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変装探偵 柳沢凛   作者: 神楽屋
プロローグ
2/16

彼の目付きがキツいものへと変わる。それは、自分の職業を否定されたのだから、当たり前だろう。しかし、ここで引くわけにもいくまい。


「どういうことだ?」

「だって、おかしいじゃないですか。ここの本棚って、種類別に分かれてますよね?」

「あぁ、その通りだ。で、それがどうした?」

「僕が予想するに、右の本棚には専門書が、正面の本棚には小説が、そして、左の本棚には“一般向けの”専門書が置かれてますよね?」

「あぁ、そうだが。」

「なら、どうして、人助けを目的としているあなたが、一般向けの専門書の“黒い”ブックカバーの本を持っているのですか? あれって、どんな専門書であれ、自分がのしあがるための本なはずなのですけど。」


従来の普通の専門書であれば、暗色系のブックカバーだ。それは問題ない。小説も、黒いブックカバーなんてザラにある。だが、一般向けの専門書は、優しさを表すために暖色系の色彩のブックカバーであることが多いのだ。


逆に、黒いブックカバーであれば、それは、心理的な知識の使用法、もしくは、危険な毒物等のマイナスなことしか書かれることが多いのである。あくまで、目安ではあるが、基準には充分だ。


「ふむ……それを言われると耳が痛いな。実は、少し見栄を張ったのだ。それについては、謝るよ。私も、楽にお金は稼ぎたいさ。それで、他にもあるのか?」

「えぇ、ありますけど、いいですか?」

「あぁ、構わない。どんどん来たまえ。」

「なら、条件が何故、男性でがっしりとした人なのですか?」

「助手、かつ用心棒のような人物が欲しいからだが。」

「おかしいですねぇ。まず、どうして助手がほしいのに女性ではなく、男性だったのですか?」

「ふむ。妻に浮気などを疑われたくないからな。」

「なら、何故、結婚指輪を着けていないのです? あなたは探偵です。指輪を着けていても何の支障もない職です。そこまで愛妻家なら、着けているはずですけど。」


そうである。彼は、結婚していると言う割には、指輪を着けていないのだ。普通の人であれば、着けているだろうし、これまでの言動からすれば、着けていないのはおかしい。


「……他には?」

「それに、男性女性を除いたとしても、用心棒のような人が欲しいなら、条件はがっしりとした人ではなく、何らかの格闘技の経験があるか、というものになるはずです。」

「あぁ、それについてはな、少し、打ち間違えてしまったのだよ。変えようにも、時間がなくてな。」

「探偵にしては、随分とお粗末な嘘ですね。紙の状態を見れば、少なくとも二、三日前からあったはずです。その間に紙を変えることぐらい、容易いですよ。ましてや、探偵という職業は常に忙しいわけではないでしょう?」

「……。」


相手がどんなに忙しい人であったとしても、そこまで時間がなくなることは、まずありえないのである。ましてや、修正箇所は少ないのだから、寝る前にでも出来ることだ。


それに、貼り紙は、真ん中は真新しかったが、端っこが擦りきれていた。あれは、貼って一日でなるものではない。最低でも、二、三日は必要なはずである。あくまで、仮説ではあるが。


「……他には?」

「それは、肯定と捉えてよろしいですか?」

「好きに捉えろ。で、他にあるのか?」

「そうですね……。」


もう、このまま行くしかない。とりあえず、相手の化けの皮を剥ぐしかないのである。何せ、これを終えたら帰らなくてはならないと脅されているのだから、やることはやらなくては。


ただし、ネタはもう、残り一つ。ただ、これでチェックメイトになる、というか、そうでなくては僕の敗けだ。


どれが勝ちで、どれが敗けなのかは知らない。だが、ここが勝負どころなのであろう。


「さっき、あなたは、楽にお金儲けがしたいと言っていました。しかし、それは探偵という職業、この雇う条件において、ズレがあります。もし、楽にお金を稼ぐなら、あなたは管理職になるはずですし、僕らのような雇われる側に、好条件を出すわけがありません。もう、あなたの行動と言動は、矛盾しているんです。」

「……。」


少しの間、沈黙が続く。僕は、もう出すだけは出しきった。おそらく、これであろうということをやってのけた。何気なく聞いたことをまとめて、何とか凌げた。


今の言葉なんて、この目の前の男は、いくらでも否定できるのだ。言い方次第では、僕を打ち負かすことも可能かも知れない。そうなったら、僕は地獄行き確定だろうし、むしろ、この確率のが高い。


僕は、死刑宣告の時を、ジッと待っていた。そして、執行人が口を開いた。


「……合格だな。」

「……え?」

「いやぁ、見事だったよ。私がこの部屋や条件に仕掛けた矛盾を全て明かした上に、最後に言葉まで責めるなんて。うん、上出来だよ。」

「え、仕掛けた? というか、合格なんですか?」

「あぁ、合格だ。君は、見事に試験をクリアしたのだよ。」

「合……格……。よっし!!」

「はははっ、喜んでもらえて嬉しいよ。」


よし、これで、何とか生きていける。家賃も払えるだろうし、上手くやりくりすれば、貯金も出来るであろう。


人生の道がようやく開けた気がして、ほっと一息つくことが出来た。自分の運の強さに感謝しよう。もし、好きなものはとか聞いてしまってたら、問答無用にアウトだっただろうし。


「ふむ、これからの仲間に嘘をつくのは失礼だな……。立花君、ちょっと後ろを向きなさい。」

「え? 分かりましたけど……」


僕が後ろを向くと、突然、服を脱ぐ音が聞こえた。こんなタイミングで着替えって、一体どういうことだろうか。というか、あの面接中に聞いたことは、どれだけが嘘だったのか、聞いてなかったな。


前を向いたときにでも聞いておくとしようか。


「もういいよ。」

「はぁ、……あれ?」


柳沢さんの声を聞いた時、ふと、違和感を感じた。さっきまでの声と、明らかに違う。声が、高くなっている。そして、前を向くと、そこには華奢で神経質そうな男の姿はなく、肩口まで髪を伸ばした美女が、立っていた。


「あ……え?」

「はははっ、驚いたでしょう? 人間は、人を髪型や服装で判断するからね。男性らしい髪型でスーツを着て、あとはメイクで誤魔化せば、性別を倒錯させることが出来るの。まぁ、胸も潰さなくてはならないけど。ちなみに、声は声帯模写だよ。」


彼、もとい彼女は、変装道具であろうものを端によけると、再びソファーに座り込んだ。変装道具の中には、カツラやスーツ、靴まであった。おそらく、シークレットシューズという代物であろう。


たまに、男性と気付かない女装があるが、それの女性版というわけか。


「さて、改めて“正式な”自己紹介よ。私は、柳沢凛やなざわりん。趣味は読書ね。まぁ、君が論破したけど、独身だよ。よろしくね。」

「はぁ、よろしくお願いします……。」


僕は、柳沢さんと握手を交わした。最後の情報、必要だったのだろうか。何か、合コンの挨拶みたいになっていたのだが……。


そんなことを考えていると、ノック音が聞こえた。


「あぁ、まだ面接は全部終わった訳ではなかったね。君は、あそこのトイレで隠れてて。」

「分かりました。」


僕がトイレに向かうと、また着替える音が聞こえた。おそらく、あれも含めて試験だったのだろう。一応、僕は情報集めに徹したが、他の人はどうなのだろうか。


僕は、トイレで隠れながら、ひっそりと、様子を伺った。

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