三
「ね、私がこのような試験をする理由が分かったでしょ?」
「えぇ、確かに、あれはダメですね……。」
あれから四、五人の面接が終えられてから、ちょうど面接は全て完了したようで、再び僕は彼女と話をしていた。
面接に来ていた人は、確かに酷かった。ある人はありえもしない理想を切々と語り、ある人は黙り続け、ある人は好きなものだか趣味だかを聞いていた。確かに、こんなのに来られたら困るよな。というか、最後のは、もう合コンじゃないか。
「そういえば、あの試験の模範解答は何だったのですか?」
「あぁ、本からの考察が一つ、条件からが二つよ。まぁ、本来の解答は、本からは何故、探偵という職業に関係のない専門書があるのか、条件からが何故男なのかとがっしりとしている必要があるか、だったんだけどね。まぁ、君の見方は面白い切り口だったよ。」
「模範解答ではなかったのですね。」
「うん、まさか、考え方と本を結び付けられるとは思わなかったし、結婚から条件を攻められるとは思わなかった。ま、合っていることには代わりないから。」
僕は今一度、専門書を見てみた。よく見ると、その中には、心理学についてや毒物について、人間の記憶についての本の他、占いや小説の書き方なんてものもある。確かに、これを表に出してるのはおかしいな。
この試験は、問題の解決と言うより、異変の察知が目的だったのか。僕はもっと簡単に考えればよかったのかもしれない。
「そうそう。あと、私が女だと知って来た奴もいたけど、そいつは問答無用でアウトにしたわ。君の前にいた彼がそうだったよ。」
「……あぁ、あの泣いていた人。」
彼は、その事実を知っていたのか。それはともかく、ならどうして、この事実を知っていた人は問答無用で失格だったのだろうか。
何か、重大な理由があるのだろうか。それとも、そういう人は他の矛盾を見つけないのだろうか……。
「それで、君がこれから住む部屋なんだけど……」
「え?」
「え?」
僕が住む部屋? 一体、この人は何を行ってるんだ? ちょっとよく分からないのだが……。
「もしかして、君、条件をよく読んでなかった?」
「え、どういうことですか?」
「ほら。」
僕は、改めて条件に目を通してみた。
男性であること、がっしりとしていること、大学生、もしくは大学を出ていること。“住み込みで働くこと、探偵の家事労働をすること”
「え? 住み込み?」
「うん、だから、私が女と知って来た馬鹿野郎は追い返したの。」
「あぁ、なるほど……」
それ以外の人は、男性と思っているから下心はないが、その事実を知っている人は、下心全開だったというわけだな。もしかすると、僕の直前の男は、柳沢さんを口説こうとでもしていたのかもしれない。この人、結構キレイだし。
「というかそれ、用心棒じゃなくて執事じゃないですか。」
「まぁ、それもそうだけど。う~ん、これを解決してないと困るな……。立花君、君は、料理は出来るの?」
「一人暮らしの上に、仕事で家にいない親の代わりに妹のお守りをしていた僕の家事スキル、馬鹿にしないでください。」
「なら、合格じゃない。」
「いやいや、問題はそっちじゃないでしょ。あなたの家に、見知って一日の男が上がると言う意味が分かりますか?」
問題はこっちである。僕は、別にそこまで性欲が強いわけではないが、僕は一応、男だ。もし、理性が消えたら、そのときは保証出来ない。そんなんで犯罪者なんて、勘弁な話だ。
「いや、むしろ分かっていないのはそっちだと思うけど。」
「は? 何を?」
「家賃はただだよ。」
「お願いします。是非、住まわせてください。」
ただの魅了には勝てなかった。そりゃそうだ。こちとら、節約に苦労しているのである。少しでも、負担は楽にしたいのだ。
家賃ただ、月収もいい。ここまで厚待遇だと、何かあるのではないかと疑ってしまう。まぁ、別に、何かあってもそこまで問題ないとは思うが。
「さて、仕事内容に入らせてもらうよ。一応、この柳沢探偵事務所には、浮気調査や探し物、探し人の依頼など、さまざまな依頼がある。でも、たまに面倒なものがあるの。」
「何ですか?」
「警察から事件が持ってこられる。」
「……それって、まずいのでは?」
「本当はね。でも、ちょっとした諸事情の結果、私は特例みたいになっちゃって。それで、たまに殺人事件とかの依頼が入る。そのときは、私を助けてね。」
「はい、分かってますよ。」
「それはよかった。いつも、あのボンクラか優花たゃんのどちらだったから。優花ちゃん一人では、ボンクラのフォローは出来ないし。」
ボンクラと優花ちゃんって誰だ? ボンクラって、変な人がいつも近くにいるのか? それはそれで心配なんだけど。あと、ここに来る警察の人はどんな人なのだろうか。
「あ、そういえば、柳沢さん。給料が妙に高いのですけど、あれの資金源は何ですか?」
「私ね、株やってて、結構稼いでるの。」
「株ですか!?」
「うん。そこの本棚に経済についての専門書が複数あるはずよ。それと、徹底的に調べたり、時代の流れを踏んで買ってるの。」
「それは凄いですね……。」
それって、探偵という職業がほとんど意味をなさないのでは、という質問は止めておこう。多分、柳沢さんにとって、探偵というのは、趣味に近いもののはずだ。それでも、刑事事件に首突っ込めるのは凄いけど。
「ねぇ、立花君。」
「何ですか?」
「お願いなんだけど、私のこと、名字じゃなくて、名前で呼んでくれない?」
「何故です?」
「いや、そっちの方が慣れてるから。」
「あ、そうなんですか。分かりましたよ、凛さん。」
確かに、柳沢さんよりも凛さんの方が呼びやすいな。まぁ、僕の場合は、立花さんの方が呼びやすいんだけどね。宗良って、中々キツいんだよな、あだ名にもされづらかったし。
何か、名前で呼んだ瞬間、少しだけ口角が上がったのは、僕の気のせいだったのだろうか。
「さてと、じゃあ、早速、家を紹介するから、簡単に荷物を持ってきなさい。あなたの部屋に案内するから。」
「分かりました。では、すぐに行ってきます。」
そう言って、僕が扉に手を掛けた時だった。扉が急に開いて、一人の男がものすごい勢いで入ってきたのだ。扉はこちらから見て、引き戸。僕は、思いっきり扉と衝突した。
「凛!! 会いたかったよ!!」
「ちっ、まさか、このタイミングで来るなんて……」
その男は、凛さんを親密そうに呼び捨てしていたが、凛さんは至極嫌そうな顔つきだった。そいつは、スーツで身を固めた、妙に迫力のある男だ。
「そんなことを言うなよ、凛。俺とお前の仲だろ?」
「あんたと何かの仲になった覚えはないわ。てか、あんたのせいでこんな面倒な立場になってるんじゃないの、このボンクラが。」
「ボンクラは止めてくれって言ってるだろ。俺には、海崎浩介という名前があるんだからさ。浩介って呼んでくれよ。」
「黙れ、ボンクラ。」
どうも、この人がボンクラらしい。ということは、警察の人ということだ。すなわち、それは一つのことを意味していた。
僕は、ふらふらになりながらも立ち上がった。
「あの、海崎さん。何か、事件があったのですか?」
「……誰、こいつ。凛の依頼人?」
僕がそう聞くと、海崎さんは怪訝な顔で、僕を睨んだ。そりゃ、一般市民がそんなことを聞いたら、こんな表情になるだろう。まぁ、僕はもう、凛さんの関係者なんだけど。
「いや、私の助手だよ。今日から、住み込みで来てもらったの。」
「住み込み!? 凛、君は何を言っているのか分かってるのか!? こんな冴えなそうな男でも、一応は男なんだぞ!? 飢えた獣なんだぞ!?」
「あんたよりはマシよ。とりあえず、何が起きたのか言いなさい。」
「……何かあったら、すぐに俺を呼べよ。いつでも、助けにくるから。」
海崎さんはそう言ってから僕を睨んだ。冴えなそうな男で悪かったですねぇ。まぁ、確かに、それは否定しないけど。
だが、僕は、確かに、凛さんがこう言うのを聞いた。あんたに助けを呼ぶなら襲われた方がマシよ、って。これ、相当嫌われてるな、あの人。
「で、何が起きたの?」
「殺人事件だよ。」
「また? 今月で二件目じゃない。まぁ、分かってたけど。で、場所はどこ?」