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津軽雪月花  作者: Y-F
5/8

ねぷた祭り

――8月のはじめ。


蝉がやかましく鳴いている。


梅雨が明け、津軽の地にも本格的な夏がやってきた――



ここは家のリビングだ。


学校は夏休みに入っていたが、特にすることもない。俺は暑さのあまり、ソファーへ横になってダレていた。


そんな俺の様子を、雪奈がジトッとした目で睨む。


[雪奈]

「ハン兄……だらしない! もっとシャキっとしろ!」


[絆]

「あぁ~、なんで? 暑いじゃん」


いかに北国といえど、8月ともなれば、30度を超える真夏日は少なくない。まして、この家には冷房がないのだ。ある意味では、埼玉で暮らしてた時よりも、暑く感じる。


[雪奈]

「ハン兄を見てると、あたしまで暑くなるんだよぉ!」


[絆]

「だったら、見なきゃいいじゃん」


[雪奈]

「嫌でも視界に入るもんっ!」


[絆]

「入れるなっ!」


[雪奈]

「いーっだ!」


雪奈は捨て台詞を残して立ち去った。


……と思いきや、冷蔵庫からアイスクリームを取り出す。するとまた戻ってきて、見せびらかすように食べ始めた。


[絆]

「あぁ!? それは!」


俺が後で食べようと、大事に取っておいた、最後のアイスだ!


[雪奈]

「あぁ~、冷たくてお~いし! 生き返りますなぁ~♪」


[絆]

「雪奈~! それ、俺のアイス!」


[雪奈]

「え~? 知らないよぉ」


[絆]

「言っておいたろーが! これは俺のアイスだから喰うなって!」


[雪奈]

「覚えてなぁ~い」


くっ、食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ!?


[絆]

「だったら、後で買ってこいよな、アイス」


[雪奈]

「お金くれたら、行ってきてあげてもい~よ♪」


[絆]

「って、俺の金かよっ!?」


[雪奈]

「と~ぜん♪」


[絆]

「……っ!」


それなら、自分で好きなアイスを買ってくる方がマシだ。雪奈にお金を預ければ、自分で食べるためのアイスしか、買ってこないだろう。俺と雪奈の好みは、異なっているのだから。


後で母に事情を説明して、お小遣いを頼んでみよう……。


[雪奈]

「ねぇ、ハン兄~」


[絆]

「なんだよ?」


俺はアイスの件で、しばらくの間ふてくされていた。


雪奈はそんな俺にかまわず、話を続ける。


[雪奈]

「今、ねぷた祭りってやってるんだよね?」


[絆]

「あぁ、そうだな」


青森県で夏に行われる有名な祭りのひとつに、ねぶた祭りがある。青森ねぶた祭りは東北3大祭りのひとつとして、全国的に名が知られている。


しかし津軽地方では、青森市以外の各地でも"ねぷた"が運行される。


青森市で運行されるのが"ねぶた"

それ以外は"ねぷた"


そして弘前では、ねぷた祭りが催される。期間は8月1日から7日までの7日間。


まさに街全体をあげての一大イベントである。どちらかと言えば、俺は青森ねぶたの方を、見てみたいんだけど……。


[雪奈]

「ねぇ、明日にでも見に行こうよ!」


[絆]

「えぇー、お前とかよぉ」


[雪奈]

「何よそれぇ! あたしとじゃ嫌なの!?」


[絆]

「嫌じゃないけど……」


以前もそうだったが、いかがなものか。たとえ兄妹でも、男女が2人で歩くのは。例えば、同級生に見られたりした場合とか。面倒なことに、ならないだろうか。


……考え過ぎかな?


[雪奈]

「ねぇ、一緒に行こうよ~!」


[絆]

「友達とか誘えばいいじゃんか」


[雪奈]

「む~。誘ってみたんだけどね、あまりノってくれなかったの。もう見飽きてるから、って……」


[絆]

「あ、そう……」


そ、そういうものなのか?


[雪奈]

「だからさ、お互いに初めての感動を、分かちあいたいな~って思うんだぁ!」


[絆]

「……」


[雪奈]

「ね、一緒に行こう?」


[絆]

「分かったよ。アイス買ってきたら行ってやる」


[雪奈]

「えぇ~!?」


[絆]

「まさか、嫌とはいうまいな?」


[雪奈]

「あたしの、お金で?」


[絆]

「と~ぜん!」


[雪奈]

「ひどいよ、ハン兄のいじわる……」


[絆]

「なんとでも言え。はっはっは!」


[雪奈]

「う~、分かったよぅ~」


かくして俺は、大逆転勝利を収めたのであった。


――その夜、俺の携帯電話に着信あり。


着信日付を見ると、なんと未来の日付ではないか! もしや、これは雪奈の呪い!?


ということは、きっと俺はこの日に……って、ホラー映画の見過ぎですか!?


発信者は、春香だった。


[絆]

「も……もしもし?」


[春香]

「もしもし? 絆君、ひさしぶりだね」


[絆]

「うん。そうだね」


[春香]

「元気してる?」


[絆]

「うん。元気だよ。春香は?」


[春香]

「元気ですよ」


弘前公園で初めて会った日から、電話は月1回か2回くらいのペースで掛け合っていた。その度にまた会いたいね~、なんて話をしている。


だけど結局、あれから1度も会えていない。それで今、携帯に電話をかけてきた。


その要件は、何となく察しがつく。


[絆]

「えっと、祭りの話?」


[春香]

「あ、うん!」


[春香]

「絆君はねぷた、見に行く予定はあるの?」


[絆]

「うん。明日、雪奈と一緒に行くつもりだけど」


[春香]

「ホント? じゃあ、わたしも明日、行っていいかな?」


[絆]

「えっ、こっちに来るの?」


[春香]

「ダメなのぉ~? シクシク……」


[絆]

「ダメなわけないし! 行こう行こう!」


[春香]

「良かった! それじゃあ、久しぶりに会えるね」


[絆]

「えっ、うん。そうだね」


[春香]

「楽しみだよ」


[絆]

「う、うん」


[春香]

「それじゃあ、細かい待ち合わせ場所と時間は、また後で決めようね」


[絆]

「分かった。じゃあ、連絡待ってるから」


[春香]

「うん。それじゃあ、また後でね」


[絆]

「またね」


という感じで明日、久しぶりに再会する約束をした。


――翌日。


俺は、ひとつ問題があることに気付く。


雪奈に何て説明しよう?


いまさら約束を反故にするなんて出来ない。いちおう俺も男だから二言はない。


しかし春香も一緒だと知れれば、すっげぇカラかわれそうな気がした。


[絆]

「雪奈。今日の祭りだけどさ」


[雪奈]

「なに~?」


[絆]

「ひとり、俺の友達も一緒に、行くことなったから」


[雪奈]

「え、誰?」


[絆]

「えっと……」


[雪奈]

「……?」


一瞬、ためらう。しかし言わなければどうしようもない。


[絆]

「桜祭りのときに、俺が一緒に話してた人だよ。覚えてる?」


[雪奈]

「あ、うん」


[絆]

「駅で待ち合わせしてるから、祭りが始まる前に」


[雪奈]

「分かったよ。つまりあたしはお邪魔ってわけね~?」


ニヤけた表情で言う雪奈。なんとなく恥ずかしくて、あわてて弁明する。


[絆]

「いや! そんなこと無いし! 春香はまだ友達だし!」


[雪奈]

「へぇ~、春香ちゃんって言うんだぁ? 名前で呼んじゃうなんて、仲がお宜しいですこと♪」


……しまった!


[雪奈]

「……」


さらに追い打ちを、かけられるかと思ったが、深く追求してこない。雪奈は何かを考えているようだった。


わずかな間だが、会話が止まる。


[雪奈]

「まっ、お邪魔じゃないのでしたら、ご一緒させていただこうかしらねぇ~♪」


[絆]

「あぁ、よろしく頼むよ」


意外にもすんなりと話が収まった。少しバツが悪そうにしている雰囲気を、察してくれたのだろうか。


雪奈はなんだかんだで、気の利くところがある。そのため悪い雰囲気にならず、付き合いやすい。


この性格だし、春香と会っても、すぐに仲良くなるだろう。


――


――待ち合わせ時間の少し前、俺達は待ち合わせ場所の、弘前駅に到着した。


春香は電車で来るようだ。しばらくすると、弘前方面の電車が到着する。


祭りの影響だろう。かなり多めの人が、ぞろぞろと改札を通ってきた。


その人だかりの中から、俺は春香の姿を確認する。俺は春香に向けて手を振った。


春香もそれを確認し、手を振りかえして応える。春香は浴衣姿だった。


……やっぱり可愛い。


[春香]

「お待たせしました」


[絆]

「あ、うん。久しぶり」


[春香]

「うん。久しぶり。 4か月ぶりだものね」


[絆]

「そ、そうだね」


俺は出来る限り、平静を装っている。しかし本当は、会いたくてパタパタしていた。


そんな気持ちが、表に出ていないだろうか?


[雪奈]

「こんばんは~♪」


[春香]

「こんばんは。雪奈ちゃん」


[雪奈]

「あのぉ~」


[春香]

「はい?」


[雪奈]

「ふつつか者ですが、よろしくお願いしますっ!」


[絆]

「はぁ?」


雪奈はそういって、頭を深く下げた。春香の顔を見ると、キョトンとした表情をしている。


[絆]

「おぃ、雪奈。春香が困ってるぞ」


[雪奈]

「あ……」


雪奈は、何かの間違いに気付いたようだ。あわてて顔を上げて、弁明する。


[雪奈]

「ってハン兄が言ってましたよ!」


[絆]

「おいおい……」


[春香]

「ふふっ、こちらこそ、よろしくお願いしますね」


雪奈の弁明は、それでもオカシイはずだが。春香は察してくれたようで、笑って返してくれた。


[雪奈]

「あのっ、春香ちゃんって呼んでもいいですか?」


[春香]

「ええ、もちろん」


[雪奈]

「じゃあ、よろしくね、春香ちゃん♪」


[絆]

「んじゃ、行くか」


[雪奈]

「お~う♪」


思った通り、雪奈と春香はすぐに打ち解けた。その様子を見て、ホッとひと安心する。


……いやまぁ、心配なんか、してなかったけど?


――弘前ねぷた祭りは、市内の町村が各々のねぷたを、パレード形式で運行する。その運行ルートは、日によって異なるらしい。


俺達は、ねぷたの運行ルートを、事前に確認しておいた。今日は駅前から出発するようだ。なので、駅から運行ルートを沿うように歩く。


そこではパレードを見学しようと、たくさんの観客が待ち構えていた。


[雪奈]

「うわぁ、やっぱり混んでるねぇ~」


[絆]

「ま、そりゃそうだろ」


[春香]

「どうしよっか、もう少し前へ行く?」


[雪奈]

「せっかくだから、もっと良く見える場所へ行こうよ!」


もう少し見晴らしの良さそうな場所へ、移動することにした。


しかし道路脇の手前は、すでに人で一杯となっている。そこで俺達は運行ルートの後方へ。


すると人口密度は、少なくなっていく。ようやく道路脇のスペースを、抑えることができた。


ここならパレードを、存分に見ることができるであろう。周りの人たちは皆、道路脇に風呂敷を敷いて座っている。


けれど俺は風呂敷なんて持っていなかった。つまり、このままでは地面に座ることになる。


俺はともかく、雪奈と、特に浴衣の春香は嫌だろう。すると雪奈が手持ちのバッグから、可愛い柄の風呂敷を取り出した。


[雪奈]

「あるよ、フロシキ♪」


[絆]

「お、やるな雪奈。準備いいなぁ」


[雪奈]

「備えあれば憂いなしっ! 任せてよ♪」


[春香]

「ごめんね。雪奈ちゃん」


[雪奈]

「え~、どうして謝るの? ゼンゼン大丈夫だよぉ♪」


こうして俺たちは、パレード先頭の到着を待っていた。すでに辺りは暗くなり始めている。


やがて太鼓の音が、遠くの方から聞こえてくる。


[春香]

「……なかなか来ないね」


[雪奈]

「音は聞こえてるのにねぇ~?」


[絆]

「だいぶ後ろまで来たからなぁ。だから人も少なかったわけだし」


[春香]

「のんびり、待とうよ」


[雪奈]

「待つのも楽しいよねっ♪」


[絆]

「お前は何でも楽しいだろっ」


[雪奈]

「何でもってことは、ないよぉ~」


俺は"待つ"ということが、あまり得意な方じゃない。例えば有名ラーメン店の前で、大行列ができる光景とか。そういうのが理解できなかった。


けれど春香がいる手前なので、落ち着いたフリをしながら待つ。


しばらくすると、パレードの先頭が見えてきた。


[雪奈]

「来たぁ! 見えたよ♪」


[春香]

「でも、まだ遠いね」


[絆]

「……」


徐々に太鼓の音が大きくなり、掛け声も聞こえるように。


もう辺りはすっかり暗くなっている。


[雪奈]

「うわぁ! あれって、太鼓!?」


[春香]

「じょっぱり太鼓だね」


まだパレードの先頭は遠いところにいる。それでも太鼓だと分かるくらい、それは大きかった。


太鼓の前には、それを引く人の列が。「ヤーヤドー」の掛け声を揃えながら歩いている。


やがて横笛の音色も聞こえてきた。太鼓の音は、さらに大きくなり、胸に響いてくる。


よく見ると、太鼓の両面と上下にそれぞれ3人ずつ。その巨大な太鼓を、ぶっ叩いているではないか。


[絆]

「……っ!?」


それは、まだ少し先にいるのに、この迫力……!


太鼓は徐々に近づき、ついに俺達の目の前を通過する。その音は何と表現すれば良いのだろう。


……そう、魂を震わせるような衝撃。有名ロックバンドのライヴ。それに近いものだろうか。


すげぇ……。


素直にそう思った。太鼓が通り去った後に、鳴り響く、横笛の音色。それがまた、印象的な余韻を残す。


[雪奈]

「すごいねー! カッコ良いね!」


[春香]

「うん。そうだね! この後、まだたくさん来るよ」


そして、次々とねぷたが目の前を通過していく。その総勢は60台を超える。


全てのねぷたが通過するまでは、およそ3時間。掛け声、リズム、音色、ねぷたの形は、どれもほとんど同じだ。それでも、それぞれに微妙な違いがあり、飽きさせることがなかった。


パレードを見ている合間に、俺はちらりと視線を横へ。そこに映るのは、柔らかく微笑みながら、真っ直ぐに、ねぷたを見つめる春香。その浴衣姿は、ねぷたの灯りに照らされて。まるで、おとぎ話に登場するお姫様かと、思うような。彼女の頬は、桜色に染まっているのが特徴で、それがまた可愛らしい。


いつの間にか、視線は釘付けに……


[春香]

「……?」


[絆]

「……!」


目が合いそうになり、慌てて視線を戻す。


それからも、何度か同じような事を繰り返した――


――


[春香]

「あ、ごめんなさい。そろそろ帰らないと、電車が……」


春香が申し訳なさそうに、話しかけてきた。


そうか。もう、そんなに時間が経っていたのか……。


[絆]

「そっか。じゃあ、そろそろ行くか」


[雪奈]

「うん♪」


俺達は春香を駅まで送るため、パレード途中の会場を後にして、弘前駅へ。


[春香]

「今日は、すごく楽しかったよ」


[雪奈]

「春香ちゃん。また今度、遊びに行こうよ!」


[春香]

「うん。いつでも呼んでね」


[絆]

「それじゃあ、またね。春香」


[春香]

「絆君も、また会って遊ぼうね」


[絆]

「う、うん。そうだね」


[春香]

「それじゃあ、またね」


春香は笑顔で手を振り、改札を抜けて、電車の待つホームへと降りていった。


春香の姿を見送り、俺と雪奈も帰路へつく。


[雪奈]

「いや~、ねぷた、凄かったね~!」


[絆]

「あぁ、そうだな」


俺が見てたのは、途中から、春香だけだった気もするけど……。


[雪奈]

「こういうお祭りがあるなんて、知らなかったな。あたし、この街が大好きになりそうだよっ♪」


[絆]

「そうか? まぁ、良いんじゃないか」


[雪奈]

「ハン兄はこの街、好きじゃないのぉ?」


[絆]

「う~ん、お前ほどは。悪い所じゃないと思うけど」


[雪奈]

「きっと、ハン兄も好きになるよ! だって、この街は本当に良い所ばっかりだよ♪」


[絆]

「お前、埼玉にいた時も同じこと、言ってなかったっけ?」


[雪奈]

「え? そうかも。あはは……」


雪奈は苦笑いを浮かべる。


どこでも"住めば都"か。雪奈の性格はうらやましい限りだ。本当に。


しばらく歩いていると……


[雪奈]

「……!?」


[絆]

「ん?」


ふいに雪奈が立ち止まった。俺が気付き、雪奈の方を向くと、額に手を添えている。雪奈は俺の顔を見ると、ごまかすように笑みを浮かべた。


[雪奈]

「ちょっと疲れちゃったかも……えへへ」


雪奈にしては、らしくない。そう思ったが、特に気にすることもなかった。


[絆]

「そうだなぁ。とりあえず帰って、風呂入って、寝るぞ」


[雪奈]

「そうだねっ♪」


俺が歩き出すと、雪奈は駆け足で、すぐに追いついた。


まるで何事もなかったかのように。


しかし今にして思えば、この頃から兆候は、表れていたのかも知れない……。


――


津軽人は短い夏を、祭りによって熱く盛り上げる。


この日は太鼓と横笛の音色が、星空に木霊していた――




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