I can't do
自分の頭の中で言った言葉が信じられない。
何て言った?赤ずきんが好きだって?
一度整理しようとする。えっと、待て待て。そのぉ…
眉間のしわを伸ばしながら考える。
下を向いて考え歩いている内に林檎の生る木が見えてきた。
林檎のおかげで考え事が吹っ飛んだ。よしっ!早く林檎とって帰ろう。
帰ったら…嗚呼!!また思い出す。
赤いずきんの少女の事を。少し間が空くとすぐ彼女が頭に浮かんでくる。
これって、やっぱりおいら…赤ずきんのこと…。
今になって気付いたけど何で否定してるんだ?
別に好きだったら好きでいいじゃないか。問題は…あるか。
人間と狼は絶対に一緒には、なれない。森の絶対的掟なのだ。
あっおいらの両親は例外。母さんは元は狼だったし。
その時。ザァァッと木々が揺らめいて優しい風が吹いた。
風に流されて誰かの声がする。
好きになった子がたとえ人間でも、自分の気持ちに嘘はつくな。
そして絶対に泣かせちゃ駄目よ?どんなにその子が辛そうでも笑わせてあげて。
森の彼方からそんな懐かしい声が聞こえた気がした。
もしかして…父さん?母さん?そんな訳ないか。
どっちも、もう。
「いないんだもんな…。」
自分でも声が震えているのが分かった。
涙腺が緩む。そんな事で泣いちゃ駄目だ。男の子だろ!
零れそうな涙を服で拭った。鼻をすすり、唾を飲む。
背伸びをして林檎を何個かもぎ取る。匂いを嗅いで選んで籠に入れた。
籠に収まる程度で採るのをやめ、家へ戻った。
扉を開けると、赤ずきんはおばあさんの近くで本を読んでいた。
おいらが帰ってきたのに気付いて駆け寄り、笑顔。
「お帰りっ!ありがとね。」
そう言うとおいらから優しく籠を受け取る。
「ホント助かったよ。ちょっと待っててね。すぐアップルパイ作るから。」
スキップしながらキッチンへと歩いていく。
おいらはする事がなくなったため椅子に座り窓の外をひたすらに眺めた。
ウトウトし始めた彼を横目にパイを焦がさないよう注意してオーブンを見る。
アップルパイは得意中の得意なんだよね。
普段からスィーツが食べたいから作っているけど。
今日は自分のためじゃなくて、本当はルーパスとおばあちゃんに食べてもらいたかったのです。
喜んで食べてくれたら嬉しいなぁと満足げな二人の顔を思い浮かべる。
ちゃんと焼けてよね。
ハァァッと深いため息を吐く。焦げてない。綺麗にキツネ色に焼けてる。
こんがり焼けたアップルパイからはほんのりと甘い林檎の香りがした。
こんなにドキドキしながらオーブンを開けた事なんて殆どない。
なんで緊張したんだろう。
ケーキナイフで慎重にパイを切り分ける。
ここで形を崩したら、なんか駄目になる気がするのです。
手の震えを必死に押さえて切った。
お皿に盛って二人の元へ歩いていく。
「出来たよー!今回は自信作。食べてみて!!」
二人の前にお皿を差し出すと二人は手に取り、香りを嗅いでパクッと口に運んだ。
食べ方も二人は全然違った。おばあちゃんはちまっと小さくフォークで切って、ゆっくりとかみしめるがルーパスはパイを大きく二つに分けてガブリと噛み付く。
ドキドキ。心臓おさまって!!
二人は私の方を見て顔を輝かせた。
「とってもおいしいよ。」「すっげぇうめぇ!!」
おいしそうに頬張る二人を見て本当に嬉しかった。
よかったぁぁ…と自分も微笑んで自分の分のパイをぱくりと食べる。
温かくて甘い林檎の香りが口に広がって、サクサクした外側と柔らかい林檎の中身がとろけるようにおいしかった。
自然に笑みがこぼれる。我ながら最高傑作なのだ。
とっても嬉しかったのが、ルーパスが私のアップルパイをすごく気に入ってくれた事。
あの後、個数が足りなくてまた焼いたのだ。
恐ろしい事に彼は30個ものアップルパイをぺろりとたいらげた。
おいらのお気に入りだよとまで言ってくれたのだ。嬉しすぎるよ。
日も傾いたところで夕食の準備を始めた。折角私がいるから負担をかけさせないようにおばあちゃんには寝ててもらうの。
今日はポトフと鶏肉のサラダ、パンという献立にする。
冷蔵庫を開けると鶏肉があって戸棚には沢山の野菜。おいしそうなパンまであった。
今日はそれで十分かな。ルーパスには野菜を切るのを手伝ってもらっている。
けど、センスはいまいち。しょっちゅう指を切るしパニックになって野菜を落として傷ませている。
「あー!!また指切ったぁ!!」叫ぶ声が聞こえる。
ほら。まただ。もう何回目よ。私はそう思いながら救急箱を取ってきてバンソウコウを貼ってあげた。
毎回のように彼は横を向いて顔を赤くする。熱はないよね?
やっとの事で夕食を作り終え、談笑しながら食べた。
おばあちゃんは持ってきた葡萄酒を少し飲んで眠りについた。
私はルーパスとお皿洗いをして布団を敷く。
昔は猟師のおじいちゃんと二人暮らしだったので布団は一式しかなかった。
どうしよう…。
私が考えているのを悟ったみたいに彼は床に座り込んで言った。
「いいよ。おいらここに寝るから。」
言葉に甘えて私は布団にもぐりこむ。
ルーパスにおやすみと言うと小さくおやすみが帰ってきた。
じゃあ、おやすみなさい。
しばらくしておいらはむくりと上半身を持ち上げた。
赤ずきんの布団の方に歩いていって寝顔を見る。
安らかに安心しきって寝てる。
もうやってしまったら覚悟はつく。
切り裂くのには何秒もいらない。一瞬だからな。問題ない。
伸びきった爪をあらわにする。自身の爪は月光に照らされた。
おいらだけにべっとりと付いた血が見えた。
さぁて、心の準備は出来た。今まで楽しかったよ、ありがとう。
赤ずきん。
思い切り振りかぶり、赤ずきんめがけて手を下ろした。
その瞬間。おいらは幻覚を見た。幻聴が聞こえた。
赤ずきんが目の前で血だらけになっておいらに何か叫んでいる幻覚。
純粋な涙をぽろぽろと流して必死にこちらに手を伸ばす。
「お願い!!やめてルーパス!!!」そう聞こえた。
一瞬にして暗い部屋に意識が戻った。手を宙に置いて固まっていた。
手を下ろして赤ずきんの寝顔を見つめる。
ふと冷たいものが頬を伝わった。顎に到達してぽたりと落ちたそれは…。
涙だった。手で触れると汚れた涙がついた。それを見つめて、思う。
彼女の涙はあんなに澄んでいたのに。
瞬く間に涙がボロボロと零れて床に叩きつけられ、消える。
自分でもビックリしてしまう。こんなに涙が止まらない事なんて両親を失ったとき以来だった。
出来るわけないじゃないか。こんなに好きなのに。
止めようと思っても次から次へと出てくる汚れた水は数分経って、やっと収まった。
その日、おいらは一睡も出来なかった。
腫れて赤くなった目がばれないようにひたすら水で拭ったから目が覚めてしまったのだ。
夜明けまで後少し。
To be continued...