五
「うーん……。」
僕は、昨日の事件現場の内装をじっくりと見ていた。
靴箱、テレビ、机、椅子、トロフィー、食器、調味料……。何を見ても、奇妙な違和感が残った。
遺体と血の付いたトロフィーはもう回収されている代わりに、人型に囲われた縄と円形に囲われた縄があった。これが、遺体のあった場所と凶器のあった場所か。
机と二つだけ荒れた椅子は変わらない。ここの住民が言うには、五時付近では争ったような音は聞こえなかったらしい。
今、現時点で捜査されているのは、アリバイのない森川一郎だろう。だが、彼と被害者は、話によればそんな仲ではなかったはずだ。それに、家賃回収時も家に入らないという。
状況判断だけで言えば、彼がもっとも犯人ではないといえる。
では、後の二人はどうだ。河本かんなと橋本雄大は、被害者の彼女と同僚。二人とも、部屋にはいることなんて、普通にあるはずだ。また、河本かんなはDVを受け、橋本雄大は頭に血が上りやすい。二人ともが殺す可能性は十分にある。
でも、どうやって? そもそも、殺害方法が分からないのだ。頭を強打して死亡したのは分かる。だが、トロフィーには指紋がない。
「あの、トロフィーには指紋はなかったんですよね?」
「はい。それどころか、繊維すらありませんでしたよ。」
「うーん……。」
つまり、このトロフィーは触れられていないということになる。だが、傷は二つ。頭頂部と側頭部。一回の落下で、二つの傷をつけるのは不可能だ。
側頭部はまだ、理解できる。だが、頭頂部の傷は何だ? どうやって、ついた?
「この現場以外で、血痕のあるところはないんですよね?」
「はい、全部見て回りましたけど、どこにも。おそらく、ここで傷ついたのかと。」
よくよく考えてみれば、頭頂部をぶつけるなんてことは、まずないはずだ。やはり、人為的なものになる。犯人は、何で傷つけたんだ?
そもそも、何故殺した?
「……何かこれ、気持ち悪くないですか?」
「どうしました? 今頃、血に恐れをなしました?」
「……もしかして、ジョークで怒ってます?」
「私、不真面目な人嫌いなので。」
「あぁ……。」
まぁ、海崎さんが上司になってしまったなら、そんな思考になるだろう。捜査のためになるとはいえ、探偵に頼りっきり。確かに、嫌いにはなる。
「いや、そうじゃなくて、トロフィーですよ。」
「何が気持ち悪いのですか?」
「シンメトリーじゃないんです。」
「シンメトリー?」
「はい。」
食器も高さが揃えられ、靴箱も左右対称にピッタリと整えられ、調味料も、おそらくは、テレビもシンメトリーに置かれているのだ。
テレビは角に斜めに置かれていて、おそらく計れば、角からテレビの端までの距離が一定になっているだろう。洗面所は見ていないが、タオルなどはシンメトリーになっているはず。
「ほら、トロフィーは、八個なのにも関わらず、五、三に分けられているんです。この被害者なら、四、四で分けるはずなのに。おかしくないですか?」
「……確かに、それは変に聞こえますね。ですが、それはあくまで予想ですし、被害者は五個と三個に分けただけなのでは?」
「いえ、この五個の並べ方と三個の並べ方を見れば、どうしておかしいのかが分かります。」
トロフィーが五個並べられている棚のトロフィーの置き方は、四隅に四個、真ん中に一個。今、二個並んでいる棚の置き方は、奥の隅に二つ。
「もし、あのトロフィーが落ちたのであれば、トロフィーのあった場所は、手前の左隅です。どうです?」
「それって、まさか……」
「えぇ、この現場からすれば、こう考えるしかないんですよ。被害者が死んだのは事故。そして、被害者が殴られたトロフィーと死因のトロフィーは違って、一個は持ち去られたって。」
トロフィーが八個であれば、あの並びはおかしい。でも、“九個”であれば、五個と四個となって、自然な並びへと変わるのだ。
「でも、それは意見が飛躍しすぎてないですか? ないものをあると言っているのですし。」
「確かに、その可能性のが高いでしょう。しかし、こんな現場にですと、そう考えざるをえないんです。」
「なるほど……ちゃんと考えてはいるのですね。見直しました。」
「そりゃ、そうでしょう……。」
だがまぁ、優花刑事が言っていることは事実だ。これは、意見が飛躍しすぎている。確証も少ないし、何よりも、想像の範囲を出ないのである。
「うーん、もし、河本かんな、橋本雄大の二人が犯人であれば、トロフィーの数なんて嘘つかれますし、そもそも、そんなの覚えてないという確率が高いんですよね……。とりあえず、移動します。」
「はい、次はどこに?」
「河本かんなさんのところです。」
僕らは、事件現場から離れると、昨日のように河本かんなのところへ向かった。
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「そういえば、優花刑事。どうして、凛さんは捜査に参加できるのですか?」
移動中、僕は優花刑事に聞いてみた。刑事というのは、どうも言いづらい。
「さんでいいです。聞き苦しいですし。凛先生から、何も聞いてないのですか?」
「はい、助手になってから、二、三時間で事件に駆り出されたので……。」
「なら、教えときましょう。凛先生は、正確に言えば、刑事さんなんです。」
「え!?」
「特別事件捜査一課という公式でありますが、架空の部署の刑事なんです。」
「どうしてそんなことに? それなら、探偵なんて出来ないのでは?」
「……凛先生は、別に本当の刑事ではないのです。あまりの有能さに、警察が利用してるにすぎません。ですから、架空の部署なんです。」
「……そんなの、凛さんは認めたのですか?」
「そうみたいですね。何か、他の理由があったと聞きますけど。」
「……。」
昨日初めてあった人ではあるが、ここまで謎な人に会うのもそうはないだろう。彼女が何を思って、こんな面倒な役を引き受けているのか。全く、分からなくなっていた。
だが、とりあえず、どうして彼女があそこまで自然に事件現場に入ることが出来たのかは理解出来た。
「で、河本かんなのところに行って、何を聞くのですか?」
「聞くというか……ただ、僕の仮説を元として昨日の行動を踏まえれば、彼女が犯人であることは間違いないのです。」
「……あの、ちょっと待ってください。あの事件現場で、五時頃に背の高い男が侵入したのを見たって話、聞いてませんか?」
「え!? そんな話が!?」
「はい。周辺住民から得ることが出来ましたよ。」
それはおそらく、橋本雄大だろう。アリバイの外の時間。それであれば、何とか殺すことは可能なはずだ。よくよく考えてみれば、トロフィーがもう一つ存在してしまった場合、殺害方法や隠蔽方法は無限に広がってしまう。
……八方塞がりということなのか。確固とした証拠もないのだから、家宅捜索なんて強引なことは出来ないし、何より、そんな証拠品、残してある訳がない。
「どうします? 行きます?」
「……じっくり、考えさせてください。」
河本かんなか、橋本雄大か、どちらに向かえばいいのか? 僕の頭に、様々な疑問が駆け巡った。 もし、犯人と別のところに向かえば、おそらく犯人に警戒されるであろう。あの二人は共犯でないにしろ、結託しているはずだ。
いや……違う。警戒されない。バイトとか、昨日のことで今日が何なのか、忘れていた。
「河本かんなのところに向かいましょう。」
「何故です?」
「すっかり忘れてましたけど、今日は月曜でしたね。橋本雄大は仕事中なはずです。メールをしたとしても、対策は不可能なはずです。」
「なら、河本かんなもいないのでは?」
「そうかもしれません。しかし、彼女は近しい人を亡くしたのです。有休なりなんなりと取っているはずです。」
「なるほど……なら、このまま河本かんなのところに向かいましょう。」