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津軽雪月花  作者: Y-F
2/8

一家の引っ越し

――時は4月。


陽の当たらない場所には雪が残り、傍らには春の草花が生い茂る。桜の枝には多くの蕾がつき、その花を咲かせようと準備を始めていた。


車が一台、走っている。国道から少しだけ外れた路地を、他の車を避けるように。


その車には4人が乗っている。


運転手の男性、助手席の女性。後部座席には、男の子と女の子。ふたりは中学生くらいだろうか。


男の子は座った姿勢で、ドア横に身を任せ眠っている。女の子は横になり、男の子の膝を枕替わりにして眠っていた。


―――

――


[母]

「絆、雪奈、そろそろ起きなさい」


声を掛けられ、俺はすぐに目を覚ます。


前方の運転席にいるのが父

助手席に座っているのが母


その母が後ろを向き、こちらを見ていた。俺は母へ問いかける。


[絆]

「お母さん、もうすぐ着くの?」


[母]

「あと少しよ」


俺は窓の外に、目を向けた。


周りには家々が立ち並んでおり、すでに市街地へ入っていることが分かる。


向かう先は、市内にある母の実家だ。


ここは本州の最北端に位置する青森県。津軽(西部)地方の弘前市である。


[母]

「雪奈も、そろそろ起きなさい」


俺の膝を枕にして、女の子が気持ちよさそうに熟睡している。彼女の名前は雪奈。ひとつ年下で実の妹だ。


母の代わりに、雪奈の肩をユサユサとゆする。


[絆]

「おーい、起きろっ」


[雪奈]

「う~ん?」


ようやく目を覚ますと、眠たそうに顔を上げた。


[雪奈]

「ふぁ……」


軽くあくびをする。目を手でこすりながら口を開いた。


[雪奈]

「……おはよ~ございますぅ」


[母]

「なに寝ぼけてるのよ。もうすぐ着くわよ」


雪奈は母の言葉にハッとした様子で、窓の外を確認する。


[雪奈]

「……あれ? あたし、どの位、寝てたの?」


[母]

「岩手にいる辺りからだったし、3時間くらいよ」


[雪奈]

「え~! なんでもうちょっと早く、起こしてくれなかったのさ~? 外の景色、見るの楽しみにしてたのに~!」


雪奈の言葉を聞き、呆れた気持ちになる。


だって、水田とリンゴ畑と山しかないから。


初めて、この地を踏むわけでない。何度か、家族で訪れた事がある。


幼かった俺にとって、自然の広がる景色は、普段と異なり、新鮮に感じたものだ。だけど中3にもなって、初めて見るわけでもない景色に、感動なんてするものかっ。


[母]

「起こそうとしたんだけど、あんまし気持ち良さそ~に寝てるもんだからさ。よだれまで垂らしてたしねぇ」


[雪奈]

「よだれなんか、垂らしてないよっ!」


怒ったように、反論する雪奈。


俺は自身の膝を見たが、特に濡れてはいない。ははん、なるほど。すぐに母の冗談と察知し、便乗して追い打ちをかける。


[絆]

「いや、垂らしてた。俺の膝が濡れてるし」


[雪奈]

「えぇ~、うそぉっ!?」


[絆]

「それにほらお前、寝癖たってるぞ」


[雪奈]

「……!?」


反射的に自分の髪へ手をあてて確認する。そんな慌てっぷりを見るのが、実に愉快だ。


[雪奈]

「ハン兄、あたしの髪、直った?」


[絆]

「直ったんじゃね?」


雪奈は、俺の事をハンはんにぃと呼ぶ。俺はいかにもどうでもいい、という感じで返事をしてやった。


雪奈は不満そうに、ぷいっと母の方を振り向く。


[雪奈]

「お母さ~ん、どうかな~?」


[母]

「大丈夫よ。それに気になるんだったら、その鏡で確認すればいいべさ?」


そう言って、母はバックミラーを指さす。雪奈は、あ~そっか、という感じで、自分の状態を確認しはじめた。


そんな事をしているうちに、目的地へと到着したようだ。母の実家は一軒家の二階建てだが、木造建築である。


いかにも古臭くて、昭和の雰囲気を漂わせていた。しかしスペースは広く、車2・3台分のガレージや裏庭まである。


俺達が先日まで住んでいたのは、3LDKのマンションだ。そんな俺達にとって、この家は豪邸と言えるだろう。


一泊や二泊くらいなら、旅行気分で、それなりに楽しめたのだが……。


[絆]

「はぁ~」


自然とため息がもれる。


父の転勤が決まったせいで、天津家は埼玉から青森への引っ越しを、余儀なくされた。


父は通信会社に勤めている。全国に支店を構える大企業らしい。母の実家がある青森へと、赴任先が決まったことは、会社側による配慮であったようだ。


しかし俺には不満が渦巻いている。まったく新しい環境での生活を強いられるのだから。


これまで慣れ親しんできた友達とも、離れなければならない。せっかく苦労して築き上げた友人関係が、いとも簡単にリセットされるのだ。


そんなこちらの身にも、なってほしい。まぁ、そのことは両親も謝っていたし。話し合った結果なのだから、今更どうしようもない。だから一応は納得していた。


そんなわけで、ここが今日から我が家となる。


[雪奈]

「とうちゃ~く♪ やっと着いたね~!」


雪奈はそう言うなり、真っ先に車のドアを開けて飛び出す。


<< わんっ! わんっ! >>


玄関先にある犬小屋から、甲高く吠える犬がいる。この家で飼われている、白い毛色をした小型犬だ。


人懐こそうで愛嬌がある。俺達を歓迎するように、シッポを振りながら吠えていた。


[雪奈]

「久しぶりじゃ~ん! 元気そうだね♪」


雪奈が犬の元へ駆け寄る。友達と話すように、ジャレあい始めた。


[雪奈]

「きゃあ、くすぐったいよぉ~。あはは♪」


俺も犬の下へと近づき、頭を撫でてやる。すると犬も嬉しそうに尻尾をふった。


[絆]

「……♪」


う~ん、癒される。


そうして犬とジャレていると、玄関の戸がカラカラと開き、ひとりの人が姿を見せた。俺の祖母だ。一家を出迎えてくれたらしい。


[雪奈]

「お祖母ちゃん。久しぶり~♪」


[絆]

「こんにちは」


いち早く雪奈と俺が声をかける。祖母は、にこりと笑い、口を開いた。


[祖母]

「まんず、よぐ来たなぁ~、遠かったべ? ご苦労さんだったね。早ぐ入んなさい」


あぁ、訛っている。津軽弁だ。これでも気を遣っている方だろう。


[父]

「お義母さん。今日からお世話になります。しばらくご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」


父が祖母の姿を確認するなり、丁寧にお辞儀をして、挨拶した。祖母は、にこりとした表情を崩さずに、言葉を返す。


[祖母]

「いいからいいから、早ぐ入んなさい。ほらほら、絆ちゃんも、雪奈ちゃんも。疲れたべさ?」


[母]

「御母さん、わたし達の荷物、届いてるよね? どこさ置いた?」


母も祖母と話す時は、故郷の口調に、少しだけ戻るようだ。


[祖母]

「あぁ、届いでる。二階さ、まとめて置いで、もらったはんで。後で片付ければいいよ。二階はあんた達で、自由に使えばいいから」


[母]

「分かった。絆! お父さんの荷物運ぶの、手伝ってあげて。雪奈は中に入っていいよ」


母からの呼びかけ。せっかく犬とジャレてたのに、と少し不満げに返事をする。


[絆]

「あーい」


[雪奈]

「あ、あたしも手伝うよぉ」


俺と雪奈は荷物運びの手伝いへ。車にも積んであった荷物を、家の二階へと運んだ。


しばらく作業を続け、全てを運び終える。ようやく家の中へと入り、一階にあるリビングで、腰を落ち着けた。


しかし、この家で生活を始めるには、もう一つ大きな作業を、しなければならない。引っ越しをする際に、あらかじめ届けておいた荷物を、片付けることだ。


しばらく休んだ後で、俺達は二階へと上がった。


[父]

「さて、やるか」


[絆]

「あれ、部屋割りはどうするの?」


二階にある部屋は全部で3つ。階段を上がり、すぐ右側に和室。左側に洋室。


その洋室の奥に、もうひとつ部屋がある。荷物は洋室の一カ所に、どっさりと置かれていた。


4人家族分の荷物だ。それは結構な量である。


[母]

「和室はお父さんとお母さんで使うから、残りはあんたと雪奈で1部屋ずつ使いなさい」


[絆]

「うん。わかった!」


[雪奈]

「やったぁ♪」


元のマンションでは、俺と雪奈は共同部屋だった。だから自分の部屋を持てるのは、とりわけ嬉しい。


だが、ここで重大な問題があることに気付く。手前と奥、どちらの部屋を取るかだ。


[絆]

「んじゃ、俺が奥の部屋ってことで」


[雪奈]

「何言ってんの、ハン兄! あたしが奥の部屋に決まってるでしょっ!」


[絆]

「何でだよ! 俺の方が1つ年上なんだぞ!?」


[雪奈]

「関係ないし! それにあたし、女の子だよ!? ハン兄なんかに、着替えとか、見られたくないもん!」


[絆]

「ちっ」


そう、奥の部屋へ行くには手前の部屋を通る必要がある。つまり、手前の部屋で何かをしている時に、見られてしまう可能性があった。


雪奈も、その危険性を、いち早く察知したわけである。いや別に、雪奈の着替えを見たいわけじゃ、ないから。


男の俺だって、見られたくない物があるってことだ。あんなのとか、こんなのとか……。


しかし不利を悟った俺は、苦し紛れの憎まれ口を叩く。


[絆]

「はぁ? お前、女だったのか?」


……ガツッ!


[絆]

「いっ!?」


雪奈の蹴りが一発。弁慶の泣き所を正確にとらえた。足に激痛が走る。かなりのキック力だ。


あまりの痛さに、俺はしゃがみ込んでしまった。


……こ、こいつ。本当に女なのか!?


その様子を見た父が、あきれた表情で言う。


[父]

「雪奈、やめなさい」


[雪奈]

「は~い。ごめんなさぁ~い♪」


こいつ、絶対に反省してねぇー!


[雪奈]

「ねぇ、お母さ~ん。あたしが奥の部屋、使っても良いよね?」


[母]

「そうねぇ。絆、ここはお兄ちゃんが折れてあげなさい」


[絆]

「……分かったよ」


関係ないんじゃ、なかったのかよ……と思ったけれど、しぶしぶ了承する。まあとりあえず、念願の部屋を持てるわけだし。


[父]

「よし。じゃあ、まずは自分の荷物を、部屋に運んでしまおう。大きな物から、みんなで運ぶぞ」


そうして、各自の荷物を、それぞれの部屋へ配置していった。家具を包んでいる梱包資材をはがしたり、段ボールの中身を取り出して、片付けていく。


小休止を交えつつ、そんな作業が数時間ほど続いた。ようやく片付け作業が一段落する。


気付けば、すっかり日も落ちていた。


[雪奈]

「疲れたぁ~、おフロ入りた~い!」


[母]

「ほんとね。お祖母ちゃんが、沸かしてくれてるわよ」


[雪奈]

「うん! おっフロ、おっフロ~♪」


引っ越し作業は思いのほか重労働である。


風呂もいいが、とりあえず腹が減った。先に晩御飯が食べたい。


……そんな俺の願いは叶わず、まずは風呂に入ることに。一家は順番にお風呂に入り、ようやく夕飯の食卓に。


そこには家庭料理が所狭しと並んでいた。やはり初日ということもあってか、豪勢な食事を用意してくれたようだ。


香ばしい匂いが空腹を刺激する。あぁ、もう耐えきれない。それは隣にいる雪奈も同じようだった。


[絆・雪奈]

「いっただっきまーす!」


そうして食卓に並ぶ料理を、次々と口の中へと放り込んでいく。空腹も手伝って、その料理は一段と美味しく感じた。


俺と雪奈が懸命に食べている間、母と祖母が会話を始める。


[母]

「そういえば、こっち、桜はどうなの?」


[祖母]

「ニュース見れば、今年は例年通りだってさ」


[母]

「なら、ゴールデンウィークに満開かぁ。いいね♪」


[祖母]

「久々だべ、行ってみなが?」


[母]

「そうねぇ。みんなで行きましょうよ。あなた、仕事は?」


[父]

「あぁ、大丈夫だ」


[母]

「じゃあ、予定は決まりね」


どうやら何かが決まったらしい。


[雪奈]

「お母さ~ん。それ何の話?」


俺が問いかける前に、雪奈が先に聞いてくれた。さすがは雪奈。積極的に首を突っ込みたがる。


[母]

「ゴールデンウィークに、弘前公園の桜祭りを観に行こうって話よ」


[雪奈]

「あー、知ってる! あたし、前に行ったことあるよね?」


[母]

「よく覚えてるわねぇ……」


[雪奈]

「行きたい、行きたい♪ ハン兄も行くよね?」


[絆]

「ま、いいけど……」


断る理由が見当たらない。どうせ暇だろうし。ゴールデンウィークは、約1ヶ月後だ。それまでに友達を作れる自信はない。


しばらくの間、俺の遊び相手は雪奈と犬だろう。そう考えたら、何か憂鬱な気分になってきた。クゥ~ン……


――


夕食を済ませ、テレビを見ながらくつろぐ。


[絆]

「ふぁ……」


大きくあくびが出て、自然に眠気が襲ってきた。早朝から車に揺られてきたこと、そして引っ越し作業の疲れからか。


それを見た母が、寝るように促す。


[母]

「絆、雪奈、そろそろ寝なさい」


[絆]

「ん……」


[雪奈]

「は~い」


素直に従い、二階へと上る。その後で雪奈も付いてきた。


俺は左手前の部屋、雪奈はその奥の部屋に、それぞれ入る。そこで手早く布団をしいて横になった。


戸の向こうにある奥の部屋から、雪奈の声が聞こえる。


[雪奈]

「ねぇ、ハン兄」


[絆]

「ん~?」


互いの部屋は、戸1枚で隔てられているだけ。なので普通に会話することが可能だ。


[雪奈]

「これからの生活、楽しみだね♪」


[絆]

「はぁ?」


[雪奈]

「きっと、色んな、楽しいこと、たくさんあるよ。こっちにも友達、たくさん作るんだ♪」


[絆]

「あぁ、ま~お前なら、そうだろな」


[雪奈]

「ハン兄は違うの?」


[絆]

「……」


雪奈はどこでも、何でも、楽しみに変えてしまう。超ポジティブ思考の持ち主だ。


いつでも明るく、故に誰からも愛される。そんな雪奈の思考回路が、俺はうらやましい。


[絆]

「お前はさ、不安とかね~の?」


[雪奈]

「何が?」


[絆]

「向こうの友達とも離れて、全然知らない所で、溶け込まなくちゃいけないんだぜ?」


[雪奈]

「ん~、そりゃ、向こうの友達と離れちゃったのは、寂しいよ。だけど新しい出会いも、きっとあると思うし♪」


[絆]

「言葉の壁とかも、ありそうじゃね?」


[雪奈]

「津軽弁かぁ~、時々解らないこともあるけど、何とかなるよぉ♪」


[絆]

「何とかなるかなぁ?」


[雪奈]

「うんっ、お姉ちゃんに任せなさい♪」


いや、おまえ妹だろ。ていうか意味不明だし。


[絆]

「寝る。おやすみ」


[雪奈]

「えぇ!? 分かったよぉ。おやすみ~、ハン兄」


会話が途切れ、眠りへと落ちる。


こうして長い1日は終わり、新しい生活が始まった。



先の視えない、不安だらけの門出。


彼らは未だ知る由もない。


やがて彼らには、ひとつの大きな出会いが訪れることを。



――津軽の夜はまだ冷える。


この日は澄んだ夜空に、月が映えていた。


その光は、どこか悲しく、兄妹の未来を照らすように……




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