運命の出会い
――引っ越しの日から1ヶ月が過ぎた。
春の日差しが暖かく照らし、吹く風は柔らかい。津軽の地は、桜色に染まっている――
5月初めのゴールデンウィーク。天津一家は弘前公園を訪れていた。
弘前公園は、およそ戦国時代から明治時代まで、津軽地方を統治していた弘前城の史跡である。
弘前城は寛永4年(1627年)に落雷で焼失している。その後で江戸時代に再建され、現在の弘前城となった。
全国的にも有名な観光スポットであり、公園には約2600本もの桜が咲き誇る。とりわけ、桜の満開となる時期は、ゴールデンウィークと、ほぼ重なる。
そこで毎年のように、桜祭りが催されていた。この時期では、全国でもトップクラスの来訪者が訪れる。
祭りの期間中は、公園内に数々の露店が立ち並ぶ。桜並木の歩道には溢れんばかりの人、人、人。
広場の花見客は、大なり小なり風呂敷を広げ、その上で飲み食いしたり、騒いだりしている。
天津家もスペースを空けてもらい、場所を確保した。なんとか家族5人が入り、弁当を広げる。
祖母、父、雪奈は、弁当や紙のお皿、割り箸などの準備に忙しそうだ。
[雪奈]
「こらハン兄、サボるなぁ! 食べさせてあげないぞっ!」
[絆]
「はいはい」
[雪奈]
「はい、は1回でい~の! ほらほら、テキパキと手を動かすっ!」
[絆]
「へーへー」
面倒くさそうにしていた俺に、雪奈が説教してくる。こいつは、いつも通りのハイテンションだ。
ていうか、なんで、そんなに偉そうなんだよ。この弁当、お前が作ったわけでもないだろうに……。
弁当は祖母と母が調理したものだ。重箱は3段になっており、創作料理がぎっしりと並べられている。
[祖母]
「まぁ、めぇそんだねぇ」
……めぇそんだ? あぁ、美味しそうってことね。
津軽弁は少しなら理解できる。祖母と母の会話を、幼少の頃から聞いているから。
[母]
「あら、早いねぇ~、もう準備、出来てるでないの」
[父]
「ほら、母さんも、お疲れさん」
そう言いながら父は、プラスチック製のコップを母に手渡し、缶ビールを注ぎこむ。
俺と雪奈にもコップは用意済み。もちろんジュースだ。
[父]
「それじゃあ、始めるか。いただきます」
[雪奈]
「いただきまぁ~す♪」
[母]
「いただきます……うん。我ながら良い味出してるじゃない♪」
[祖母]
「うん。めぇーなぁ」
俺も寿司をひとつ手に取り、口に入れる。
感想は言葉にこそ出さないけれど、幸せそうな顔をしていたに違いない。
爽やかな公園の風が、普段とは異なる美味しさを運んでくれた。
各々が料理をつまんでいる中で、母が話を切り出す。
[母]
「や~、しかし弘前の桜祭りなんて何年ぶりだべね?」
[祖母]
「10年ぶりくらいでね~の?」
[母]
「絆が5歳の時に1度来てるから……そうねぇ。その位かねぇ」
[絆]
「え、そうなの?」
[母]
「覚えてないの? 絆が小学生になる前に、1回来てるんだよ」
[絆]
「ふ~ん……」
覚えてないし。あまり思い出したくない気がする。
しかし有ろう事か、雪奈が話に喰い付いてきた。
[雪奈]
「あ。あたし少し覚えてるよっ! ハン兄、めっちゃ泣いてたよね~♪」
[母]
「ふふっ、そうね。あの時は、わたし達と、はぐれちゃって。それで、お父さんとお母さん、一生懸命、探したんだよ」
[父]
「あぁ、そうだったな」
[母]
「したら、脇にちょこんと立っててね。お母さんが声をかけたら、あんたもう、泣くわ泣くわで、大変だったわぁ」
[絆]
「覚えてないしっ」
[母]
「あんた、雪奈に頭なでなで、されてたよ」
[絆]
「……!」
な、なんだって!?
[雪奈]
「そっかぁ。ハン兄! また迷子になったら、ナデナデしてあげるからね♪」
[絆]
「はぁ!? もう迷子になんて、なるわけねーし!」
ぷいっ、と横を向く。しかし雪奈には逆効果だった。
[雪奈]
「あ、もしかして拗ねた? ……ニシシ♪」
くっ……おまえ、俺をからかって遊びたいだけだろ!?
雪奈は俺の近くにいると、何かしらちょっかいを出してくる。それが少しだけ、わずらわしく思う時もあった。退屈はしないけれど?
俺と雪奈が仲良く(?)ジャレているのを尻目に、母と祖母は会話を続けていた。
[母]
「まぁ、あの時は正直、焦ったんだけどね。今となっては良い思い出だわぁ♪」
[祖母]
「なに言っちゅんだ!」
[母]
「……!?」
[祖母]
「万一の事があったら、どーすんだったの? 子供から目離したはんで、そーなったんだべさ!?」
[母]
「う、面目ないです……」
[祖母]
「大体おめぇーは、むったどダラしねぇーし、危なっかしいんだ」
[母]
「……」
[祖母]
「わーが、なーを育てた時は、もっと注意して見てたんず。それなのにおめぇーは……!」
[母]
「はいはい。んだね」
祖母が母に説教する。それに対し母も、不機嫌そうな表情を見せはじめる。
[父]
「ま、まぁまぁ。お義母さん、そのくらいで……」
ふたりの間を、父が困った様子で仲裁に入るが、しばらく口論は続いた……。
――
-
風が吹けば、桜の木々が心地良い音色を響かせ、花びらが空のコップに舞い落りてくる。
お腹が一杯になった俺は、そんな光景を、ぼんやりと眺めていた。
[父]
「絆、公園の中を見てきなさい。父さん達は、しばらく此処にいるから」
[絆]
「うん。分かった」
父に勧められ、俺は公園内を散策することに。
[雪奈]
「あ、ハン兄! ちょっと待って。あたしも行くよ!」
[絆]
「えっ?」
少し気になった。兄妹とはいえ、年頃の男女が並んで歩くことに。
[絆]
「……別に付いてこなくていいよ。お前も一人で歩けばいいじゃん?」
[雪奈]
「えっ? ハン兄、ちょっと待ってよ~!」
俺は雪奈を置いて、足早に歩きだした。
それにしても、この公園、かなり広い。
弘前公園は、かつての城郭が丸ごと公園となっている。その広さは東京ドームが10個分くらいか。
それでも公園内は、どこを歩いても人だらけだった。これでは散策といっても、人の波に乗るのが精いっぱいだ。
行く宛もなく、ひたすら道なりに進んでいく。考え事をしながら――
新しいクラスには、未だ馴染めず。友達と呼べる人はいない。
苛められている、という事はないけれど。やはり3年からでは、新しく交友関係を築くことは難しい。
どうしても、孤立しがちだった。積極的に話そうとしない俺も、悪いのだろうけど。
この状況を素直に表現すると、やはり寂しい……。
――気付けば、橋の上を通っていた。
少し見上げると、視界に入ったのは、女の子がひとり。彼女は同じ中学生くらいだろうか。可愛らしい姿をしている。
橋の先にそびえ立つ城
その周りには一面の桜
しかし美しいはずの景色は霞み、彼女の姿だけが鮮明に映る。
……思わず、見惚れてしまった。
ふいに彼女の視線がこちらへ。目が合ってしまう。その瞬間、彼女は微笑んだ。
俺は慌てて視線を逸らす。だけど気になったので、もう一度、視線をそちらへ向けると……
……彼女は目の前にいる。
[女の子]
「こんにちは」
その声は、少し高めだったが、甲高いわけでもない。透き通るような音色のようだった。
[絆]
「ぇ……? あ、こんにちは」
俺があいさつを返すと、彼女は続けて問いかけてくる。
[女の子]
「一人ですか?」
[絆]
「えっと、いや、家族と一緒」
[女の子]
「じゃあ、わたしと同じですね! わたしも、お父さん、お母さんと一緒に来てるんだ」
[絆]
「ふ~ん、そうなんだ」
[女の子]
「それでね、つまんないから一人で歩いてたの」
[絆]
「そっか、じゃあ、俺と同じだ」
[女の子]
「あ、そうなんだ。ふふっ」
彼女が微笑む。その仕草がなんとも可愛らしい。どうしてもドギマギしてしまう。しかし、なんだか彼女とは初対面という気がしなかった。
[絆]
「あの、初めてだよね? 会うの」
[女の子]
「はい。そうだと思いますよ」
そうだと思う、か。言葉尻をつかめば、彼女も何かを感じているように受け取れる。
けれど記憶がないし。あまり深く突っ込んでも仕方ないと思った。
[絆]
「えっと」
[女の子]
「はい?」
[絆]
「ちょっと、一緒に歩かない?」
……あれ、俺は何を言ってるんだ!?
恥ずかしさの余り、うつむいてしまう。
[女の子]
「うん、いいよ」
えっ、いいの!?
予想に反して、彼女の返事はOKだった。けれどまあ、それほど大したことでもないのか。おそらくは公園内にいる間、それだけの付き合いだろうから。
[絆]
「じゃあ、行こう」
[女の子]
「うん」
俺は宛てがあるわけでもなく、歩き出した。その少し後ろを彼女が付いてくる。
とりあえず城の方へ行ってみたが、そちらは有料区域だったので、避けるように進む。
それにしても、人が多い。これでは落ち着いて話すことができない。
すぐに歩くのを断念して、歩道から外れた場所に彼女を誘導する。そうすると、意外なほど人は少なくなった。
ふたりの前には、城の堀が広がっていて、人の姿は見えない。ここなら落ち着いて話せるだろう。
[絆]
「いやー、人、多いね」
[女の子]
「うん。そうだね」
[絆]
「マジで。ここだけ新宿かよ、って感じ?」
[女の子]
「そうなんだ?」
[絆]
「うん」
[女の子]
「……」
あれ?
さりげなく都会人であることを、アピールしたつもりだったのに。まぁ実際は埼玉だけど。それにしても、もう少し、喰い付いてほしかった。
[女の子]
「えっと、お名前、聞いていいかな?」
[絆]
「え? あぁ、俺は天津 絆だよ」
[女の子]
「あまつ、はん君かぁ……じゃあ、絆君って呼んでいいかな?」
[絆]
「ぇ……? も、もちろん構わないけど!?」
[女の子]
「ふふっ」
彼女は、にこりと微笑んだ。俺は赤面してしまったと思う。まさか、いきなり下の名前で呼ばれるとは思わなかった。
……おっと。俺も彼女の名前を聞かなければ。
[絆]
「そ、そっちの名前は?」
[女の子]
「桜江 春香っていいます」
さくらえ、はるか。
この流れだと、名前で呼んじゃって良いのか?
[絆]
「じゃあ、春香で、いい?」
[春香]
「うん。それじゃあ、絆君、よろしくね」
[絆]
「あぁ、よろしく……春香」
やはり照れくさい。
下の名前で呼び合うと、親密な仲になったような気がする。
まだ出会ったばかりなのに!?
[春香]
「絆君は、どの辺に住んでるの?」
[絆]
「市内だよ。歩いてもいける距離のところ」
[春香]
「へぇ、いいなぁ」
[絆]
「春香は違うの?」
[春香]
「わたしは……遠い所だよ」
[絆]
「えっ?」
[春香]
「あぁ~、えっとぉ、青森市の辺りだよ」
そう言って春香は苦笑いする。
青森市ってそんなに遠かったかな? まぁ、市内と比べれば遠いか。
[絆]
「ゴールデンウィークは、何か予定とかあるの?」
[春香]
「う~ん、何にもないよ。友達と遊ぶくらいかなぁ」
[絆]
「そっか」
[春香]
「絆君は?」
[絆]
「う~ん、俺も特には……あぁ、妹の面倒を見るって、仕事があるかも」
[春香]
「妹さんがいるんだね」
[絆]
「そうそう。1個下なんだけど、ガキっぽくてな。俺が面倒みてやらなきゃ、ダメなのさ」
[春香]
「妹さん、いくつ? 会ってみたいなぁ」
[絆]
「13かな。一緒に来てるよ。公園のどこかにいると思うけど……」
[春香]
「じゃあ、絆君は14歳なんだ?」
[絆]
「いや、俺は先月15歳になったんだ」
[春香]
「中3?」
[絆]
「うん」
[春香]
「だったら、同級生だよ。わたしは、まだ14歳だけれど」
[絆]
「春香は、何月生まれ?」
[春香]
「……ヒミツ」
[絆]
「へっ?」
そこは秘密なんだ!?
春香は俺の困惑する表情を見て、理由の説明をはじめる。
[春香]
「実はわたし、捨て子だったの」
[絆]
「はっ?」
[春香]
「孤児院に預けらて、身寄りのないわたしを、お父さんとお母さんが、引き取ってくれたの」
[絆]
「……」
[春香]
「だからわたし、本当の歳も誕生日も分からない、可愛そうな子なんだぁ~シクシク」
[絆]
「……」
[春香]
「な~んちゃって、今のは冗談ですよ!」
そりゃ分かる。誰にでも分かるくらい、ワザとらしい泣き方だったし。
[春香]
「びっくりしちゃった? わたし、女優さんになれるかな?」
[絆]
「無理じゃね?」
[春香]
「……!?」
[絆]
「演技力が、絶対的に足りないと思う」
[春香]
「そんなぁ。ひどいよ絆君。出会ったばかりのわたしに……。お世辞でも褒めてほしかったのにぃ~シクシク」
[絆]
「……はは」
やっぱりワザとらしい。すぐに演技だと分かってしまうくらい、春香のそれは下手だった。
だけど、それはとても可笑しくて、よけい彼女に親しみを感じてしまう。
なんというか、最初に感じた神秘性からだろう。つかみ所の無さそうな人だと思っていた。
けれど彼女とは、自然に話すことができる。意外なほど気を使わずに済んだ。
ふたりの時間は、気付かぬうちに流れていく。いったい、どのくらい話をしていたのだろう……。
[雪奈]
「ハン兄!」
[絆]
「……!」
ふいに、後ろから雪奈の声が。
しまった。見つかった。
俺は後ろを振り返る。
すると雪奈は、俺の方を見ながら話しかけてきた。
[雪奈]
「みんな、そろそろ帰るって。だから戻ってこい、て言ってたよ!」
[絆]
「あぁ、そうか。分かったよ。えっと、すぐ戻るからと伝えて。お前は先に戻っていいぞ」
[雪奈]
「うん。分かった。早く戻ってきてよ?」
そう言いながら、雪奈はちらっと春香の方を見る。
そしてペコリと一礼。それにつられて、春香も礼を返した。
[春香]
「こんにちは」
[雪奈]
「あ、こんにちは! いつも兄がお世話になってますっ!」
爽やかな笑顔で、挨拶をする。
いや、その挨拶はおかしいだろう。俺達は、さっき会ったばかりなのに。
[雪奈]
「じゃあね、ハン兄!」
そう言うと、雪奈は後ろを振り返り、立ち去った。雪奈の後ろ姿を見送った後で、春香が口を開く。
[春香]
「ふふっ、可愛い妹さんじゃない」
[絆]
「まぁ~な。名前は雪奈っていうんだけど」
[春香]
「雪奈ちゃんかぁ……」
[絆]
「じゃあ、俺、そろそろ行かなくちゃ」
[春香]
「うん。もうお別れかぁ。寂しいなぁ~シクシク……」
[絆]
「……」
それはもういいから。
……いやしかし、このまま別れれば、もう二度と会う事も、ないんじゃないか? ここで踏み込まなくては、間違っているだろう。男として!
[絆]
「連絡先、交換しない? 携帯、持ってる?」
[春香]
「うん」
そうして携帯の番号を交換しあい、互いに繋がることを確認した。
[絆]
「じゃあ、えっと、また機会があったら!」
[春香]
「うん。またね。楽しかったよ」
[絆]
「俺も、楽しかった。またな!」
互いに手を振りながら、俺はその場所を立ち去った――
――そして家族の元へと急いで戻る。
みんなは帰り支度を整えて待っていた。
[母]
「絆、遅かったわね。どこさ行ってたのさ?」
[絆]
「あぁ~、ちょっと、ね。」
[雪奈]
「ハン兄はね、彼女とデートしてたんだよっ!」
雪奈は、いつもより明らかに大きな声で、あっさりとバラす。それを聞き、父と母がニヤリと笑った。
[母]
「へぇ……」
[父]
「なにぃ~? 絆! お前も隅におけねぇなぁ~!」
[絆]
「いや、今日、会ったばかりだし! たまたま会った子と話してたんだよ!」
お酒が手伝って上機嫌な両親が、にやついた表情で絡んできた。特に父は、かなり酔っている。いつもと雰囲気が異なり、タチが悪い。祖母と母は、そこまで酔っていないのに。
どうやら父は、お酒に弱いらしい。いや、むしろ祖母と母が強いのか? 津軽人だから!? この分だと、雪奈も将来は酒豪になるかも……。
[雪奈]
「……」
あれ?
雪奈の様子が気になった。いつもなら面白がるため、真っ先に俺をからかうだろう。それなのに、何か考え事をしているようで、なぜか黙ったままだ。
あぁ、そういえば。付いてこようとするのを、放って逃げたんだっけ。もしかして、それに対して拗ねているのか? だったら俺は何も悪くない。雪奈のことだから、放っておいても問題ないだろう。
こうして俺たちは、弘前公園を後にした――
――
―
ようやく訪れた津軽の春。
この日は彼らの出会いを喜ぶように、その景色を鮮やかな桜色に染め上げていた――