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津軽雪月花  作者: Y-F
6/8

津軽富士

――10月。周りを囲む山々が、秋の紅色に染まる頃。


津軽の地はリンゴの収穫時期を迎えていた――



この日、天津一家はアップルヒルと呼ばれる、道の駅を訪れた。そこは青森市浪岡町にある。


[父]

「よし、着いたぞ。アップルヒルだ」


[母]

「へ~、こんなところさ、こういう場所があったんだねぇ」


[雪奈]

「周り、何にも無いねぇ。わかりやすーい♪」


[絆]

「お前、ハッキリ言い過ぎ」


道の駅は、ドライバーによる休憩施設としての利用が主な目的である。街から外れた所にあるため、周りには建物が無い。そのためアップルヒルの看板だけが、やけに目立っていた。


[雪奈]

「お腹空いたぁ~」


[父]

「あぁ、レストランでお昼にしよう」


……こんなところに、レストラン?


こんな何も無いところに、レストランなんか建てるとは。商売になるのだろうか。


しかし道路を行き交う車は、それなりに多い。駐車場には、それなりの台数が並んでいた。


[雪奈]

「早く入ろ~?」


[母]

「良い感じのレストランじゃない」


レストランに入ると、客席用のテーブルが余裕をもって配置され、ゆとりある空間を演出している。客席は8割程度が埋まっていたが、満席ではない。


俺達は空いているテーブルに座った。


さて、何を食べようかな……。


[父]

「絆、お前はこれを食べろ」


そう言って父が指示したのは『ちゃんこラーメン』……す、相撲か!?


サンプル写真を見るからに、ボリュームたっぷり。スープは、しょうゆと味噌の2種類が選べるらしい。


ちなみに、俺達は父に勧められて、ここに連れてこられた。どうも父は仕事の関係で、たまたま、ここに寄ったらしい。それが縁で、休日に俺達を連れて来ようと思ったようだ。


もしや、これを食べさせたかったのでは!?


[絆]

「う~ん、食べ切れるかなぁ?」


[父]

「お前は、それくらいで丁度良いだろ。育ち盛りなんだから」


[母]

「そうね。絆、お母さんにも一口頂戴ね」


[絆]

「う~ん……」


勝手に決めつけるなよな~。


[雪奈]

「あたし、それにする!」


[絆]

「はっ? ちゃんこラーメン?……マジ!?」


[雪奈]

「うんっ! 美味しそうだし! 全部食べれる自信あるよ!」


雪奈は普段から、ご飯もお菓子も、かなり食べる。好き嫌いは、ほとんど無い。それでいて太らないのだ。テニス部で汗を流していることも、その理由だろうが。


ここで兄としてのプライドが働く。


……なんか負けたくない。


[絆]

「じゃあ、俺もそれで!」


[父]

「よし、決まりだな。ちなみにお父さんとお母さんは、日替わり定食にする」


[雪奈]

「ハン兄~、あたしと、どっちが早く食べれるか、競争しようよ~♪」


[絆]

「ゆっくり食わせろよ」


[雪奈]

「あれぇ? あたしに勝つ自信がないのかな~?」


[絆]

「ゆっくり食べたいだけだってば」


[雪奈]

「そんなに、女のあたしに負けるのが屈辱かぁ~♪」


くっ、しつこい。やっぱり別のメニューにすれば良かった。


しかし、このまま引き下がるのは悔しい……ならば!


[絆]

「なら、何か賭けるか?」


[雪奈]

「いいよぉ♪ 何賭けるの?」


[絆]

「このちゃんこラーメンの値段。1000円を負けた方に払う、でどうだ?」


[雪奈]

「よ~し、受けて立とう♪」


何か賭けるものがあると、気合が入るもの。


よしっ、絶対に勝ってやる!


――しばらくして注文の品が届く。


かくして俺と雪奈による、ちゃんこラーメン早食い競争が幕を開けた。


[雪奈]

「よ~い、ドンッ♪」


俺も雪奈も、勢いよく食べようとする。しかしラーメンはまだ熱かった。


[絆]

「……!」


ふーっと息を吹いて麺を冷ましつつ、口に運んでいく。汗が滲み出てきた。しかし確実に量は減っている。


ちらっと視線を雪奈の方へ。するとペースは同じくらい……良い勝負か?


これは終盤の追い込みが、勝負のポイントになりそうだ。


[父]

「……」


[母]

「うん。この定食、美味しいわ~」


父と母は定食を食べながら、そんな俺達の様子を見ている。半ばあきれ顔で。俺と雪奈の間だけが、別の空間になっていた……。


少しずつラーメンの汁も冷めてくる。それに伴って、食べるペースが速くなった。


食べ終わるまで、あと少し!


……最後の一口であろう、麺の束をすすり切る。中に麺が入ってないことを、箸で確認した。


[絆]

「おし、完食!」


[雪奈]

「……!?」


雪奈はまだ食べ終わっていない。わずかに俺の方が早かったようだ。


ほどなくして雪奈も食べ終わる。


[絆]

「ふっ、俺の勝ちだな」


[雪奈]

「うぅ、負けちゃったかぁ~」


[絆]

「後で、1000円な」


[雪奈]

「ちぇ~、分かったよぅ」


勝ち誇り、勝利の余韻に浸る。


[父]

「まったなし、で」


ふいに父が店員に声をかけた。


何、どういう意味?


すると店員が、空になった土鍋を持って引き上げていく。


すぐに戻ってきた。土鍋の中にはご飯。おじやになっている。


……な、なにぃ~!?


[父]

「おじやは無料なんだ。遠慮なく食え。美味いぞ」


[母]

「すごい量ねぇ……大丈夫?」


[雪奈]

「すっごい! 1度に2度美味しいってこの事だね♪」


[絆]

「えっ、もう腹いっぱいだし。全部はムリ……」


俺は一人で食べきれず、父に手伝ってもらい何とか完食。雪奈は一人で食べきってしまった。


す、すげぇ……。


[雪奈]

「さすがにお腹いっぱいだよぉ……ハン兄! あたしの勝ちだね♪」


[絆]

「はぁ!? 勝負はラーメンの時だけだろ? だったら俺の勝ちだ」


[雪奈]

「そんなことないよ~!」


[絆]

「じゃあ、1勝1敗で引き分けってことで」


[雪奈]

「まっ、それで許してやるか♪」


いや~、本当にすごい量だった。味も美味しかったと思う。


レストランを後にして、俺達は別の施設を見て回ることに。


[母]

「農産物のコーナーがあるのね。安かったら、何か買って行こうかしら?」


[雪奈]

「あっ、リンゴの収穫体験コーナーって面白そう♪」


アップルヒルには、他にもイベント用広場、御土産コーナー、遊具広場など、数多くの施設がある。周りには何にも無いのに、この一帯だけ、建物の密度が濃かった。


[父]

「絆、何か欲しい物あるか? あまり高い物じゃなければ買ってやるぞ」


[絆]

「え、いいの? じゃあ……」


俺と父はお土産コーナーを回っていた。ご当地物を中心に、様々な品が並んでいる。


俺が特に目を引いたのは、ご当地牛乳のソフトクリームだった。


[絆]

「じゃあ、ソフトクリーム」


[父]

「あぁ、それなら、雪奈とお母さんにも買ってあげよう」


そうして家族4人分のソフトクリームを購入する。父と俺とで、2つずつ持って、母と雪奈に持っていった。


[雪奈]

「あ~! 美味しそう♪」


[母]

「ありがと♪」


これは、美味い♪


濃厚なミルクの味とほんのりした甘さ。そのソフトクリームは、食後のデザートとしても最適だ。一杯の腹にも、ペロリと平らげることができた。


アップルヒル。周りにこそ何にも無いけれど、入れば色んな物が有る所だった。


ドライブなら、デートコースになるかも。いつか彼女ができたら、ここに来たいなぁ。


そう考えたら、春香に会いたくなってきた。春香の住所は青森市だと言ってたよな。この近くに住んでるのだろうか。


ここに来たいなぁ。いつか、ふたりで……。


――そうして一家は車に乗り込み、アップルヒルを出発して、我が家へと向かう。


[父]

「絆、ラーメンは美味かったか?」


[絆]

「まぁ、美味しかったよ。おじやは要らなかったと思うけど」


[父]

「ははっ、実は父さんも前来た時に、食べさせられてな。やっぱり食べきれんかったよ」


[絆]

「そうだろうね……」


父による明らかな悪意を、感じ取れた瞬間だった。


[雪奈]

「お母さん。今日の晩御飯って何~?」


[母]

「そうねぇ。さっきの農産物コーナーで買ってきた野菜があるから。それを天ぷらにして、あとは何か適当に、付け合わせしようかしらね」


[雪奈]

「うん。分かったぁ♪」


[絆]

「お前、さっきあれだけ食ったばかりなのに。よくもう晩飯のこと考えられるなぁ?」


[雪奈]

「何さ~。悪い?」


[絆]

「べっつに。呆れただけ」


[雪奈]

「ど~せ、あたしは大飯喰らいですよ~だっ♪」


そう言って、にこやかに笑う。


俺は、そんな雪奈の表情に面食らうが、悪い気分はしなかった。


まったく、呆れるほど爽快なヤツ。


[母]

「あら、今日は岩木山が綺麗に見えるねぇ」


[雪奈]

「ホントだ。すごーい! 綺麗!」


外を見ると、視界の先には、赤く染まったリンゴの木が、一面に広がっている。その先に見えるのが岩木山だ。


岩木山は津軽富士とも呼ばれる。


標高はおよそ1600メートル。


富士山と比較すれば半分程度しかない。しかし周りに他の山が無いため、見える大きさはかなりのモノだ。その形状は独特で、頂上付近に凸凹がある。まさに"山"という字が相応しい。


日本一、高い山は富士山で、美しい山と言えば岩木山だと。多くの津軽人は、そう思っている。


[雪奈]

「ねぇ、今度あの山に登りに行こうよ~! ハン兄!」


[絆]

「絶対にイヤだ」


[雪奈]

「なんでぇ、楽しそうじゃん!?」


[絆]

「疲れるだけだわ」


[雪奈]

「え~? 登り切った時の達成感と爽快感が、疲れなんて吹き飛ばしてくれるよ♪」


[絆]

「お前、山登ったこと、ないだろ?」


[雪奈]

「ないよぉ。だからさ、ねぷた祭りと同じように、初めての感動を分かち合いたいな~♪」


[絆]

「まっ、50年後くらいに付き合ってやるよ」


[雪奈]

「もぅ~バカ兄!……いいよ~だ。春香ちゃん誘って行こうっと♪」


[絆]

「!……へ、へぇ~!? 勝手にすれば?」


しまった! 春香の名前を出されて動揺した!


[雪奈]

「もし春香ちゃんに誘われても、絶対に行かないんだよね~? せっかく誘ってくれてるのにな~。冷たいな~」


[絆]

「くっ!」


イタいところを突いてくる。春香に誘われたら、おそらく断れない。しかし男子たるもの、二言はないのだ!


[絆]

「あぁ~そうだよ。絶対に行ってやらないっ!……ふんっ!」


[雪奈]

「あ、拗ねた」


ニヤリと笑う雪奈。


[雪奈]

「か~わいい!……ニシシ♪」


そして頭をナデナデされる。


うぅ、ダメだ。今日は雪奈に勝てそうもない……。


――


岩木山が見下ろす津軽の夕暮れは、鮮やかな紅色に染まった。


もうすぐ、厳しい冬の季節がやってくる――




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