二
彼の目付きがキツいものへと変わる。それは、自分の職業を否定されたのだから、当たり前だろう。しかし、ここで引くわけにもいくまい。
「どういうことだ?」
「だって、おかしいじゃないですか。ここの本棚って、種類別に分かれてますよね?」
「あぁ、その通りだ。で、それがどうした?」
「僕が予想するに、右の本棚には専門書が、正面の本棚には小説が、そして、左の本棚には“一般向けの”専門書が置かれてますよね?」
「あぁ、そうだが。」
「なら、どうして、人助けを目的としているあなたが、一般向けの専門書の“黒い”ブックカバーの本を持っているのですか? あれって、どんな専門書であれ、自分がのしあがるための本なはずなのですけど。」
従来の普通の専門書であれば、暗色系のブックカバーだ。それは問題ない。小説も、黒いブックカバーなんてザラにある。だが、一般向けの専門書は、優しさを表すために暖色系の色彩のブックカバーであることが多いのだ。
逆に、黒いブックカバーであれば、それは、心理的な知識の使用法、もしくは、危険な毒物等のマイナスなことしか書かれることが多いのである。あくまで、目安ではあるが、基準には充分だ。
「ふむ……それを言われると耳が痛いな。実は、少し見栄を張ったのだ。それについては、謝るよ。私も、楽にお金は稼ぎたいさ。それで、他にもあるのか?」
「えぇ、ありますけど、いいですか?」
「あぁ、構わない。どんどん来たまえ。」
「なら、条件が何故、男性でがっしりとした人なのですか?」
「助手、かつ用心棒のような人物が欲しいからだが。」
「おかしいですねぇ。まず、どうして助手がほしいのに女性ではなく、男性だったのですか?」
「ふむ。妻に浮気などを疑われたくないからな。」
「なら、何故、結婚指輪を着けていないのです? あなたは探偵です。指輪を着けていても何の支障もない職です。そこまで愛妻家なら、着けているはずですけど。」
そうである。彼は、結婚していると言う割には、指輪を着けていないのだ。普通の人であれば、着けているだろうし、これまでの言動からすれば、着けていないのはおかしい。
「……他には?」
「それに、男性女性を除いたとしても、用心棒のような人が欲しいなら、条件はがっしりとした人ではなく、何らかの格闘技の経験があるか、というものになるはずです。」
「あぁ、それについてはな、少し、打ち間違えてしまったのだよ。変えようにも、時間がなくてな。」
「探偵にしては、随分とお粗末な嘘ですね。紙の状態を見れば、少なくとも二、三日前からあったはずです。その間に紙を変えることぐらい、容易いですよ。ましてや、探偵という職業は常に忙しいわけではないでしょう?」
「……。」
相手がどんなに忙しい人であったとしても、そこまで時間がなくなることは、まずありえないのである。ましてや、修正箇所は少ないのだから、寝る前にでも出来ることだ。
それに、貼り紙は、真ん中は真新しかったが、端っこが擦りきれていた。あれは、貼って一日でなるものではない。最低でも、二、三日は必要なはずである。あくまで、仮説ではあるが。
「……他には?」
「それは、肯定と捉えてよろしいですか?」
「好きに捉えろ。で、他にあるのか?」
「そうですね……。」
もう、このまま行くしかない。とりあえず、相手の化けの皮を剥ぐしかないのである。何せ、これを終えたら帰らなくてはならないと脅されているのだから、やることはやらなくては。
ただし、ネタはもう、残り一つ。ただ、これでチェックメイトになる、というか、そうでなくては僕の敗けだ。
どれが勝ちで、どれが敗けなのかは知らない。だが、ここが勝負どころなのであろう。
「さっき、あなたは、楽にお金儲けがしたいと言っていました。しかし、それは探偵という職業、この雇う条件において、ズレがあります。もし、楽にお金を稼ぐなら、あなたは管理職になるはずですし、僕らのような雇われる側に、好条件を出すわけがありません。もう、あなたの行動と言動は、矛盾しているんです。」
「……。」
少しの間、沈黙が続く。僕は、もう出すだけは出しきった。おそらく、これであろうということをやってのけた。何気なく聞いたことをまとめて、何とか凌げた。
今の言葉なんて、この目の前の男は、いくらでも否定できるのだ。言い方次第では、僕を打ち負かすことも可能かも知れない。そうなったら、僕は地獄行き確定だろうし、むしろ、この確率のが高い。
僕は、死刑宣告の時を、ジッと待っていた。そして、執行人が口を開いた。
「……合格だな。」
「……え?」
「いやぁ、見事だったよ。私がこの部屋や条件に仕掛けた矛盾を全て明かした上に、最後に言葉まで責めるなんて。うん、上出来だよ。」
「え、仕掛けた? というか、合格なんですか?」
「あぁ、合格だ。君は、見事に試験をクリアしたのだよ。」
「合……格……。よっし!!」
「はははっ、喜んでもらえて嬉しいよ。」
よし、これで、何とか生きていける。家賃も払えるだろうし、上手くやりくりすれば、貯金も出来るであろう。
人生の道がようやく開けた気がして、ほっと一息つくことが出来た。自分の運の強さに感謝しよう。もし、好きなものはとか聞いてしまってたら、問答無用にアウトだっただろうし。
「ふむ、これからの仲間に嘘をつくのは失礼だな……。立花君、ちょっと後ろを向きなさい。」
「え? 分かりましたけど……」
僕が後ろを向くと、突然、服を脱ぐ音が聞こえた。こんなタイミングで着替えって、一体どういうことだろうか。というか、あの面接中に聞いたことは、どれだけが嘘だったのか、聞いてなかったな。
前を向いたときにでも聞いておくとしようか。
「もういいよ。」
「はぁ、……あれ?」
柳沢さんの声を聞いた時、ふと、違和感を感じた。さっきまでの声と、明らかに違う。声が、高くなっている。そして、前を向くと、そこには華奢で神経質そうな男の姿はなく、肩口まで髪を伸ばした美女が、立っていた。
「あ……え?」
「はははっ、驚いたでしょう? 人間は、人を髪型や服装で判断するからね。男性らしい髪型でスーツを着て、あとはメイクで誤魔化せば、性別を倒錯させることが出来るの。まぁ、胸も潰さなくてはならないけど。ちなみに、声は声帯模写だよ。」
彼、もとい彼女は、変装道具であろうものを端によけると、再びソファーに座り込んだ。変装道具の中には、カツラやスーツ、靴まであった。おそらく、シークレットシューズという代物であろう。
たまに、男性と気付かない女装があるが、それの女性版というわけか。
「さて、改めて“正式な”自己紹介よ。私は、柳沢凛。趣味は読書ね。まぁ、君が論破したけど、独身だよ。よろしくね。」
「はぁ、よろしくお願いします……。」
僕は、柳沢さんと握手を交わした。最後の情報、必要だったのだろうか。何か、合コンの挨拶みたいになっていたのだが……。
そんなことを考えていると、ノック音が聞こえた。
「あぁ、まだ面接は全部終わった訳ではなかったね。君は、あそこのトイレで隠れてて。」
「分かりました。」
僕がトイレに向かうと、また着替える音が聞こえた。おそらく、あれも含めて試験だったのだろう。一応、僕は情報集めに徹したが、他の人はどうなのだろうか。
僕は、トイレで隠れながら、ひっそりと、様子を伺った。