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変装探偵 柳沢凛   作者: 神楽屋
トラジックな家族
14/16

「……よろしくお願いします。」


被害者の妻である朋美は、顔を強ばらせていた。僕ら、カウンセラーを前にして、緊張しているのか、それとも他にあるのか、分かりはしないが、とても警戒していることが気付いた。


「あの、別に落ち着いていいのですよ?」

「はい。えっと、お名前は……」

「あぁ、そういえば名乗ってませんでしたね。沢村優衣さわむらゆいと申します。こっちは昨日もいたようですけど、立花宗良です。以後、お見知りおきを。」


そう言って、凛さんは一枚の名刺を朋美に渡した。見ると、カウンセラー、沢村優衣としっかり書かれている。恐ろしいくらいに手の込んだ変装だ。正直な話、これでは誰も、彼女が昨日のいた刑事だと気付かないだろう。


「今回のカウンセリングのお代は無料です。何せ、友達からの頼みですし、結構雰囲気が淀んでいるように感じたので。」

「……分かるのですか、そんなこと?」

「えぇ、顔に影が見えますよ。それに、目にくままで出来ていたら、そう思わざるをえないでしょう。」

「あ、すいません、ちょっと、化粧を忘れてまして、お見苦しいものを。」

「いや、それこそ、旦那様を失ったからこその反応でしょう。普通だと思われますよ。」


そう凛さんがいった瞬間、朋美の顔がひきつった。その反応は、朋美が旦那を失った悲しみに囚われている訳ではないことを思わせる。


どちらかといえば、逆に言われたくないことを言われたような感じだ。昨日、僕が感じたイメージをふまえると、やはり、何かあると思える。


「さて、これからカウンセリングを始めさせて頂きますが、まず、どんなことがあろうと私たちは情報を他に流しません。次に、出来ればですけど、本心を述べてください。最後に……いえ、これはまた後にします。そこまで、問題はないので。」

「はぁ……。」


一体、何を言おうとしていたのだろうか。ただ、凛さんのことだ。何か、意図があるのだろう。


「では、お話しください、何でも。あなたが、話したいことを。」


凛さんはそう言ったが、朋美はすぐには口を開かなかった。しかし、五分十分と経っていくと、ポツリポツリと趣味や、最近のドラマなどのとりとめもない話を始めた。


そして、とあるタイミングで何かを思い出したかのような顔になると、自身の過去を話し出した。僕は、凛さんのほんのわずかに口角を上げたのを見逃さなかった。


「……私は、かれこれ二十年くらい、あの人と付き添っておりました。私は、ただのOLで、あの人は医者で。友人のとりなしで付き合ったんですよ。あの頃は楽しかったですね、あの人も優しかったし、状況も悪くなかったんです。」

「へぇ、随分と幸せだったようですね。」

「えぇ、あの人は医者で収入も良かったし、近所付き合いにも何の問題もなかったので、不自由がなかったんです。あぁ、あのときのイタリアンもよかったですね、映画も。良樹が生まれたときも幸せでした……。」


朋美は幸せであったらしい過去の記憶を思い返しているようだった。浮気をされた、という話があったみたいだが、やはり、最初は幸せだったらしい。


それでも、おそらく何かあったのだ。どんどん時間が経てば経つほど、顔色が悪くなっている。幸せな記憶から、何かを思い出しているのだろう。


「……何を、思い出しましたか?」

「……。」


凛さんは見通すかのような言い方で、朋美に問い掛けた。朋美は何も答えず、じっと黙り続ける。


「私は、あなたは本心を述べてください、と言いましたよね? 別に、言わなくても構いはしませんよ。ですが、その歪みは必ずあなたに返ってきます。」

「……。」

「おそらく、あなたは彼がいることから話せないのでしょう。大丈夫です、彼は昨日もいましたけど、正確には刑事ではないのですから。」

「え?」


朋美は驚いたように僕を見つめる。僕は、それを肯定するように頷くと、一枚の紙を見せた。凛さんが作らせた、助手の名刺である。


「……。」

「私たちは、このような順番でカウンセリングに向かおうと思っています。あなた、義則、真奈、良樹。」

「な!?」

「ご安心を、私たちは別に警察には言いませんよ。別に、警察の手先でもありませんし、何よりも証拠がないのだから、意味がない。だから、あなたが何を言おうと何も変わらないのですよ。」

「あ、あなた、本当にカウンセラーなのですか!? カウンセラーは、こんなに人を追い詰めるのですか!?」

「えぇ、カウンセラーで間違いありませんよ。それに、あなたはこうでもしなくては言わないでしょう? 心は苦しんでいるのでしょう、悲しんでいるのでしょう、怒っているのでしょう。しかし、たった一つの思いで吐き出すことは出来ない。それが、全てを苦しめているというのに。」

「……。」

「言ってもいいのです。何も変わりはしないのですから、証拠はないのですから、状況は何も変わらないのですから。ただ、あなたの心が変わるだけ。」


しんとした雰囲気の中に、凛さんの声が響き渡る。凛さんは、何かを使って彼女を脅したのだ。そして、甘く誘い込んだ。人の、大切な秘密であればあるほど、隠しきることの出来ない心の持ち様を。


昔からよく知られた心理だ。童話であれば“王様の耳はロバの耳”、似た例であれば、“押してはならないというボタンほど押したくなる”みたいな。人間は、禁止された抑圧に耐えることを苦痛とし、逃れようとする。


朋美は、ボソッと言い始めた。


「……初めは、あの人の単なる夢だったんです。」

「夢とは?」

「自分の病院を息子に継がせることです。良樹が継ぐと言ってくれて、それに伴った才能もあって、いいことだらけだったんです。でも……」

「虐待が始まった。」

「えぇ、継がない真奈と義則に対して、ありえないぐらいの扱いをし始めたんです。お前らは必要のない子だ、なんて自分の子どもに言い放って、その上、自分は他の女なんか作って。きっと、何でも出来るとか思ってたんでしょうね。しかも、それでなお、良樹にはいい顔して。」

「一番苦しかったのは良樹だったのに。」

「えぇ、あの子は正義感の強い子でした。真奈や良樹に対しての虐待を止めれたのは、良樹だけでした。あの子は、私がしなくてはならないことを全部一人でするどころか、私すら守ってくれました。でも、あの人は止まらなかった。」

「息子さんが、自己犠牲を決意した。」

「……さっきから、私の言うことを先回りしてますね。もう、全貌に気づいているのでしょう?」

「おおよそは、ですけど。だから、言ったでしょう? 私の目的は吐かせることだって。こんなの、いくら言っても何の証拠にもならないのですから。」


……確かに、さっきから、凛さんは言うことを先回りしている。この事件がどういった敬意で起きたのか、予測がついているのだろう。だが、これはおそらく、僕でも出来る。


海崎さん達に教えてもらった情報から推測しただけなのだ。この事件は解決できないだけで、予測をするのは簡単だ。言ってしまえば、隠れているだけでよくある話の一つなのだから。


でも、話させるのには技術がいるのだと思う。そのように思わせる、見せかける、騙す。追い詰めて、一度錯乱させて、判断を低下させてから、全てを知っているかのように思わせる。謂わば、簡易的な心理的催眠術に近いかもしれない。


理解しているけど、証拠がないから、警察に言うことが出来ない。朋美にそう思わせた時点で、彼女が自分のことを全て話すというのは確定事項であった。


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