安心感があったりしますからね(笑) 各は違えどサー・マイケル・ケインに似たスタンスを感じて好感が持ててしまうのです。
どもペイザンヌです。
年に数回は観てしまう映画。 それが、
『ロッキー』全裸で
(ノ-_-)ノ~┻━┻ Σ(ノд<)
たいへん失礼致しました……(意味不明の方は前々回『映画、フルモンティは面白かったのか?』を参照ください)
……それが、『ロッキー』です。わかりやすいし、安心できるし、ともかく一度見出すと思わず最後まで観てしまう。
『チャンプ』や、『シンデレラ・マン』、『ザ・ファイター』など、ボクシング映画も数あるがなんというのか『ロッキー』には手作りの肉声感があるのね。
ご存知かもしれませんが、主演、脚本のシルベスタ・スタローンは、それまで役者として五十回以上オーディションに落とされまくり、ポルノやゲテモノ映画や、果ては動物園の檻掃除などで食いつなぐ生活をしていた役者です。
当時、『イージー・ライダー』等、低予算ニューシネマ全盛の時代。
「オレに合う映画がなけりゃ自分で書けばいいじゃん」
てなわけで、スタローンは意気込んで脚本を書いてみるもののこれも三十本以上がボツ。資金を出してくれる製作会社などなかった。
(ちなみに『ロッキー』以前にスタローンは『ジョー』というヒッピー映画も撮ったらしいです)
プロデューサーはMGM倒産後、ユナイテッド・アーティストを立ち上げたばかりのアーウィン・ウィンクラーとロバート・チャートフ。
こちらも賭け。
監督ジョン・G・アビルドセンもこれまた低予算ポルノ出身。
おまけにスタローンは「低ギャラで構わないから俺に主演させろ!」 と、どうしても引かない。
結局のところ全ての人たちが窮地に追い込まれ、『ロッキー』のストーリーとテーマ曲同様、“Gonna Fly”しようとしていたわけである。
何回も見直してと、つくづくいい脚本だにゃ、と思う。
どう考えても惚れてしまうとは思えない、タリア・シャイアが演じるエイドリアン。ラストで「ぇぃどぅりうぁーん」名前を何度も何度も呼ぶシーンはもはやどうしてもエイドリアンという名前でなければならなかったような気さえする。きっとキャサリンであってもエリザベスであっても何かが違うに違いない(ザ・結果論)。
彼女に、これまた決して美男子とはいえないロッキーがぞっこんになる。 ものすごく身近だ。私が一番好きなシーンは閉店前のスケートリンクを無理を言って十分だけ滑らせてもらうシーン。
ロッキーは一人ではしゃいでるがエイドリアンは楽しいんだか楽しくないんだかみたいな「あいたたた……」な状況で、お互いのことを語り合う。んで、館員は「あと、五分!……三分!」とせかす。実はこのシーンも本来、満員のスケート場を借りる予定が予算がなかったらしい(笑)
しかし、不思議なものでそのおかげで、あの味わいのあるシーンができたのだから何が災い転ずるかわからないもんだなと。
忘れてしまいがちだが、いいシーンだな、と思える場面は他にも結構あったりする。
生活のため、借金取りをしてるロッキーが情に負けて「指を折ったことにしとくから、今度から包帯してろよ」と言う場面。
テレビに出ている世界チャンプにバーテンが「あんなのたいしたこたねぇよ」と毒づくのに対しロッキーは「実力があるからチャンピオンになったんだ。あんた、一度でも努力したことあるか?」と、ひねくれず認めるシーン。
カメを相手にジョークの練習をしてるシーンてのもあったな。(笑)
エイドリアンをアパートに連れてきたが、ロッキーは帰したくない。「兄が心配するから」 というエイドリアンに対し、電話がないもんだから窓を開けて叫ぶロッキー。「妹はここいるから心配するな!」みたいなシーン。
などなど、わりかし細かいところまで主人公の性格を表す配慮が行き届いている。
まさにボクサーのごとく贅肉をカットし、意味のない場面がほとんどない。
かの有名な市場を走り抜けるシーンはスタローンが無名のため、皆、本物のボクサーだと思っていたとか。
「がんばれよ!」とスタローンに林檎を投げる人がいるのだが、あれは演出ではなく、これまた偶然の産物らしい。
おそらくこの映画に血肉のパワーを感じとったのはそのへんの偶然が積み重なったものなんだろうなとも思う。
『寅さん』に出てきてもおかしくないようなエイドリアンの兄、ポーリーやら、これまた日本橋の路上で将棋でも打ってそうなトレーナーのミッキーなど、邦画の人情ものなどを思い出させる。
そういえば、エミネムの『8mile』なんかも、この映画のオマージュみたいなストーリーでしたな。これも大好きな作品であります。
そもそも『ロッキー』の物語というのはモハメド・アリと無名の三流ボクサー、チャック・ウェプナーの試合をもとにされている。
もともと余興のつもりの試合だったが、三十六歳、ハゲで体に締まりもないウェプナーはとうとうアリのパンチに最終ラウンドまで倒れることがなかったという。その試合をたまたま見ていたのがスタローンだったというからこれまた運命的なものを感じますね。
余談ですが、カメラを体に装着して撮影を行う“ステディカム”が使われたのはこの映画が史上初らしいです。
ちなみに、私が個人的に認めてるのは三部作(『ロッキー3』まで)です。あとのは、なかったことに……しません?(笑)
目新しさというよりは、脚本の基本中基本が詰まりまくっている。 だからやっぱり幹が太いんすよね。何度も観てしまうのはこういう映画は何度観ても新しい発見があるからに他ならない 。
『ロッキー』はその年の対抗馬『タクシー・ドライバー』をK.O.し、見事'76アカデミーの作品賞、そして戦友アビルドセンも監督賞を獲得。
スタローン自身は惜しくもオスカー獲得とはならなかったがは主演男優賞と脚本賞にノミネート。
これはまるで冒頭に書いた今年の授賞式のようではないか。
あと一歩のところで獲得はならない。
それでも彼は大衆を常に焚き付ける、“庶民たちのチャンプ”なのである。
翌年'77『スター・ウォーズ』公開。
ニューシネマの時代は幕を閉じる──
【本作からの枝分かれ映画、勝手に三選】
★『カリフォルニア・ドールズ』(1981)
……『ロッキー』を観ているとなせかいつも潜在意識の中で思い出す映画。ホントに幼い頃に映画館に連れられて行って観たのですが話の筋も何も分からないはずなのに妙に興奮したのを覚えてます。本土ではラストシーンで拍手大喝采が起こったと云われてます。ボクシングではなく“コロンボ”のピーター・フォーク演じる嘘くさくもやり手のマネージャーと二人の美人女子プロレスラーのドサ回りロードムービー。黒澤明や蓮見重彦が大絶賛した一本と先程読んで近いうちにがぜんもう一度観たくなりました。
★『リアル・スティール』(2011)
……人間よりも派手なファイトを見せる近未来の『ロボット格闘技』映画。人生に行き詰まった主人公と廃品所で朽ち捨てられていたロボット“アトム”との負け犬タッグで王者ロボット“ゼウス”に挑む! なかなか理屈抜きに楽しめました。TVドラマの『ミステリー・ゾーン』(トワイライト・ゾーン)に『スティール』という、やはりロボット拳闘の近未来を描いた秀策があるのですが、これがもとになったのではと私は思っております。こちらは…怖いです、ホントに。
★『シンデレラ・マン』(2005)
……これもアメブロにて“涙がこらえきれなかった一本”に選ばせて頂きました。ボクサーとして華やかな経歴を持つ主人公ですが大恐慌により突然ドン底の生活に叩き落とされてしまいます。家族離ればなれにならないように彼はひっしで働き再度チャンスに向けて勝負をかける……とあらすじで書くとベタベタなんですがね。ラッセル・クロウ演じる主人公に忍び寄る不幸があまりにも可哀想で、そして彼があまりにも“ひたむき“なんですよ。これぞ“よくあるあらすじ”に騙されないで実際に観てみてほしい一本ですね。