Did you see me?
「えっ?」
困惑する彼女。表情には微かに怯えている面も見えた。
この場所だけ、時が止まったような気がする。
ザァァと木々が会話していた。今日の天気はいいなぁって。
赤ずきんの瞳の奥においらの姿が映った。
狼の姿の自分が。
「あっ…えっ…と。」
その後おいらはすぐにこの場の解決策を見つけた。
そう、蛇だ。
おいらは赤ずきんに飛びつくと手で目を押さえて馬乗りした。
「っ!」ダンッと痛そうな音が響く。
もがく彼女を制して黙らせる。
やがて蛇が興味を失せたかのように去っていくのを確認して姿を人間に戻す。
完全に戻ったところで手を引いて立ち上がった。
「蛇だ。もう行ったから大丈夫だよ。」
まるで何もなかったかの用に振舞えているのかな?
気にしないでくれるのかな?
忘れてくれないかな?
赤ずきんは無言で立ち上がっておいらを見据えた。
なんとも言えない表情でおいらは何も言葉を発せられなかった。
少し間が空いて、彼女が先に微笑んで言った。
「本当に?私蛇嫌いだから助かったよ。ありがとう。」
ほっとした。
もっとマイナスな方向に考えがいっていたが大丈夫なようだ。
良かった。
でもおいらは知らなかった。
彼女がおいらの背中を、疑っている目で睨んでいたのを。
ヤダヤダ。信じたくない。
私の目の前に狼がいる。
しかも私の知っている姿形じゃない。想像よりもっと…人間らしい。
人浪って言葉があるのを思い出した。
昔、絵本で読んだことがある。
怖い絵本が好きなアイリスが読んでいた本だ。
少し中を覗いた事があって最初に目に入ったのが私の一番嫌いな動物、狼の事だった。
満月になると森に姿を現す人間の皮を被った悪魔、獣、怪物。
人を襲って平然としていられる生き物。
その絵本は子供向けにしてはやけにグロテスクな絵で嫌悪感を抱いた。
月夜に吼える犬のようなシルエット…
忘れたいものほど忘れにくいよね。
助けて。声が出ない。
ルーパス…どこにいるの?声が出ない。
嫌だ。声が出ない。
声が出ないよ。
急に視界が閉ざされて当たりは真っ暗。
思い切り背中から地面にぶつかる感覚。すごい痛い。
もがく。もがく。
誰かが視界を閉ざしてる。そいつは手に力を入れてシッと私を制した。
しばらくすると真っ青な青空が見えた。
木々は会話している。今日の風は穏やかだねって。
目の前に狼の姿は、
なかった。
代わりにルーパスの姿が見えて安心した。
するとルーパスが立ち上がりながら言った。
「蛇だ。もう行ったから大丈夫だよ。」
蛇?蛇よりも先に…狼が。
聞きたかったよ。でも触れちゃいけない気がした。
空気を読まない私にとっては初めての予感だった。
いつもならなりふり構わず気になったことは聞くのに。
なぜか、聞いたら全てが壊れてしまう気がしたんだ。
だから私は思い切り笑って
「本当に?私蛇嫌いだから助かったよ。ありがとう。」
と言った。
その後はその事に一切触れずにひたすらに森を歩いた。
ぎこちない会話が続く。きまづいなぁ。
しばらく行くと川があった。
大きな石が点々と向こう岸に続いていたのでそこを使って渡ろうとした。
私はベタにも濡れた石で足を滑らせたが、彼が抱き上げてくれた。
トクンと彼の心臓の音が聞こえた。
気をつけろよ。と言われて頷く。
私がありがとうと言うと彼は恥ずかしそうに顔を染めて俯いた。
ごちゃごちゃ考えるのはやめるわ。
近づきたいもん、君に。
川で赤ずきんを助けてから頬が熱い。
触って伸ばして引っ張る。うん、正常だ。
そんなおいらを楽しそうに見る赤ずきん。
さっき「ありがとう。」と言ってから彼女は何かに吹っ切れたらしい。
前以前に積極的に話しかけてくる。
正直…すごく言うのヤダけど…楽しい。
狼が情移ってたらわけないな。
獲物とは仲良くなるな。これ鉄則。
でもなりふり話しかけられちゃそんなの無理だろう。
無視するわけにもいかないから結局仲良くしている。
実々、楽しんでしまっている。
ペースが崩れるとはこのことか。
広い空間に出ると赤ずきんは目を輝かせて走り回る。
柔らかな光が差し込む花畑だった。
おいらの記憶が確かならおばあさんの家はもうすぐだ。
自然と眉を寄せた。おいらは何かを嫌がっている。
何を嫌がっているんだ?何が気に入らないんだ?
ふと赤ずきんがこっちを向いて笑った。
ああ、そうか。彼女との時間が消えていくから嫌なんだ。
なんで。
とにかく、そのときのおいらは時間を稼ぎたかった。
出来るだけ…彼女と一緒にいたい。
ただそれだけで必死に頭を回転させた。
そしていい案が浮かんだ。
「赤ずきんちゃん。ここでおばあさんに花を摘んで行ったらどうかな?」
笑う。
彼女も「それいいね。」といわんばかりの顔で笑う。
よかった。これで少しは一緒にいられる時間、稼げたよね。
早速膝をついて花を選ぶ彼女はこの場所に良く似合った。
おいらはこんなところ、来た事も殆どなかった。
小さい頃に母さんと来たぐらいかな。
ズキン
頭が痛んだ。気持ち悪い。
この話は心の中でさえ思わないようにしてたんだっけ。
そして思い出す。
おいらの家はおばあさんの家のすぐ側だ。
To be continued...