雪国
――年が明け、1月になった。
周りの山々はもとより、平地の街も真っ白な銀世界を描いている――
そんなある日の早朝。
家の玄関先にて、母と祖母が、眉間にシワを寄せながら話していた。
[母]
「はぁ~、こりゃまた随分と積もったねぇ。除雪車めぇ、どっさりとまぁ、置いでいったなぁ」
[祖母]
「わーは、むったど、これ、一人で片付けしてたんだぞ」
[母]
「んだねぇ、わたしは久しぶりだけど。やっぱキツいわぁ……絆! ちょっと雪片付け手伝って~!」
母が俺の名前を呼ぶ。聞こえてしまったので、返事をした。
[絆]
「あぁ? 分かったぁ。今いくよ~!」
そうして準備を始める。いそいそと身に着けたのは、厚手のコートと手袋。
これで準備完了。長靴を履いて外へ。
外へ出ると、刺すような冷気が頬にかかる。やはり今日も寒い。天気予報だと最高気温がマイナス3℃と言ってたような。
[絆]
「はぁ~さぶっ! うえぇ、なんだこの雪の量は……!?」
外へ出ると、大量の雪が歓迎してくれた。道路の脇に、どっさりと積まれている。
除雪車の仕業だ。
除雪車は道路に雪が積もると、道路の脇に雪をどけていく。それで車の通行を確保するのだが。
しかし、その作業は早朝に行われる。およそ3時とか4時とかだ。
ガガガガッ! と大きな騒音を響かせるので、すぐに除雪車と分かる。
それは最悪の目覚まし時計。
その後に雪片付けが待っている。それは、かなりの重労働なのだ……。まったくもって、ありがた迷惑な話だと思う。しかも酷い時は、それが毎日のように行われる。
俺がハァ、と息を吐くと、真っ白い雲のような息が広がり、消えていった。そんな俺の様子を見た祖母が、話しかけてくる。
[祖母]
「絆ちゃん、ありがどね。男手があると、たぎ助かるわぁ」
[絆]
「あはは……」
[母]
「そこさダンプあるから、いつも通り裏さ持って行って。お母さんとお祖母ちゃんは、積もった雪をまとめるから」
[絆]
「あいよ」
俺は置いてあるダンプを手に取った。それを祖母と母がまとめた雪山へと持っていき、勢いよく突き刺す。
しかし意外と雪の抵抗も激しく、深く刺さらない。なので今度は、思い切りダンプの方を蹴る。ドカッ!
[絆]
「おしっ、大量大量♪」
深くまで刺さったことを確認し、ダンプをすくい上げた。するとダンプの上に、大量の雪が、のっかっている。あとは、このまま裏庭まで、運んでいくだけだ。
雪の重さもバカにならない。しかも雪のせいで足場が悪く、慎重に運ばないと転んでしまう。よろめきながらも、なんとか裏庭に辿り着いた。
[絆]
「とぅおりゃああ!!」
気合を入れて叫びながら、思い切ってダンプの雪を投げ捨てる。
……そんなに大きな声は出してないよ。恥ずかしいから。
目の前には、俺の身長を超えるほど、高く積まれた雪の山が。これまで幾度となく、雪片付けを行ってきた証だ。
[絆]
「ふぅ~」
また家の表側へ戻り、ダンプで雪をすくい上げる。あとはこれの繰り返し。
もし一人で片付けるなら、10回以上は往復する必要がありそうだ。
3回ほど往復し、表へ戻ったところで、雪奈が玄関から現れた。
すでに体は火照り、汗ばんでいる。
[雪奈]
「ハン兄、あたしも手伝うよ♪」
[絆]
「出てくるの、遅せーよ」
[雪奈]
「顔洗ってたんだもん。って遅くないでしょ? まだ雪、たくさん残ってたし」
[絆]
「あぁ~、そうだな。んじゃ、後はよろしく頼むわ。頼りになる妹よ♪」
そう言って、俺は家の中に入ろうとする。そこへ雪奈の蹴りが飛んできた。
[雪奈]
「あ、こらぁっ!」
[絆]
「……っ! いってぇーな! なんで蹴るんだよ!?」
[雪奈]
「なんでハン兄が家に入ろうとするのさ! サボるなぁ!」
[絆]
「はぁ!? お前がやるなら、俺は必要ないだろ? ダンプは、ひとつだけなんだから」
[雪奈]
「交代でやればいいじゃない!」
[絆]
「ちっ、仕方ねぇなぁ~」
しぶしぶ納得。雪奈と交代で、往復を繰り返すことにした。
[雪奈]
「よ~し、やるぞぉ~♪」
雪奈はやる気まんまんだ。ダンプを持って、勢いよく雪をすくい上げる。
[雪奈]
「てぇーい♪」
そしてタタタタ……と、これまた勢いよく裏庭へ駆けていく。
[雪奈]
「やばっ!? きゃあっ!」
悲鳴が聞こえ、どしゃっと鈍い音がした……転んだな。
それから、しばらく待つ。
……雪奈のやつ、遅くね~か?
すると、ようやく雪奈が戻ってきた。半身にビッシリと雪がくっついている。
[絆]
「遅いし、転んだろ」
[雪奈]
「まーね。あははは♪」
雪奈はごまかし笑い。
俺にダンプを手渡すと、自分についた雪を払い始めた。
ダンプを受け取った俺は、手早くかつ慎重に作業をこなす。裏庭への道中、雪奈の転んだ跡が、くっきりと残っていた。
その光景を見て、思わず苦笑い。そして自分は絶対に転びたくないと思った。
[絆]
「ほら、次、お前の番」
[雪奈]
「うんっ!」
再び雪奈の番になる。さっきよりは慎重に歩いていた。
しかし裏庭への道中で、何度かよろつく。その様子は、見るからに危なっかしい。転びはしないものの、戻ってくるまでの時間は、明らかに遅かった。
こいつ、けっこうドンくさいのな……。
[絆]
「雪奈、ダンプは俺がやるから、お前は、お母さん達を手伝ってあげて」
[雪奈]
「え、なんで?」
[絆]
「ぶっちゃけ、俺が一人でやった方が早い」
[雪奈]
「やだ」
[絆]
「はっ?」
[雪奈]
「あたしも、やるの!」
[絆]
「お前じゃ危なっかしいんだってば!」
[雪奈]
「よけいなお世話だよ! 絶対に、やるんだもん!」
雪奈は、こう見えて頑固な所がある。譲らない所は、絶対に譲らない。こうなると、説得するのは至難の業だ。
[絆]
「……ったく。分かった分かった。とりあえず、俺の番だからダンプよこせ」
[雪奈]
「……」
俺はダンプを取り上げると、また手早く作業を進める。戻ってくると、雪奈は、ふてくされた様子だった。
[絆]
「ほら」
[雪奈]
「……」
雪奈は差し出したダンプを、黙ったまま受け取った。そして雪をすくい上げ、裏庭への道を進もうとする。
本当に大丈夫かぁ? 心配だ……。
[絆]
「気をつけろよ?」
[雪奈]
「……! うんっ大丈夫だよ♪」
にっこりと笑って応える。どうやら今の一言で、機嫌を直したようだ。
やれやれ……。
その後も何度か往復を繰り返し、なんとか表の雪は片付いた。
[母]
「ふぅ、よし、これ以上やってもキリないし。もう中さ入ろう。絆、雪奈、助かったよ。ありがとうね」
[祖母]
「家さ入って、温かいコーヒーでも飲むべ?」
[雪奈]
「はーい♪」
[絆]
「お疲れさんでしたっと」
ひと仕事を終えた気分で、家の中に入る。
外を見ると、また雪が、しんしんと降りだしていた。
頼むから、もう積もらないでくれぇ~。
今は冬休み。これで学校が始まれば、雪片付けの後に学校が待っている。雪国の辛さは、その寒さよりも、雪片付けのキツさにあることを思い知らされた。
あぁ~埼玉に帰りたい。
弘前市は青森県の中では、積雪量が少ない方と言える。それでも1メートルを超えることは、珍しくない――
それから家の中では、俺と雪奈がリビングで、くつろぎながら会話をしていた。
[雪奈]
「ねぇ、ハン兄~。ホントに行かないの? スキー」
[絆]
「行かない。もう雪片付けで疲れたし。スキー滑れないし。寒いし。面倒くさいし」
雪奈には前々から、スキー場へ遊びにいくことを迫られていた。
何が楽しくて、スキーなんか滑りに行くのか。家でゴロゴロしている方が、ずっと良い。
[雪奈]
「滑れるようになろーよ~♪」
[絆]
「別に興味ないし。一人で行けば~?」
[雪奈]
「春香ちゃんも来るよ~? ねぇ、ホントに良いの~? 来なくて」
[絆]
「むっ……」
春香には会いたい。けれど、ねぷた祭り以降も、3回ほど会って、3人で遊んでいた。買い物をしたり、カラオケに行ったり、家にも一度だけ遊びに来ている。
春香は俺達兄妹を、よほど気に入ってくれたようだ。
[母]
「雪奈、絆は受験勉強があるんだから。遊びに誘っちゃダメよ」
[絆]
「うげっ」
[雪奈]
「……はぁ~い」
そう。俺は中学3年だから、もうすぐ受験だ。当然のように、勉強をしなければならない。良い高校に入る頭は、あまり持ってないけれど。一応は進学校を目指していた。
[絆]
「あぁ、というわけだ。すまんな雪奈。また来年にでも誘ってくれ」
[雪奈]
「どーせ行く気なんかないくせに! もういいもん。しっかり勉強するんだぞ!」
[母]
「雪奈、気を付けて行ってきなさい。あまり遅くなっちゃダメよ。何かあったら、すぐ連絡すること。いいわね?」
[雪奈]
「うんっ、分かった♪」
こうして俺は家で受験勉強。
雪奈はスキー場へ遊びに行った――