津軽の鬼伝説
――6月になった。
新緑が爽やかに色づき、初夏の空が青く澄んでいる――
この日、俺は弘前市内にある、鬼沢と呼ばれる場所にいた。そこには祖母の実家がある。
祖母と母、俺と雪奈の4人は一足早い墓参りのために、この地を訪れていた。墓には母方の先祖が眠っている。
ちなみに父は休日出勤のため一緒ではない。
[祖母]
「あんた達は、先に行ってでいいよ。わーは実家さ顔だけ見せてくるはんで」
[母]
「分かった。絆、雪奈、行きましょう」
[雪奈]
「はーい」
祖母の実家には、え~と、知らない人が住んでいる。一応、俺にとっても親族らしいけど。
要は先祖の墓を守ってくれてる人である。母は面識があるかも知れない。
でも孫の俺達まで至れば、まったく会ったことがない。そこを祖母は、気遣ってくれたのだろう。
無理に連れて行くことはせず、別行動することにしたのだ。
[雪奈]
「お母さん、お墓ってどっちにあるの~?」
[母]
「えっと、こっちよ……たぶん」
[絆]
「……!?」
なんか怪しい答えが返ってくる。
そもそも俺は今まで、この地を訪れた事がない。少なくとも物心が付いてからは。つまり母も、この地で墓参りをするのは、久しぶりということだ。せっかく故郷に帰ってきたのだから、と祖母に促されて今に至っている。
[絆]
「お母さん、大丈夫?」
[母]
「え、何が? 大丈夫に決まってるでしょ?」
[絆]
「……」
本当に大丈夫なのか~? と思いつつ、後を付いていくしかないわけで……。後ろを雪奈が、スキップしながら付いてきていた。
バス亭から降りて、けっこうな距離を歩いている。これで道を間違えたとか、勘弁してくれよ~!?
――
-
[母]
「ふぅ、着いたわね……良かったぁ」
なんとか迷うことなく、目的地にたどり着いた。気丈に振舞ってはいるが、その胸中は不安だったに違いない。
[雪奈]
「到着~! さぁ~、うちのお墓はどこかなっ!?」
雪奈は墓地という場所にもかかわらず、お構いなしで、元気一杯に振舞う。
お前は本当に幸せ者だ……。
母は軽い足取りで先を歩く。
墓の位置はハッキリ覚えているようで、すぐに墓の前へ辿り着いた。
墓の周りを軽く払い、持参していた水、花、線香をあげる。
しばらくの間、3人で手を合わせた。
[母]
「さてと……」
[絆]
「帰るの?」
[母]
「いや~、お祖母ちゃんを待たなきゃ、いけないでしょ~?」
[絆]
「あ、そっか」
[雪奈]
「ハン兄ってば薄情なんだぁ~。お祖母ちゃんに言ってやるぅ」
イタズラっぽい笑みを浮かべて、絡んできた。
別に言われても、どうってこと、ないはずなのに。つい反射的に、言葉を返してしまう。
[絆]
「なっ! ……ふんっ、勝手にすれば~?」
[雪奈]
「拗ねない、拗ねない。 いい子だから……ニシシ♪」
ニッコリと笑って、俺の頭をナデナデしてきた。
[絆]
「拗ねてねーし! 頭なでるなぁ!」
[雪奈]
「怒らないでよ~ハン兄♪」
[絆]
「怒ってねーよっ!」
[雪奈]
「あははは♪」
[絆]
「……」
満足げに笑ってるし。くそ、完全に遊ばれてる……。
[母]
「そういえば、あんた達に聞かせたこと、なかったよね?」
母が何かを思い出したように、話し始める。
[雪奈]
「何が~?」
[母]
「この地域にはね、伝説が残っているんだよ」
[絆]
「ふ~ん、伝説?」
[雪奈]
「聞いたことないよ~」
[母]
「だよね。母さんも、お祖母ちゃんから聞いた、お話なんだけどね」
[雪奈]
「どんなお話なのっ?」
[母]
「そうね……」
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昔々、この国には鬼が住んでいました。
鬼は醜い姿をしています。なのでどこに行っても人々に嫌われて、仲間外れにされていました。
ある日、とある村に鬼の親子が辿り着きます。そこの村人達は、暖かく鬼の親子を受け入れました。
村百姓の子供達が、鬼の子供と遊んでくれています。親鬼は暖かく迎えてくれた村人達に、とてもとても感謝しました。
けれどその村の土地は荒れ、作物を育てるための水も足りません。親鬼はせめてものお礼にと、「鬼の能力」で沢の水を引き、荒れた土地を耕しました。
豊かな土地と水で潤うようになり、村は救われます。そうして鬼は、村の救い神として崇められ、村の名前は「鬼沢」と呼ばれるようになりました。
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[雪奈]
「へぇー。鬼って悪いイメージだよね?」
[母]
「そうね、普通はそう。だけどこの地域だけは、鬼は守り神として崇められているんだよ」
[雪奈]
「そうなんだぁ! ……あれ、じゃあこの地域って、節分は無いの?」
[母]
「ううん。あるわよ。福は内! 鬼も内!って言うんですって」
[雪奈]
「え~? 良いことばっかりじゃ~ん! あははは♪」
[絆]
「……」
まぁ、何処にでも有りそうな昔話だよなぁ。『鬼沢』という地名の由来になっているのは、面白いと思ったけれど。
そもそも俺は、非科学的な事は、一切、信じていない。鬼だの霊だの、仏や神などの宗教も。
[母]
「ちなみに、すぐ近くに鬼を祭ってある神社があるのよ。鬼神社っていうんだけどね」
[雪奈]
「え~? なんか怖そう」
[母]
「お祖母ちゃんなら、もっと詳しいから、後で聞いてみると良いよ。きっと喜んで教えてくれるわよ」
[雪奈]
「うんっ♪」
さすがは雪奈だ。相変わらず、何にでも興味を持つなぁ。
その後、やってきた祖母と合流して、お墓参りを済ませた。鬼神社に寄ろうかという話になったが、祖母が放った「タイギ(面倒)だじゃ」の一言で、真っ直ぐ帰ることに。
帰りの途中で、雪奈が祖母に鬼伝説の話を聞いていたっけ。
この時の俺は知るはずもない。この鬼伝説が、俺達と深く関わる事になることを……。
――
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この日の津軽は、爽やかな新緑と青空に包まれた。
もうすぐ夏の季節がやってくる――